第51話 脳金女子の、三分クッキング_後半


「・・・・・・・・」


 煮込んでいる間はすることがなく、私達は飲み物を片手に、湯気を立てる鍋をぼんやり眺めていた。


「ねえ、チビッ子ちゃん」


「・・・・・・・・」


「・・・・そろそろ、返事をしてくれないかな?」


「少尉がその呼び方を止めてくれたら、返事します」


「そうですよ、エリカ。嫌がってるのに、その呼び方は失礼です」


「ごめん。あなたは確か――――リデカちゃんよね」


「・・・・そうです」


 ――――冷静に考えると、命がけの救出作戦に一緒に挑んだのに、私達は名前以外、何も知らない。フルヤ君を挟んで会話するばかりで、リデカちゃんとは今、この時まで、言葉を交わすこともなかった。


「・・・・不思議よね。危険な任務に一緒に挑んだのに、名前以外、何も知らない。ファミリーネームを聞いていい?」


「来訪者なので、ファミリーネームはないです。ファーストネームだけ」


 どことなく、リデカちゃんからは私達を遠ざけようとする気配が感じられた。


「ごめん、話しかけられるの、迷惑? もしそうだったら、気にせず言って。あなたの邪魔をしたいわけじゃない」


「・・・・そうじゃありません。・・・・よく知らない人と話すの、あんまり得意じゃないだけです」


 リデカちゃんはたどたどしいながらも、きちんと自分の気持ちを言葉にしてくれた。私は安心して、彼女の横にしゃがむ。


「じゃ、少しでいいから、距離を縮めてみない? 相性悪そうなら、はっきり言ってくれていいから。それじゃまず、お互いに質問してみない? リデカちゃんは、私になにか質問はない?」


「・・・・・・・・」


 リデカちゃんは私をじっと見つめながら、しばらく考え込んでいた。


 なぜか真剣な眼差しが、私の顔じゃなく、胸に注がれている。


「・・・・レノア少尉が胸に入れているシリコンは、どれぐらいの大きさなんですか?」


「最初の質問が、いきなりそれ!?」


「そのウエストで、その胸のサイズはあり得ないと思うんです。だから、正直に話してください」


「自白させようみたいなテンション止めてよ! 100%、天然だから! さっきは距離の縮め方がわからない、なんて言ってたくせに、ド直球の養殖発言はどうなの!?」


「直球で、距離を縮めてみました」


「その縮め方は、バウンドするから! ぶつかって逆に離れちゃうから!」


 ズッコケる私を見ても、リデカちゃんの大真面目な表情は変わらない。まるで、容疑者から自白を引き出そうとするような態度だ。呆れを通り越して、脱力してしまう。


「エリカが言ってることは真実ですよ、リデカさん」


 リリーが助け舟を出してくれた。


「エリカの胸は天然物です。小学生あたりから、もう出っ張ってきてましたからね。高校生になって止まるかと思ったら、膨張を続けてました。そのまま、今のボールみたいなサイズになったんです」


