4章 怪物と不敗

第1話 宣戦と結党と起業と

 第二次世界戦争の爪痕濃い、1945年8月31日。

 プロイス南部の中心都市、ミュンヒェルンのマーリエン広場プラッツで、アルフレッド・マンシュタインとニメール・エローは世紀の演説をかました。

 その内容は、すぐに報道各社の手によって“マーリエンプラッツ宣言”と銘打たれ、世界中に伝えられた。


 それらは二人の演説を報道各社が独自にまとめたものであり、細部には媒体ごとに微妙な違いが生まれていたが、骨子はどこも三つであった。


 第一に、終戦条約と占領統治を不当として否定し、自由と公正を取り戻すための戦い、つまり占領軍に対する解放戦争を行うという宣戦布告。

 第二に、Anアン dieディー Freiheitフライハイト!(自由に寄す!)の標語の下、全てのレジスタンスと市民に連帯を呼びかけた、ニメール・エローによる平和戦線結党宣言。

 第三に、彼女の演説に続いて行われたアルフレッド・マンシュタインによる新会社の創立宣言――この会社こそ、平和戦線の理念の下、解放戦争の実働部隊となるものだ。その名は――


 スコーピオン・グループ。


 奢れるオリオン連合軍を誅する大サソリスコーピオンという意味を込めた企業体は、スコーピオン株式会社を親に、私兵、重工、金融等の子会社からなる挑戦的なグループ企業である。


「グループの目玉となる子会社は二つだ」

 ミュンヒェルンの仮事務所にマリーを呼んで、スーツ姿のマンシュタイン“社長”は説明する。

「一つはスコーピオン自由軍。プロイス国内における平和戦線の実効支配領域の拡大と維持を目的とする私兵集団だ。私自らが司令長官となり、陸海空の実働部隊を中心に構成する予定だ。もう一つは、スコーピオン重工。主に自由軍とレジスタンス向けに、武器兵器の研究開発と製造販売を担う。ここまでいいか?」

 ダッハウブルク工廠からやって来た技師は、眠そうな目をこすりながら一つうなずく。フレッドは控えめにGutグートゥと相づちを打ち話を続ける。

「ここ一週間ばかり、兵器工廠の改装をやってもらったが、手ごたえはどうだ?」

「原材料さえ集められれば、すぐにでも稼働できるわ」

Wunderbarヴンダーバー!(素晴らしい!) 短期間でよくやってくれた。原料のことは大公グロース・ヘルツォークに手配をお願いしている。当面は彼の貴族ネットワークに色々お世話になるだろう。創業資金まで、私財を投げ打って工面してくれたからな」

 カールと仲良くなったようで良かったわ、とあくびを漏らしながら呟く姿は、どこか弟の私生活を案じる姉っぽい。一方のフレッドは苦々しい表情で、社会人として信頼関係を構築しただけだ、と吐き捨て、話を戻す。

「今日わざわざ出向いてもらったのは他でもない。スコーピオン重工の重要な役職をマリーにお願いしたいんだ」

 不眠不休の工廠改装作業明けの技師は、イマイチ理解できていない表情で首を傾げる。ぼさぼさになった金髪のポニーテールが揺れる。

「重要な……?」

「そうだ。技術面から経営を補佐する立場だ」

「経営……? やったことないけど……」

「いや、経営ではなく、技師としてその補佐をお願いしたいんだが……聞いてるか?」

 フレッドが眉をひそめると、マリーは一つあくびを漏らし、うなだれて小さく唸った。

 彼女は、一週間近く、ほとんど不眠不休で仕事をしていた。それがようやく目途がついたところを、無理に呼び寄せているのだから、社長としては怒るどころか反省しかない。白い瞼は青い瞳を半ばまで覆っており、整った顔と、狐の尾のように太いポニーテールが小舟さながらに揺れている。コーヒーを入れてやろうかと思ったが、それより今は毛布の方が必要だ。とは言え、仮事務所にそんなものはない。社長は頭を掻くと、自身のパンツァージャケットの上着を脱いで、すでに瞼を閉じ、涎を垂らしそうになっている女史の肩に静かにかけた。

「汗臭くないといいが……オイル臭いのは、まあお前さんは慣れてるだろう」

 話はあとで……と呟くと、髪をかき上げ、書類の広がるデスクへ戻った。

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