第4話 私と作家

 撮影を終えて本社まで戻ると、会議まで若干の余裕があった。缶コーヒー片手に自分のデスクでメールチェックをしていると、ぽん、と軽く肩をたたかれた。


「おつかれさま。撮影、無事終わった? いい写真撮れた?」


「小林主任! その節は、ありがとうございました」


 慌てて立ち上がり、頭を下げる。今回の浩介の企画、私が提出したものだけれど、厳密にはこの人が発案者。自分では形にできそうにないから、ということで持ちかけられたのを、私が体裁作ったに過ぎない。


「いや、俺じゃここまで形にできなかったし、ちょっと他部署で同期から聞きかじったのを、ランチのネタに話しただけだから」


「そんな、謙遜ですよ!」


 四歳年上の小林主任は、入社した時の指導係でもある。入社以来こちらが一方的にお世話になってばかりの仲だ。社内の人脈がただならぬほど広い人で、人事よりも社内の人間関係を把握していると噂されている。


 さらにいえば並大抵の女子なら落ちると評判のイケメンだ。実際社内での修羅場は片手では足りないそうだが、それでもうまく渡り歩いているんだから、営業成績も推して知るべし、だ。


「以前つれてってもらった洋食屋さん、先週リニューアルオープンしたって。せっかくですから、ランチをおごらせてもらえませんか?」


 お互いに外回りで昼は会社にいないことも多い。昼ご飯をまだ食べていなければ、という前提ありきだけれども。


「弁当買って来ちゃったからな。別に夜でもいいんだけど」


「またまたぁ~。彼女さんが怒りますよ?」


「いやー、いまフリーで」


「小林主任なら、また一ヶ月と経たずにできますって」


 彼女の湧き出る泉でもあるのかと思うほど、小林主任はいつの間にか彼女持ちになっている。厳密には彼女じゃない関係の人も多いらしいが、街中で一緒に歩いているのは美女ばかりだ。


「んー、今回は、身の回りの整理もして、本命に……」


「あ、ポジのデータ送ったって! 一緒に見ませんか?」


 先輩との雑談中に失礼だとは思ったが、SMSのメッセージをチェックすると、うれしい連絡だ。


「……いや、いいよ」


 そうして、肩を落とした小林主任が席に戻った。なんだろ、見そうなのに。


 会議までの時間が勝負だ。お昼ご飯を諦めて、昨日メールできた会議資料に再び目を通し、ざっくりと企画の進捗報告に目を通す。ほかの部署でも順調に進んでいるらしい。


 会議の報告に上がっているとおり、無事に必要な写真撮影は終了した。カメラマンさんと打ち合わせたとおり、共有のサーバにデータが上がっている。しょっぱな、まさかとられるとは思わなかったあの写真で面食らう。


 何枚かセレクトして、雰囲気を見てもらうためにも印刷する。男性目線の意見も聞きたくて小林主任を探すと、シガレットケースを持って喫煙ブースに入っていく。仕方が無い。


「松井課長、ちょっと質問大丈夫ですか? 会議の件で」


 フロアの上座にある課長席で会議資料の最終チェックをしている課長を捕まえる。課長に聞くのは躊躇われるが、会議でしくっても困るし。


「いいよ、こっちにしようか」


 こっち、といって指差したのは打ち合わせ用の簡易スペースだ。ちょうど課長も資料を修正していたようで、課長机は少し散らかっている。


「はい。資料、持ちますね」


 資料をミーティングテーブルに並べ、自分の発表箇所を確認しながらアドバイスをもらっていく。現状、進捗に遅延もないので報告なしでいいかと聞いたら、それは却下された。


「そうだね、一応現状までの進捗報告して、予定を含めて言ってくれると助かるかな。今回の企画、注目度が社内で高いし」


「わかりました」


 ……こーすけが注目、ねぇ。


 大学四年のときにデビューしてから、しばらくは鳴かず飛ばずだった。生活費が足りなければ日雇いバイトで補うぐらい。


 私が大学生――デビューから十年を超えたあたりで、書店さんがネットにあげた書評で評判が一気に上がった。以来、新刊はコンスタントに売れているし、映像化も二作品で行われた。売れない時代を知る姪としてはここまで売れると思ってなかった。


