第31話 地獄の業火

Jetztイェッツトゥッ kommtコムト dasダス Finaleフィナーレ(これで終わりだ)」

 マンシュタイン元帥が双眼鏡を下ろすと呟いた。

 足元の操縦席で、マリーが、もう終わりなの?! と驚嘆する。

「ああ。Operationオペラツィオーン Heraヘラ(ヘラ作戦)は、そういう作戦だ。俺の最も好きなタイプだ」

「要はやらしい作戦ってこと?」

「賢いと言ってくれ。敵に勝手に疲れてもらって、疲労困憊極まったところを楽にいただく。要は、労少なく功を得る、ということだ。――こちらの優勢が確立できていないザールラントやプファルツ地方での大規模な交戦を避けつつ、敵侵攻部隊をこちらが優勢な領域まで引きずり込み、同時に否応なく長くなった敵の補給線を徹底的に叩く。カールスルーエにやっとの思いで到着した敵は、我が方の主力と一度も交戦していないが、物資の致命的な不足によりすでに飢餓状態で満身創痍だ。真正面にいた我々、無傷の主力を無視して、駐屯地に飛び込んだのを見ただろう? それだけ腹が減っていたわけだ。そんな時に、こちらが敵補給路を完全に掌握せんとする姿勢を見せれば、当然慌てて飛び出してくる。疲れ切った敵は思った通りマクシミリアンザウをしっかり確認していなかったから、こちらの主力の縦列の南、左側面に機動する。こちらを北の沼地との間に挟んで半包囲するつもりでだ。ボナパルトらしい機動戦だ。だからこそ、それを見越して逆用し、マクシミリアンザウに潜ませていた別動隊で、敵縦列をさらに南から挟み込み、加えて西はラオターニーデルングの縁に予め配した突撃砲中心の近衛装甲擲弾兵連隊と、東は敵の突破でライン川方面に残された部隊とで、東西南北四面、敵を完全包囲する。荒れた天気による視界不良も味方したな。これほど予定通りにいくとは驚きだよ。もっとも、幾ら何でももう少し早く到着するだろうと思ってたんだがね」

「何が?」

「ガーリー軍第二機甲師団がだ。想像以上にレベルが落ちている……」

 パリス再入城直前だって、もう少し手応えがあったが……と呟く。

 と、カールの声が足元から呼びかけた。

「ホルニッセ発進。目的地到着まで、あと2分」

Jawohlヤヴォール! 到着し次第、始めてくれ」

 カールはJa! と応答し、車外へ無線で指示を出す。それを何となしに聞きながら、敵の様子を観察する。第二機甲師団は、ボナパルト将軍以下全車が、先ほどの鬼気迫る白雲中の機動戦が嘘のように、全ての動きを止めていた。さながら死後硬直のようだ。敵主力の半包囲を目指し起死回生をかけて全力で飛び出してきたところ、経験したことのない爆発に突如襲われ、その後目を開けたらいつの間にか完全包囲されているという悪夢のような状況に、よほど気が動転したのだろうか。許容量を超えるショックを受けると、人はあのようにフリーズするのか、と感嘆する。と同時に、思わず身震いした。

「しかし、報告は受けていたが、いざ目の当たりにすると恐ろしい破壊力だ」

 一度に様々な衝撃に襲われて微動だにしなくなった敵縦列の奥、今や更地になった元敵駐屯地の方を見やり、唾を呑む。

 不意に足元で何かが動く気配があり、驚いて後部席内を見やると、左斜め前からにょきっと人影が立ち上がった。慌ててキューポラ上に顔を出す。と、車長用キューポラの左前にある操縦手ハッチから、きつねの尾のように豊かな金髪のポニーテールが覗いた。続いて白いヴィーンっ子のうなじが現れる。マリーは振り返って碧眼をフレッドに向けると、いたずらに微笑む。

Servusセアヴス!(どうも~!) 暇だから来ちゃった。結局、敵の駐屯地はどうなったの?」

 あまりに軽い調子で尋ねられ、一瞬眉間に皺を寄せてから、黙って敵のカールスルーエ=マクシミリアンザウ駐屯地のあった方向を指さす。マリーは、指さされた方面を凝視し、しばらくしてから、口を覆った。

「嘘……っ! あの更地が……?」

「そうだ。あの爆発の下にあった物、いた者は全て、灰燼に帰した。おそらく骨も残ってないだろう……」

「こうして見ると、想像を絶する破壊力ね」

「カレンベルク社長からの説明と報告書によれば、合衆国軍がヒロシマとナガサキに投下した原子爆弾に次ぐ威力だそうだ。事実わずか三発で、敵将兵丸ごと駐屯地が整地されてしまった……。まさにHöllenfeuerヘーレンフォイエル(地獄の業火)だ」

