第2話 私とおじさん

 私とおじさんは、生まれた時からどうしようもないきずなで結ばれている。


 小学生の頃、自分の名前の由来を聞いて作文にする、という宿題があった。世間的にキラキラネームと呼ばれるような名前の子は、そんな宿題よりもっと前から自分の名前の由来を知っていた子が、多かったように思う。


 ひと昔、ふた昔前なら当たり前であっただろう、最後に「子」のつく女の子は、クラスでは私ともうひとりだけで、物珍しがられていた。 正直、由来なんてないのだと思っていた。


 早速家に帰って母に聞くと、 「出会った人の心に残るような子になりますように」という願いで「銘子」らしい。 銘という漢字に、刻むという意味がある。正直、ちょっと以上に感動した。


 一方で父に聞くと、「絶対女の子なら、めいこって名前にしようと思ったんだ」なんていう。母も母で本当のことを言っているんだろうが、どっちが先なのか、わからなくなったきたところに、答えが登場した。


 それは、遊びにきていたおじの浩介。父と一回り違って、私とも一回り違う、当時大学生の彼がバイトの帰り、わざわざ寄ってきたのに両親が二人してからかう姿に、ふと、あっさり答えが出た。


「銘子は僕の姪っ子だよ」


 なんてセリフを、愛する(義)弟に言わせたくて、私の名前をつけた。……だろうなって。




 そんな冗談はさておき、――とはいえなかなか冗談として笑いきれないあたり、私の両親は重度のブラコンだと思うが――叔父・浩介は、(私の)両親の愛をうけ、信頼を受ける数少ない人物だ。それにはちょっとした背景もある。


 もともと幼馴染だった両親は、私が生まれた当初、二十四と十八だった。母は高校を卒業したばかり、父は就職したばかり、そんな夫婦だった。時々、母方の祖父母のところに行くとそのことの恨み辛みなんかも聞けたりする。必然、母は家計を回すだけでも 精一杯だったから、私の面倒はいろいろな人にお世話になったという。


 そこで一番お世話になったと豪語するのが、叔父の浩介だ。私が生まれた時は十二歳。中学校帰りに我が家に直行、夕飯の手伝いやら外遊びやら、なにかにつけて私の面倒を見てくれたらしい。その記憶は、確かにある。

 こーくんと小さい私は呼んでいたけど、いまではこーすけとよんでいる。フルネームは佐伯浩介。父・啓介と母・美代子が娘並みに溺愛する叔父だ。悔しいことに。


 とはいえ、気持ちはわからんくもない。こーすけは普通にイケメンに属する。身内を褒めるのは忸怩たるものがあるが、しょうがない。叔父が生まれた時にすでに中学生だった父にとって、さぞかしかわいかったのだろうし、幼馴染で小学生だった母も、「目に入れても痛くなかった」と絶賛する。娘を差し置いて。


 そんな顔面偏差値に恵まれた叔父がいたせいなのか、佐伯銘子の初恋は自覚が遅くて、失恋はだれよりはやかった。十一のとき、社会人としてスーツをきた浩介にキュンキュンして、これがいわゆる恋なのかと思い知った直後、叔父と姪は結婚できないんだと知らされた。


 こーすけかっこいい! という娘の発言に、惚れたって仕方ないけどね~という母の言葉。


 普通の会話だったと思う。無知な私はなんとなく引っかかりを感じ、そしてすぐに「仕方ない」理由はしれた。不毛な恋なんだと思い知っても、ときめきのスイッチはすっかり固定されてしまった。とにかく年上に弱いのだ。それも、最低十歳以上。


 二歳しか違わない学校の先輩は、告白されても全然ときめきとは無縁だった。中学時代、不毛な恋はいかんという危機感で、同級生筆頭に三人ぐらいと付き合ってみた。けれども、だいたい三カ月と経たずに破局。


 破局するたびに同級生女子との仲が悪化する副作用に辟易して以来、特に出会いがないこともあって、高校二年間はほぼ彼氏なしですごした。この目の前にいるおっさんには、ときめきスイッチの刷り込みをした責任をとって欲しいくらいだ。




 いろいろ振り返りながら、なかなか寝付けなくて、 ダイニングでテレビをみていた。ふと、思いついた疑問をぶつけてみる。


「ねぇねぇ、なんでこーすけは結婚しないの?」


 受験も近いのに、我ながらのんきなことをしていると思う。倍率が高くない女子大を希望しているので、予備校の先生からも、解答欄にさえ気を付ければ合格間違いなしと言われている。


 近所のパン屋にいたところを捕獲され、なかば選択肢のない状態で泊まり慣れた二DKに落ち着く。相変わらず律儀に自分のベッドは私に譲り、こーすけは狭そうながらも、ダイニングのソファに横になっていた。冬だから、いくら毛布があっても寒いと思うんだけど。


「そうやってズケズケ聞いてくるところ、本当に美代子さんに似てきたな、お前」


「だって、ちょっと前にいたじゃん。バリキャリ系の養ってあげる! みたいなこと言ってた彼女。別れたの?」


「……あっちが勝手に、浮気したんだ」


 そっぽを向く。これはだんまりのタイミングだ。聞いておいてなんだが、弟を溺愛する両親から、浩介の恋愛と彼女ネタはほぼ網羅している。


 こーすけの初恋は、私のお母さんだったこと。こーすけからみて六つ年上の近所のお姉さんだったお母さんは、ある日突然、兄のお嫁さんになった。それもでき婚。当時十二歳の多感な浩介少年は、それはそれは、大きなショックだったに違いない。


 中学時代は姪っ子の育児手伝いに放課後を費やした後、さすがにやばいと高校はなんにんかとっかえひっかえしたらしい。顔はいいから。


 なのに、別れる理由はいつも一緒。兄嫁(もしくは姪っ子)を優先しすぎて、彼女が引くらしい。そらそーだ。


 今、浩介は浮気っていったけど、姪っ子の中学校の卒業祝いにバッグをプレゼントしたって話を聞いて、彼女と喧嘩したエピソードが前にあったはずだ。彼女にあげたクリスマスプレゼントより、私に挙げたバッグのほうがお値段が高かったらしい。

 バリキャリでプレゼントの金額は問わない、という女性だったらしいが、さすがに姪っ子に金額で負けたら、浮気もしたくなるだろう。


 ほんと、どうしようもないおっさんだ。


「こーすけが四十超えたおじさんになってもまだ結婚していなかったら、私がお嫁さんになってあげよーか?」


「うっせ」


 ソファから手が出て頭を小突く。痛くもないのに、涙がこぼれた。


 まだ、まだ、ここにいたい。そばにいたい。


 不毛だってことも。意味がないってこともわかってる。でも、これが、余韻ってやつなのだ。


 あまくて、にがい。 初恋の。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る