「今日の撮影はどうだった?」


「先ほどデータが来ましたよ。今日中にピックアップして、明日には絞り込みたいです」


「佐伯さんの候補は?」


 直感ですがとことわりつつ、ピックアップした三枚をならべる。課長の反応は上々だ。


「斎木先生には失礼だけど、こうして小綺麗にしてると、佐伯さんと親戚って感じがするね。雰囲気がにてるのかな?」


「どちらかといえば、パーツでしょうか。私、口元や耳元が父の遺伝なんです」


 基本的に叔父・浩介との関係は伏せて仕事をしている。同じ部署内で知っているのは、教育係だった小林さんと、新人の時からずっと上司の課長ぐらいだ。私自身は母親似なので、気づかれたことはない。


「そっか、父方の叔父なんだよね。いくつはなれてるんだっけ?」


「一回りですよ。干支、同じなんです」


「なら、だいぶ面倒見てもらった? 叔父と姪でそれはないかな?」


「いえ、よく面倒見てもらいました。家計の足しに、母がパートに行ってるときとか」


「ひとまわりっていったら、赤ん坊の時なんて中学生ぐらい? よく面倒見てくれたね」


 そういえば、松井課長には高校生ぐらいのお子さんがいると聞いている。


「叔父いわく、自分がもっと活動的で、私がもっと手の掛かる子だったら、絶対やらなかったそうです」


 基本的にあの叔父を構成する要素の九割が出不精だ。今現在の生活が物語る通り、食事さえどうにかなれば基本的に外出しない。就職活動中に方々を歩いた際には、「一生分歩き回った」と豪語している。


 それでどこの会社にも採用されなかったのだから、就職活動はこーすけの負の歴史に入る。時期を同じくして作家デビューも決まり、一般企業に就職することは早々に諦めた。


「でも、そんな年頃のお兄さんがそばにいたら、同級生なんて相手にならなかったでしょ?」


 課長の聞き方がパートのおばさんっぽいのは気になったが、資料の確認を終え、ちょうどひまなのだろう。会議までまとまった時間があるわけでもないので、息抜きだ。


「んー、そうですねぇ。ちゃんとすれば、そこそこですし」


 手元の写真を見ると、たぶん彼の人生で一番きれいになった彼がいる。姪の私が言うのだから、まちがいない。


「この写真なんか、雰囲気あるね」


 そういって指さしたのは、例のネクタイ写真だ。いつの間に紛れ込んだ!!


「完全にオフショットみたいで、表情もいいよね」


「いいえ、それはさすがに……」


 今回の企画のメインは、あくまで骨太のインタビューと、かつてのドラマ主演男優との対談だ。作家業十五周年を来年に控えて、ほかの部署でも過去作の売り上げアップに向けてあれこれ画策していたのを、雑誌部を巻き込み、会社挙げての一本の企画にまとめた。


「まあ、こんな写真のせたら佐伯さんのファンの男も泣くしねぇ」


 見る人が見れば、私だとはわかる程度に横顔が映り込んでいる。私のファンなんているかそんなもん、と内心で叫ぶが、愛想笑いでとどめる。


 雰囲気というが、ツーショットなんてはじめてだ。いつも父母、もしくは弟と一緒だった。


 とくに父を交えて浩介と一緒に写真に写ると、血のつながりがはっきりと見えるようで、そんな家族写真が好きではなかった。


「課長、そろそろ」


「行こうか。今晩あたり、小林誘って飲みに行く? 中打ちで」


 企画もちょうど折り返し地点。課長の誘いに、そうですね、と応える。今日撮影した写真を酒の肴に、気心知れた先輩たちと酒を飲んだら、気が緩んで初恋の話なんかしてしまうかもな。


 未練なんて、全然ないんですよって、笑いながら。

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