「ちょっと、もっと言葉を選んでくれない!? 出っ張るとか膨張とかボールとか、失礼すぎるから!」


「リデカさんは何歳なんですか? そんなに若いのに、外界調査が認められるなんて、珍しいですね」


 ――――リリーの発言で、リデカちゃんはいっそう渋面になっていた。


「・・・・私、少尉達と年齢、そんなに変わらないと思います」


「・・・・・・・・え?」


「自分の年齢を、正確には覚えてないけど、数えはじめて十五年は過ぎましたから・・・・多分、十七か、十八ぐらいです。子供じゃありません」


「・・・・・・・・」


 ――――リリーが地雷を踏み抜いたことは、リデカちゃんの冷え冷えとした声を聞けばわかることだった。


 チビッ子ちゃん。その呼び方を彼女が嫌がっていた理由を理解する。


 リデカちゃんの身長は、私の肩ぐらいまでしかなく、その小柄な身長と幼い顔立ちから、てっきり十三歳ぐらいだと思っていた。


 私はまだ、子供の彼女が、大人ぶって、子供扱いされることを嫌がっているだけだと誤解していたけれど――――実際は年齢は、私達と同じだったらしい。


 私とリリーはフリーズし、しばらくの間、フォローの言葉を捜して、思考の迷路を彷徨う。



「何してるんだ?」


 そんな中、笑顔で私達の中に入ってきたのがフルヤ君だった。


 鈍いのか、私達の間に流れる微妙な空気に、まったく気づく気配がない。


「イチローさん、もう歩いても大丈夫なんですか?」


「はい。ゆっくり動けば、大丈夫みたいです。それにずっと寝てるのも、結構きついですから」


 にこにこ笑いながら、フルヤ君はリデカちゃんの隣に並んだ。


「なに作ってんの?」


「スープ。栄養つけようと思って」


「そうだな。もっと食わないと、お前は背が伸びないもんな。いっぱい食べろよ」


「・・・・・・・・」


 フルヤ君が、この気まずい空気を打破してくれる。――――なんていう期待は、リリーを上回る彼の空気の読めなさが、粉々に砕いてくれた。


「さっき料理当番の人に、ミルク貰ったんだ。よかったら飲むか?」


「・・・・・・・・」


「ちょっと待ちなさい!」


 私は、さらに自ら地雷原を突き進もうとするフルヤ君の背中に飛び乗って、口を塞いだ。


「うぎっ!?」


 フルヤ君が、何とも言えない呻き声を吐き出した。その瞬間に、彼が負傷者だったことを思い出したけれど、もう遅い。


「レノア少尉、痛いですよ!」


「ああ、ごめん・・・・」


「どうしたんですか、いきなり・・・・」


「あの子は、あなたのためにスープを作ってたの!」


「へ・・・・?」


 そこまで言っても、フルヤ君はピンとこなかったようだ。


「あ、あ、スープができたようですよ!」


 リリーが気を利かせて、いち早く、スープを器によそってくれた。


「みんなで食べましょう」


 そうして私達は車座になり、スープを口元に運ぶ。


 リデカちゃんは一口飲んで、味を確かめた後、フルヤ君をじっと見つめていた。反応が気になっているのかもしれない。


 フルヤ君は何も言わず、黙々とスープを飲んでいた。


 そして、一言。


「・・・・うん、うまい」


「・・・・・・・・」


 リデカちゃんの頬は緩んでいた。







「ふう・・・・」


 スープをあっという間に食べ終えて、一息ついたフルヤ君は、遠くを見つめていた。私達もこの休息時間を活用すべく、身体と頭を休めて、ぼんやりと景色を眺める。


「・・・・あの、レノア少尉」


 私達もぼんやり景色を眺めていると、フルヤ君に声をかけられた。


「・・・・何?」


「・・・・ロペス少佐は、休憩時間はいつもあんな感じなんですか?」


 フルヤ君の視線の先を追って、私は岩の上に腰かけたエドガルドの姿を見つけた。彼もぼんやりと遠くを見つめたまま、銅像のように動かない。


「一時間前に見かけた時も、あの姿勢のまま、死んだように遠くを見つめていたんですけど。いつから動いてないんでしょうか? ・・・・ちゃんと生きてます? 座ったまま死んでるとか、そんな恐ろしい展開になってませんよね?」


「兄さんを勝手に殺さないでください!」


「エドガルドは、休憩時間はいつもあんな感じよ。小さい頃からそうだった」


「へえー・・・・」


 なぜかフルヤ君は面白そうな表情を浮かべる。


「・・・・戦闘中は、戦の神みたいな動きをしてたのに、普段はおじいちゃん並みに動かないとか、意外すぎます」


「ゴキブリって、逃げる時はすごいスピードで逃げるけど、普段は一か所からほとんど動かないらしいからね。リリーもそうだけど、戦闘狂の人は普段は動かずに、バランスを取ってるところがあるんだと思う」


「ゴキブリにたとえるのはやめてください!」


 リリーが抗議の声を上げた。


「長いときは一日中あのままの状態だったりするからね」


「ふえー・・・・」


 フルヤ君は気の抜けた声を出す。


 いつの間にか私達の視線は、エドガルドの後ろ姿に固定される。遠くを見つめるエドガルドの背中を、遠くから見つめるという、謎の構図だ。どうでもいいのに、いつ動き出すのだろうと、そのことが気になって、目が逸らせない。


 彼がやっと動き出したのはそれから数十分後のことで、立ち上がり、岩から下りようとしていた。


 ――――だけど気が抜けていたのか、見事に足を滑らせて、岩から滑り落ちていた。


「・・・・・・・・」


「・・・・見なかったふりをしてあげて。結構気にするタイプなんだから」


 私がそう言うと、フルヤ君とリデカちゃんも素早く目を逸らしていた。


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