「ん? あの砲弾、そんな名前だっけ?」

「名前? いや違う。今のは俺の感想だ」

 ああ、なるほど、あまりに的確な感じがしてつい……と嘆息する。

「お前さん、試射には立ち会ったんだったか?」

 フレッドに問われ、技術顧問は首を横へ振った。

「見たかったけど、試射のときは外せない別件があったのよ。だから、私も本物を見るのは初めてだったわ。もちろん原理や効果は、開発チームから聞いてるけど」

 自身の設計していない兵器については、本来の技術顧問の業務の範疇ではないのだが、マリーは責任感や周囲からの期待一割、自らの好奇心九割で、積極的に自分以外が設計したスコーピオン重工製兵器についても学んでいた。そのため、重工社長ハインリヒ・フォン・カレンベルクが連れてきた爆弾関係の技術者の設計によるこの新型砲弾についても、きちんとレクチャーを受けていた。

「開発チームの名付けた燃料気化弾っていうのが、あの砲弾の原理を端的に示してるわ。自走砲からの発射後、目標地点到達予想時刻に合わせた時限信管が作動すると、一次爆薬のトリメチレントリニトロアミンが起爆。これが砲弾内部の液体燃料を沸騰させるの。だけど、液体燃料は耐圧容器内にあるから圧力も同時に上昇して、気液平衡状態を保って、沸騰しても完全な気化には至らないわ。けど、温度上昇は続いて、つられて圧力もまた上昇、温度と圧力がともに上昇し続けるの。これで液体燃料が一時的に沸騰しても気化することなく、容器内で圧力だけが極限まで高まるわ。で、その圧力がついに容器の限界点に達した瞬間、放出弁が開放される。急激な圧力低下によって液体燃料は急激に沸騰して初めて蒸発、ついに気体となって秒速2000メートルで周囲に噴出するわ。そうしてできた可燃性ガスの巨大な蒸気雲に火をつけたら、ご覧の通りの大爆発ってわけ。いわゆる自由空間蒸気雲爆発ね。ついでに、その蒸気雲爆発のときの激しい燃焼で、周囲の酸素を奪い尽くして真空状態を作っちゃうの。凄まじい爆轟と、急激な気圧の変化、酸素の希薄化が、敵のあらゆるものを終わりへ導くわ。だから本当に、地獄の兵器と言っても過言じゃない破壊力と殺傷力なのよ」

 文系にとっては意味不明な説明をそらんじられ、元帥は適当に相づちをうつ。と、フリーズしたままの敵戦車隊の上空に、騒々しい音を立てながら、一機のヘリコプターが飛来するのが目に入る。

 近未来的な航空兵器は、頭では四翅の巨大なローターを回して一つの円盤を描き、反対に機体の底面にはガトリング砲を一門ぶら下げ、さらに機体前方コクピットの左右下側に、対戦車ミサイルを収めた筒を二本ずつ上下に並べ、敵の頭上、空中の一か所に静止する。

 フレッドは、そんなホルニッセ強襲ヘリコプターの後姿を、じっと見守っていた。敵を見下ろす厳つい正面とは逆に、小さなテイルローターがしっぽの先で、ハムスターの滑車のようにくるくる回っている。今度は、その下で怯える敵部隊を、頬杖をついて見つめた。マリーは、大学の先輩が設計した先進的な機体を見上げ一つうなずくと、小さくあくびを漏らし、後部席内に引っ込んでハッチを閉めた。

 直後、一機の強襲ヘリから、未だ百両近くいる敵戦車部隊に向け、神託のごとくスピーカー越しにガーリー語の大音声が降り注ぐ。

「スコーピオン自由軍より、ガーリー軍に告ぐ。諸君らは食糧、燃料に事欠くうえに、今や完全に包囲されている。貴殿らの最後の命綱だった広大、、にして強力、、なるカールスルーエ=マクシミリアンザウ占領軍駐屯地も、たった今、我らの新型砲弾ほんの三発・・・・・で灰の一粒まで吹き飛ばされた。貴殿らに抵抗の余地はない。速やかに降伏されたし。繰り返す。貴殿らは食糧・燃料欠乏の状態で完全に敵地に孤立し包囲されている、速やかに降伏されたし。捕虜は、国際法を遵守し適切に遇する。貴殿らにもはや勝機は一分もない、悔いなく速やかに降伏されたし。当方には、貴殿らを全滅させる火力も、全員を生き残らせるパンとスープの用意もある。懸命に判断し、速やかに降伏されたし」

 後部席内で耳をすませていたマリーが苦笑を漏らす。

「めちゃくちゃ言うわね」

「お前さん、ガーリー語分かるのか?」

「ええ。私、若干ガーリーの血も入ってるのよ。その関係もあって勉強させられたの」

「ああ、それでミドルネームの読みもFerdinandフェルディナントじゃなくて、Ferdinandフェルディナンなのか」

 そう、そうなの! あれ初見のとき絶対間違われるのよねえ、などと軽い調子で返す。それに元帥も、まあ仕方ないだろう、と伸びをしながらこたえる。

 もはや今日の戦闘は終わったのだ――シュトゥルムガルトの戦いのような激闘もなく、元帥の機動防御戦術にはまったガーリー軍の自滅で……。シュトゥルムガルトで取り逃がした西側連合軍の最後の脅威は、あっけなく崩壊した。

 ――今夜の酒は少なくて済みそうだ。

 フレッドが内心思った矢先、突然、前線から怒声が轟く。


Merdeメーゥドッ!!」

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