タイムパラドックス
影宮
タイムスリップ
画面に表示された選択肢を選ぶだけで、簡単にタイムスリップができる。
今はそんな時代になった。
一般公開はされておらず、使用は特定の人間だけで、指紋認証式だ。
注意事項としては、未来には未だ行けないこと、過去の物や生物を連れてタイムスリップすることや、現在の物や生物を連れてタイムスリップすることは禁じられていること、そして過去で死ぬと戻ってこられないこと、過去で何かをしてタイムパラドックスを起こさないことだ。
タイムパラドックスを起こすことによって、自分の存在の消滅や様々な変化が現代に起こってしまう可能性がある。
これが日本だけでなく世界規模かもしれないということだ。
タイムパラドックスだけは、許されない。
俺はその注意事項をしっかりと頭の中で何度も確認しながら、表示された選択肢を選んでいた。
何処にタイムスリップするかは、わからない。
時代、時間を設定できても、場所までは流石に不可能らしかった。
選択肢完了、確認をタップ。
自分が溶かされるような感覚と、身体が宙に浮くような感覚が混ざって、視界は虹色に染まった。
眩しくて目を閉じれば、音はパツンッと途切れて、これがタイムスリップなのかと驚きながら待った。
雀の鳴き声がする。
目をゆっくりと開ければ、空と影。
「動くと首を跳ねるよ。」
その声に今、自分の首に刃が添えられていることに気付いた。
タイムスリップして早々に!?
「その反応…人間様らしい。」
まず、そこからなんだ…。
いや、もしかしたら俺が此処にタイムスリップしてきた瞬間を見てたからかもしれない。
確かに、誰もいないところにいきなり人が現れたら警戒するし驚くし、この時代だとまず人間かどうかも怪しいもんな。
「あのー、危害を加えるつもりはないんで…殺さないで欲しい…です。」
首を斬られたくない。
頼めば見逃してくれるような、声でもなかったけど。
「何をしておる?」
男性の声に、助けを乞おうかと思った矢先だった。
「侵入者だよ。にしても、忍じゃぁなさそうだし、危害を加える度胸もなさそう。」
凄い言われよう。
ん?
「忍じゃなさそう」?
ってことはもしかして、この刃向けてくる人って忍者か!?
「わかるなら、短刀をしまえ。客人だろう。」
それを聞いて刃が離れていった。
起き上がろうとすれば、手を差し出される。
その手を掴んで立ち上がった。
「怪我は…無いね。なんで、倒れてたんだか。空腹?病気?そうでもなさそう。」
俺を観察しながら、そう小首を傾げる忍者かもしれない人は、中性的だった。
女性なのか、男性なのか、判別できない。
「大丈夫そうか?」
「特に問題無し。武器の所持も見られない。」
「うむ。ならば良い。ついて参れ。」
忍者みたいな人は俺の背中を押して、ついていくよう促す。
これは…タイムパラドックスにならないのだろうか?
振り返ると、もうそこには忍者かもしれない人はいなかった。
「何処から来た?」
「えぇっと…。」
言えない。
未来からです、なんて。
しかも、此処が現在でいう何処なのかまったくわからない。
俺は考えてる内に、さっきの忍者かもしれない人が、俺の前にお茶と和菓子をそっと置いた。
チラッと見れば、その人も俺を見てたらしく目線が重なる。
「わからぬか。そうか、そうか。無理をするでない。」
何を察したのか、そう優しく笑いながら俺が答えるのを待つことを止めた。
「あの…此処は何処ですか?」
「此処が何処かもわからぬか…。此処は日ノ本、中つ国の安芸国だ。わかるか?」
つかり…日本の中国地方だな。
安芸国……というのは、広島県…だったよな?
「なんとなく?」
「夜影、此奴の世話を頼む。記憶がしっかとするまでな。」
サラッとそう言って立ち上がった。
え?
この人、夜影って言うんだ…へぇ。
じゃなくて、俺此処にいていいのか!?
ありがたいけど、大丈夫なのか!?
既にタイムパラドックスだったらどうしよう…。
「御意に。」
そう答える声には、さっきの冷たさは無かった。
そして二人っきりになる。
「あの、夜影さんて…忍者?」
「あんたが何者なのか、察するところ…異物といったとこかねぇ。」
唐突すぎやしませんか、夜影さん。
異物って…。
酷くない?
「あー、夜影さん?」
「その着物といい、その口調といい、異国の人間とも言い難い。あんた、この時代に人間じゃないね?」
バレた。
この人凄い。
いや、だって、タイムスリップとか知らない筈だし。
この時代の人間じゃないって普通言えないでしょ。
言ったら可笑しい人だもん。
「元の時代に帰りな。可能なら、の話だけど。」
「タイムパラドックスが起こるから…?」
「たいむ…何?異国語で話されてもこちとら理解できない。」
あ、そっか。
異国語、だもんな?
