スタッフド・パスト
狐
経由点1 スモーキング・ボックス
苔むしたコンクリート製の洞穴の中、整然と並んだ白い物体群を前に、パウロは目を輝かせる。小さな物体の内部に無数の部品が格納されていたのだ。
「ミロク、これは機械かな?」
「だろうな。まだ生きてるかな……」
俺はポケットから簡易電源ユニットを取り出し、筐体に近づけた。人工太陽のように暗い洞穴内を照らす、小さな球体だ。
やがて息を吹き返した筐体は、『ようこそ』というメッセージと共に、付近の液晶に青白い画面を次々出現させる。
「動いた!」
「よし、これで……」
俺は液晶の前に立ち、入力機器を操作する。指を動かさないといけないのは不便だが、懐古趣味の物好きたちには喜ばれるだろう。これも旧文明の貴重な
液晶が明滅し、動作確認のための検証は途中で遮られる。パウロがアラート音に反応した。
「ミロク……?」
「おそらく認証システムが必要なんだろうな。指紋とか、網膜とか。もしくは……コード?」
俺は周囲を見回し、コンクリート壁に貼られた紙片のメッセージを確認する。風雨に晒されてボロボロの外観とは異なり、内部のインテリアはさほど古びてはいないようだ。変色した紙片から文字列を読み取り、認証を突破する。
「……破損は無さそうだ。持って帰ろうか?」
傍らにいるはずのパウロがいないことに気付き、俺は溜め息を吐いた。たぶん、興味の方向性が別のところに行ってしまったんだろう。かなりアイツらしい行動だ。
俺は手元の端末で
* * *
この世界に住む子どもが学ぶ歴史は、近現代史以外にあり得ない。新文明が生まれて以降の約三百年間の歴史しか文献に残っていないのだから、それは当然だ。
各地に偏在する都市居住地を除き、旧文明は突如として荒廃した。残っている情報は、都市居住地に残っていた人々の口伝で断片的に伝わったものだけだ。
新文明の人々は都市居住地を独自に発展させ、失伝した旧文明以上の科学技術を手にすることに成功した。高層ビルが立ち並ぶ町並みは、かつての人々が想像した未来都市に近づけているだろうか?
発展した新文明の人々は、失われた旧文明の文化や技術に焦がれた。懐古趣味のセレブ集団などは、わざわざ高値でその時代の遺物を買い集めるほどだ。
だから、この稼業は儲かる。文明を剥製にし、蒐集する仕事だ。ダンジョンのような旧文明の残骸に潜り込み、
* * *
透明な扉で隔たれた空間で、パウロは興味深そうにそこかしこの遺物を触っていた。
「変に触って壊すなよー?」
「わかってるよ!」
黄色いゴーグル越しのパウロの瞳は、やはり輝いている。興味を刺激してやまないのだろう。経験則から、俺はそこにある遺物が貴重なものだと判断する。
「ミロク! ここの匂い、他と違うよ!!」
「それ、毒ガスとか散布されてないか?」
俺は端末の大気汚染判別機能を起動し、小型のガスマスクを装着した。呼吸器に新鮮な酸素が補給され、人体の汚染を防ぐものだ。
内部の壁は他より変色が激しい。黄色く染まる壁を隠すように貼られている古ぼけたポスターには、雄大な山脈をバックにポーズを決める男のポートレートが使われている。見たことのない衣装で、とても興味深い。俺はそのポスターを剥がし、筒状に巻いた。
中央に置かれた金属のモニュメントに、端末のメーターが反応している。成分表示には、水・ニコチン・タールの文字。
「やっぱり毒ガス?」
「シガレットだよ。旧文明の嗜好品だ。依存性があり、人体への悪影響がある」
俺はモニュメントの蓋を開け、中から変色したシガレットの吸い殻を取り出す。当たりだ。
「ねぇミロク、なんでそんなものをわざわざ摂取してたんだろうね?」
「考えられるとすれば、毒を摂取することで体を強くしようとしていた、とか? ある種の度胸試しだったとか……」
水銀を飲むことで不死を目指した為政者がいる、という話を聞いたことがある。旧文明の人々もそのような動機でシガレットを使用したのだろうか?
俺は吸い殻を回収し、改めて部屋の内情を観察する。透明なのは扉だけでなく、廊下に面した壁一面がそうだ。プライバシーの欠片もない。これでは、まるで……。
「なぁ、パウロ。ここでシガレットを使っていた人々は、迫害されていたんじゃないか?」
「たしか、有害なんだよね? それを意識的に使う人たちは、周囲から奇特な目で見られてたのかもね」
「だとしたら、ここは檻なんだよ。シガレットの有害性から逃れるために作り出したシステムだ。そう考えると、旧文明も意外としょうもないな……」
「またすぐそういう事言う〜……」
パウロは旧文明に夢を見過ぎている。閉塞的な日常を遺物が破壊してくれると思っているのだ。その視線には年相応の若い情熱が見え隠れしているので、俺は時折それをとても羨ましく思う。
肩に担いだ機械の筐体から剥き出しになったコードを束ね、俺はそれを軽トラックの荷台に積み込む。舗装されていない砂の道から巻き上がった埃は、防塵コートが防いでくれた。
かつては数多の人が暮らしていた街も、今では砂漠の下に眠る無数の廃墟群に変わっている。街が健在なら、空に鎮座する大きな太陽からの光も遮ってくれたかもしれないのに。俺は額から流れる汗を拭い、運転席に乗り込んだ。
「パウロ、早く。置いてくぞー?」
「待って、あと一分! ほら!」
轟音とともに地上を染める大きな影は、クジラのようなシャトルが作り出したものだ。航路上を反重力エネルギーで飛ぶ巨体は風を巻き上げ、俺たちの軽トラックを大きく揺らす。
「いやー、すごいよね。圧巻!」
「悪いな、俺たちのがこんなボロボロで」
「こっちはこっちで旅してる感あるじゃん! 嫌いじゃないよ」
時代遅れのエンジンに火を入れ、ガソリンメーターは充分な残量を示している。まだ、冒険は始まったばかりなのだ。
「行くぞ、もう一軒!」
「あいあいさー!」
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