第39話 なけなしの勇気を振り絞ってみる


 ――――夜が訪れた。


「・・・・・・・・」


 こんなささくれ立った空気の中でも、疲れ切った外界調査隊の隊員は、深く寝入っているようだった。


 洞窟の中には静かな寝息が満ちていて、俺が身体を起こしても、誰も気づいた気配はない。


 俺はできるだけ音を立てないように注意しながら、寝床を抜け出し、兵士達の身体を踏み越えて、荷物置き場に近づく。


(ええと、持っていくものは・・・・)


 ――――目的を達成するには、多くの道具が必要だ。


 俺の持ち物だけでは足りなかったから、積み上げられている他のリュックの中も漁り、キャンプを作るためのロープや杭を取り出す。


(こんな場面を見られたら、袋叩きだろうな・・・・)


 シルト少尉を置き去りにした俺は、他の人達に憎まれている。こんな状況で、他人のリュックを漁っている場面を目撃されたら、盗人だと誤解を受け、袋叩きにされかねない。


(・・・・いや、実際にやってることは、盗人と同じ、か・・・・)


 実際に他人のリュックを漁っているのだから、盗人には間違いない。


(だけど――――やるしかない)


 俺は覚悟を決めると、必要なものだけ取り出し、それを自分のリュックに詰め込んで、立ち上がった。


 その時、洞窟の入口付近から、誰かの話し声が聞こえた。


 まだ、誰か起きているのだろうか。ヒヤヒヤしながら、俺は声が聞こえる方向に、足音を立てないよう移動した。


「・・・・ロペス少佐。少し眠ったほうがいいですよ」


 洞窟の入口に、ロペス少佐と、ネーグリさんが立っていた。


「・・・・シルト少尉を助け出す方法を考えてるんですか?」


「・・・・・・・・」


 ロペス少佐は黙ったまま、立ち尽くしている。


(眠れないのか・・・・)


 ――――眠れずに、どうしたらシルト少尉を救出できるか、それを考えているのだろうか。


 ロペス少佐は、シルト少尉を切り捨てるような発言をしていた。


 ――――でも、本心であるはずがない。家族なのだ。本心では助けたいと思っているはず。


 でも、そのために、隊を全滅させるわけにはいかないというのも、本心には違いない。きっとその心は、家族を助けたいという気持ちと、仲間を守りたいという気持ちの間で、鬩ぎ合っている。


「・・・・・・・・」


 ロペス少佐達が動き出し、洞窟の奥に戻っていった。俺は荷物の後ろに伏せて、二人をやり過ごし、二人が見えなくなってから、足音を立てないよう、そこから離れた。


 リュックを担いで、洞窟の外に出る。他の人達に気づかれないため、灯りを付けられないが、女神から支給されたゴーグルには暗視機能がついていたから、それを装着すれば、暗闇の中でも歩くことができた。



 シルト少尉を助けに行く。



 そんな死亡フラグを自ら踏み抜くような行動を、俺は取ろうとしている。


 ――――だが、もう覚悟は決めていた。



 できるだけ音を立てないように、斜面を滑り降りた。もう明かりを見られる心配はないだろうと、俺はゴーグルを外し、ライトで足元を照らして、歩き続けた。



 ――――ひっそりと後をついてくる足音に気づいたのは、五分ほど進んだ頃だった。



「・・・・・・・・」


 洞窟を抜け出したところを、誰かに見られていたのだろうか。脱走だと思われて、尾行されているのかもしれない。


(・・・・いや、おかしいな)


 脱走だと考えたのなら、追手は俺を尾行するよりも、取り押さえるほうを選ぶだろう。わざわざ後を追う必要がない。


 それに、足音は一つだ。――――一人で、追ってくるだろうか。


(・・・・それに、この足音・・・・)


 最初は潜んでいた足音も、今は俺に気取られても構わないと言わんばかりに、音を鳴らしている。


 何かが、変だ。そう気づいて、俺は怖々と、後ろを振り返る。



「あ、ようやく気付いたの?」


 呑気な声を聞いて、開いた口が塞がらなくなった。



「リデカ! どうして、お前・・・・」


 俺を尾行していたのは、リデカだった。



「どうしてついてきたんだよ」


「どこに行くのか、気になって」


 リデカはそう言って、道の先を一瞥する。



「・・・・そっち、シルト少尉が動けなくなった洞窟がある方向だね」


「・・・・・・・・」


 リデカはもう、俺が無謀な作戦に挑もうとしていることに、気づいているのだろう。


「・・・・お前は、帰れよ」


「一人で何ができるの? シルト少尉を助けに行くなら、人手は多いほうがいいでしょ? 」


「・・・・今から、ビヒモトの根城に行くんだぞ? 死ぬかもしれないのに」


「死ぬつもりなの?」


「ち、違うけど・・・・」


「だったら、協力したほうがいい」


「・・・・・・・・」


 リデカを突き放すつもりが、言いくるめられてしまった。


 普段は俺よりも無口なのに、こんな時だけ、どうして俺よりも言語能力が高いのか。――――いや、俺の語彙力が低すぎるだけか。


 俺が歩き出すと、リデカの足音がついてくる。――――普段は気にならないその足音が、なぜかその時は癇に障り、俺は勢いよく振り返った。


「どうして俺を助けようとする? 追われた時に、俺が助けたからか?」


 リデカは視線を彷徨わせて、少しの間、考えていた。


「・・・・わかんない」


「わからない? 命を賭けることなのに?」


「イーチローは、どうしてシルト少尉を助けに行くの?」


「それは――――だって、俺が助けに行かないと、シルト少尉が殺されてしまうんだぞ」


 俺は虚を突かれて、とっさにうまく言い返せなかった。リデカは頷く。


「・・・・私もそれと同じ。私が見捨てたら、イーチローも死ぬ」


「・・・・そんなの、おかしいだろ。俺に付き合ってたら、命を落とすことになるかもしれないんだぞ」


「それがおかしいこと?」


「・・・・おかしいさ。人間は、自分のことを第一に考える生き物なんだから」



「――――だったらイーチローも、シルト少尉を見捨てればいい」


 リデカの言葉に、ハッとした。



「シルト少尉を見捨てて、ここを脱出することだけを考えればいいんだよ。アルカディアに帰るまでは気まずいかもしれないけど、イーチローが悪いわけじゃないんだから、その後は普通の生活を送れる」


「・・・・・・・・」


「――――でも、イーチローはそうしないんでしょ?」


 リデカの透き通った眼差しが、真っ直ぐ、俺の目を射抜いていた。


「・・・・っ」


 答えられずに、俺は身を翻して、また歩き出す。



 リデカの足音はまた、一定の距離を保ったまま、俺の後をついてきた。



 どれぐらい歩いただろうか、互いに一言も発しない、重たい空気を引き摺りながらの徒歩は、数秒を一分に、数十分を数時間に感じさせた。



「・・・・イーチロー、少し休まない?」


 リデカが沈黙を破る。


「・・・・休んでる暇はない」


「急いで敵の陣地に突っ込んでも、返り討ちに遭うだけだよ。――――シルト少尉を助けたいなら、冷静に考えないと。それから、体調を万全にしておいたほうがいい。何か食べよう」


「・・・・わかった」


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