夜影さんは腕を組んだまま、俺に目も向けないで警戒するように周囲に目を向けていた。
この会話を誰かに聞かれては不味いって思ってそうだ。
「取り敢えず、あんたは此処に染まる必要がある。」
「染まる?」
「その着物姿じゃ、何奴も此奴もあんたを怪しんで殺しかねない。着替えな。」
カモフラージュ、的な感じかな?
確かにさっきみたいに刃向けられたらどうしようもない。
「まぁ、あんたは運がいいよ。」
「なんで?」
「普通だったら、殺されてるか…或いは牢屋行き。」
た、確かに。
この人たちだから大丈夫だった、ってことか。
AIが大丈夫そうなところを選んでくれたのか、それとも本当に運なのかわからないけど。
夜影さんについていけば、木箱を渡され小部屋に通された。
「それに着替えときな。」
木箱を開けてみれば着物が綺麗に入っていた。
いや…待て待て、俺これ着れないぞ?
「夜影さん?」
「もしかして、あんたその見た目で女だった?」
「そういうことじゃなくて、さ。俺、こういうの着たことないから…。」
多分、わかってくれたんだと思う。
露骨に表情が面倒くさそうになったもん。
「女中じゃないっての…。」
やれやれ、というように呟きながら木箱を俺から取り上げた。
「手伝うから覚える努力はしなさいな。」
「はい…すんません。」
慣れた手つきで俺に着させてくれる。
この一発で覚えられそうにない。
まぁ、それを察していて努力しろと言って完全に覚えろとは言わなかったんだろうけど。
サイズはピッタリだ。
「夜影さんて、」
「さん付けしなさんな。忍なんだから。」
あぁ、やっぱり忍者なんだ!
会ってみたかったんだ!
忍者ってこういうイメージなかったのに、かなり人間ぽい。
いや、忍者も人間なんだけど。
「あんたがどんなご身分かは知らない。けど、忍だとわかってるなら止めときな。」
忍者は身分だと一番低いんだったっけ…。
そっか…。
「まぁ、こちとらも大概だけどさ。」
「え?どういう意味?」
「我が主にさえ畏まらない、ってこと。」
ニィッとイタズラに笑うと、俺に背中を向け伸びをした。
多分、夜影だけが忍者としてちょっとズレてるのかもしれない。
普通だったら、主には…。
「あ、そう言えば此処の武家名は?」
「あんた、呑気だね。これからどうするのか、考える気は?」
答えてくれないんだ…。
でも、確かに考えて無かった。
下手すれば戦が近い状況かもしれないのに。
「人間様は馬鹿だよ。」
様付けしといて貶すのか。
「あんたみたいなお馬鹿さんを、こうも簡単に時代を越えさせる。その結果に警戒もない。」
溜め息をついて障子を開けた。
すると待っていたかのように、烏が夜影へと飛び込み、その腕へとまる。
ペット?
「過去は変えられない。それでいい。変えられる時代になったのかもしれない。でも、変えてはいけない。」
俺に振り向いて、鋭く冷たい目で俺を睨んだ。
見下すように。
「戦をなくし平和な世にする。その為にその根源を絶つ。いいことじゃないか。」
「でも、さっき、」
「平和になったことで失われたコト、生まれることができなくなったモノはどうする?」
「あ……。」
夜影、怒ってるんだ。
俺が、この時代に来たことを。
過去に行けるようになったことを。
警戒して、怒って、俺が安易に時代を越えたことを叱ってくれてるんだ。
夜影には、想像できることなんだ…だから…。
「平和も、戦も、犠牲に上に成り立ち、どちらも何かしらの存在を覆い隠す。それを忘れちゃいけない。」
「夜影…。」
「全ての物事には、陰陽がある。そのどちらかしか見ないから、わかんないだけで。いい?今すぐ元の時代に帰りな。そして、二度とその力を使うな。」
殺気を含めた声が、俺に命令するように刺さる。
本気で、言ってるってわかる。
俺も、夜影が言うこと、本当にそうなんだって思ってる。
でも、気になることがある。
夜影は…。
「どうして、わかるの?」
まるで、経験したみたいな言い方じゃないか。
陰陽の、どちらもを知ってるみたいな。
「こちとらは、過去から来た。あんたは未来から来たけどね。過去を捨てて、この時代で生きてる。」
「過去、から!?」
予想外だった。
過去から…って。
そんな昔にタイムスリップの技術があったのか!?
「こちとらはきっとあんたの時代にも行けるさ。過去にだって戻れる。こちとらは人間様じゃないかんね。」
目を反らし、何かを思い出すよ遠い目をする。
人間じゃない。
それは、どういう意味で?
