マツダシバコ

 長い足を持っていた。

 その足で全力疾走をすると、自然と翼は左右に開いて体は宙に浮いた。

 しかし、上昇気流に乗ることなく、足はまた地に着いた。

 飛行するには足は重すぎた。

 僕は大空を見上げた。

 空ではたくさんの鳥たちが滑空を楽しんでいた。

 僕は空を飛びたかった。

 僕は鳥なのだった。


 長い足はやたらに強靭で、どこまでも歩いた。

 たまに飛行を試みたが、やはり同じ結果に終わった。

 歩いていると、虫に出会った。

 金属のような光沢のある甲虫だった。

 

 「どうせ君も飛べるんだろう?」僕は言った。

 「飛べることは飛べる。でも、ほとんど飛ばないね」甲虫は言った。

 「どうして?」

 「こんなに鳥が多くちゃすぐに食べられちゃうじゃないか。それよりも、こうして砂に潜って獲物を待っていた方がよほどいいよ」

 甲虫はシャベルのようなツノを器用に動かして砂に潜っていった。

 「そのシャベル、素敵だな」

 「だろ?」

 甲虫は砂の中から姿を現わし、地面気にシャベルの形をした角を太陽に光らせてみせた。

 「どうやって手に入れたんだい?」僕は聞いた。

 「もらったのさ」

 「だれに?」

 「さあ、だれだったかなあ。知らないうちに頭についていたんだったけな。あれはいつのことだったかな。よく覚えていないな」

 僕は虫を足で踏み潰し、くちばしでついばんで食べてやった。


 再び、僕は歩き出した。

 足はどこまでも歩くのだ。

 気づくと、砂漠が広がっていた。

 おかげで砂に足を取られ、助走して僕は浮くことすらできなくなった。

 辺りには砂以外、何もなかった。

 喉がカラカラに乾いていたけれど、水も食べ物もなかった。

 体力が尽き、とうとう僕は倒れてしまった。

 長い足が太陽を突くように伸びていた。

 しかし、それもやがて力を失い、みるみるうちに縮んでいった。

 鋭い爪が反射して、鋭く光っていた。

 羽のない長い足。隆起した筋肉がひくついていた。

 

 間もなく死のうとするその時、太陽の熱で爪に引火し炎が起こった。

 続いて、足の裏が燃え上がると噴射が始まり、僕は上昇気流に押し上げられた。

 夢にまで見た飛行だった。

 僕は無我夢中で翼を動かした。

 僕の羽ばたきに合わせて、長い足は変な調子に動いた。

 僕はそのみっともない様子をみて、自分の足を軽蔑した。

 

 たどり着いた先は氷の国だった。

 そこには流線型をしたペンギンがたくさん住んでいた。

 彼らは団体で行動し、騒がしかった。

 「やあ、こんにちは」

 「やあ、失礼」

 「やあ、調子はどうだい?」

 「やあ、見慣れない顔だね?」

 「やあ、腹は減ってるかい?」

 ペンギンが目まぐるしく僕のまわりで動くので、僕はバランスを崩して転んでしまった。

 「痛いじゃないか!」

 「君が転んだのは僕らのせいじゃない」ペンギンは口々に言った。

 「じゃあ、誰のせいだって言うんだ!」

 「君のその長い足のせいだよ」 

 ペンギンは言った。

 「でも、泳ぐにはちょうどいいんじゃないかなあ。キック力がすごそうだものね」

 ペンギンは値踏みするようにそれぞれに僕の足を突っついた。

 「泳ぐ?僕は鳥だぞ」

 「僕らだって鳥さ」

 「その姿で?飛べないのに?」

 「その姿で?飛べないのに?」

 ペンギンたちはお互いを指差しあって陽気に笑った。

 それから氷の上から海の中へ次々と滑り落ちると、大群となって水中を羽ばたいていった。

 僕は氷の上にひとり、取り残された。

 もう誰も僕に魚を分けてくれるものはいない。

 

 やがて裸の長い足は凍傷にかかり、朽ちて、体から離れていった。

 突風が吹いて、僕を空中に押し上げた。

 着地のできない僕は、小さな羽で飛び続けるしかないのだ。

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マツダシバコ @shibaco_3

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