「妖なのさ。時空を渡る術を持った、愚か者。」
言葉通り、人間じゃないのか。
いや、妖怪!?
それは、実在しないものなんじゃ…。
しかも、機械とかじゃなくて、自分の力?で未来に!?
戦国時代に、そんな忍者がいたなんて…。
「だから言える。あんたにゃ、帰って欲しいのさ。帰れなくなる前にね。」
「夜影は…帰れなく、なったの?」
「大事な仲間を見殺しにして、この時代に逃げてきた。もう、合わせる顔もない。それに…長居し過ぎた。もう、戻れないさ。」
染まり過ぎた、ってことか。
俺も、いづれ同じようになるかもしれない、って思ってるんだ。
どうして忍者になったのか、妖怪なのに、って思ったけど…そうするしかなかったのかもしれない。
「此処は、武雷。忍使いのお武家様だよ。そして、あんたの目の前にいる忍は…。」
「忍は?」
「日ノ本一の戦忍、武雷忍隊の長、無名ノ夜影。又の名を、霧ヶ峰 夜影。」
霧ヶ峰 夜影…?
日ノ本一の戦忍…、忍隊の長…。
そして、武雷…。
もしかして…あの?
あの、凄い忍者!?
「あ、あの!それって、まさか、元伝説の?伝説の忍の虎太って忍者と互角の!?」
「どうやら、未来にもこの名が残ってるらしい。武雷も、そうなんだろうねぇ。」
満足そうにそう笑うと、俺に片手を真っ直ぐと向けた。
気が付くと、夜影の頭には猫のような黒い耳が生えていて、下には二股の黒い尻尾が揺らいでいた。
妖怪って…本当なんだ…。
猫又ってやつだ。
その手には鋭い爪がある。
口には牙がチラリと見えた。
赤い片目と、漆黒の片目。
「さぁ、名も知らぬお子。お帰りなさいな。」
黒い影が伸びてきて、リンッと鈴の音が鳴る。
次第に影は俺を覆い隠していき、夜影が見えなくなった。
「安心をし。これであんたにとっての時空旅行は…最初で最後さ。」
身体が暗闇に浮く。
赤い満月が見える。
俺は今、夜影の術に流されてる。
ふっ、と足に感覚が戻った。
地面?
裸足だ。
冷たい…液体に足をつけている。
赤い満月のせいなのか、それとも元からなのか…血のように真っ赤な液体だ。
どうすればいいんだろう?
リンッ、と鈴が鳴った。
その方向を見れば、美しい八重桜があった。
その八重桜の下で、誰かが舞っている。
走った。
走って、走って、八重桜へと。
赤い水を蹴って、それがキラキラと光りながら跳ねる。
幻想的で、妙に不気味で。
綺麗なのに、怖い。
水面に桜の花弁が浮いている。
その上で舞い続けるその人は、顔に仮面をしていた。
リンッ、という鈴はその人がつけている鈴からだった。
「あの、ここは?」
その人が静かに俺に手を差し出した。
つられて、その手に触れた。
その瞬間だった。
大風が吹いて桜吹雪を作り出し、俺はそれに呑み込まれる。
何も見えない。
ハッと目が覚めると、俺は病室にいた。
医者が言うには、俺がタイムスリップした後、倒れた状態で戻ってきた、と。
そういえば着物を、と思ったがどうやら俺は着物なんて着てなかったらしい。
夜影があの術の最中に着替えさせてくれたかもしれない。
短い間だった。
それで、話をしつこく聞かれたのは、タイムスリップしたのは機械なのに、戻ってきたのは機械のせいではなかったことだった。
普通、記録に残ることなのに戻ってきた記録だけはついていなかった、らしい。
言っていいものなのか、わからない。
取り敢えず、気が付いたら戻ってこれていたとしか答えられなかった。
そして数日後、タイムスリップできる機械の破壊と、その機械についての資料などの消滅事件が発生した。
監視カメラには、黒い影しか映っていなかったらしい。
夜影?
瞬時にそう思い浮かんだ。
夜影なら、過去にも未来にも行ける。
もう、二度がないように未来に来て、消して帰ったのか?
黒い影、といったらそれしかない。
黙っていよう。
俺が他言すると、それこそタイムパラドックスだ。
俺がタイムパラドックス。
歴史に残る忍者に、会えたことがまず嬉しい。
ということは、今更だけど俺を受け入れてくれたあの男の人は、夜影の主。
歴史に残っているはず。
どれだろう?
それも聞いとけば良かった。
それにしても、忍者の名乗りって結構カッコイイんだな…。
タイムパラドックス 影宮 @yagami_kagemiya
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