第15話 動くべきか、動かざるべきか……

「アレク。それは早計だよ。何度そうやって、閣下からお叱りを受けたか、もう忘れたのかい?」

「確かに厳しく叱られたこともあったが、それは建前上であって、本音では良しとしてくれていたはずだ。何しろ罰されたことはなかったからな」

「……数日単位の謹慎は、立派な処罰だと思うのだけどね」

 図星だったか、偉丈夫な連隊長は、ああいや、あれは……と言いかけて口ごもった。ザイトリッツは嘆息して、反論にかかる。

「重大な変化が生じていたとしても、具体的な状況が分からない以上、軽々に行動を起こすべきではない。閣下の方で何か打開策を講じているかもしれないし、そうだとすれば、僕たちが勝手なことをしては、閣下の新たな作戦の前提条件を、閣下が知らない間に変えてしまうことになりかねない。そうなっては、もはや取り返しがつかないだろう。アレクの攻撃精神があり余っているのは分かるが、今一度冷静に考え直すべきだよ」

 やわらかい声音を黙して聞いていた赤髪の戦友は、それでも首を大きく左右に振った。

伯爵グラーフの言うことは、理論上は正しいが、今は形式論を説いている場合ではない。ただでさえ危うい条件での戦闘で、数的に最大の戦力たる俺らが手をこまねいていられるかっ!? 今は実のないルールより、実をならし得る現実的手段を取るべきだ!」

「しかし、こちらの作戦変更をどう閣下に伝える?」

「それは伯爵グラーフの説いた正論にも、同じことが言えるだろう。連絡を取るのは不可能だ。むしろその前提で考えるべきだし、その場合、来もしない号令を座して待つより、来るであろう号令を見越して動いた方が、一歩でも勝利に近付ける。歴史上、偉大な勝利は積極的に動いた者に与えられてきた。教科書的理論よりも、今はそのような稀有な事実を踏まえて決断すべきだ。何しろ状況が類を見ないほど最悪だからな!」

 たった十両の戦車と、百名に至らない民兵――最終的に三万名の捕虜が加わると言っても、武器弾薬の用意は全く足りていない。そのような劣悪な条件で、戦車三〇〇両、対戦車砲二〇〇門を含む、十二分に武器弾薬を保持した一五〇〇〇名の一個師団を相手取り、あまつさえその基地を奪い取ろうと言うのだ。わずか百単位の戦車砲弾と六万程度の拳が、十万発以上の銃砲弾に勝るならば、このダッハウブルク攻略戦は大して悩ましいものではなかっただろう。だが、冷静になればなるほど、馬鹿らしくなってくる戦力差だ。

 けれども、この攻略戦が、虐げられたプロイス市民の、最初で最後の――おそらくは唯一の自由を手にする契機なのだ。

 喧々諤々の応酬を繰り広げる二人の元大佐を遮り、意を決してロマーヌは口を開いた。

「今回の作戦は……ご存じの通り、ただでさえ勝利は奇跡と言うべきものです。そのような苦しい状況にあって、私は少しでも閣下のお役に立てればと思っています。もちろん私の頭脳が閣下と同等などとは口が裂けても申し上げられませんが、閣下と、僭越ながら私の妹がともにする壮大にして、ささやかな夢を叶えるには、今は一人でも多くの知恵が必要です。今日、この時に勝たなければ、私たちにも、プロイス市民にも、明るい未来は永遠に訪れないでしょう。“勝者”の影に、生涯怯え続けなければならない憐れな社会の完成です。それを阻止するために、今こそ、思い切った決断が必要なのです。幾つもの死線を超えていらっしゃったお二人を初め、皆さんにご助力いただきたい」

 驚いて見開かれた両大佐の目を、真っ直ぐ見つめる。

「作戦に多少の変更が必要だと思います」

 真剣な表情で言い切る。しかし、ザイトリッツは慎重論を崩さない。

「閣下との連携が取れない以上、指揮下にある我々が迂闊なことをするべきではない」

「はい、それは重々承知しております。しかしながら、今回は我々の方が取れる手に余裕があります。閣下と正門突破に失敗した場合の相談をしましたが、戦車隊の行動は収容所の西を流れる小川によって、制約されています。正門が突破できなかった際の第二の進入路は、収容所南側の数か所に限られています。選択肢は多くありません。だからこそ、我々は閣下の行動を予測できますし、それに対応して柔軟に行動を起こせるはずです」

 そこまで一気に語ると、美しい顔を床にこすり付けるように、深く腰を折った。

「どうかご協力を、お願いします。私たちのみならず、未来のプロイス市民のためにも」

 腰を折ったまま、陶磁器のように微動だにしない。この必死の決断に、ついに金髪の名指揮官はうなずいた。

「どうか顔を上げてほしい。あなたのその美しい顔は、地にひれ伏すためにあるのではなく、天を仰ぐためにある」

 横で、出た出たとブリュッヒャーが呆れて肩をすくめる。

「本当に隙あらばすぐに口説くなあ。悪い癖だぞ、ドン・ファンめ。今は美辞麗句を練るより、作戦を練るのが先だ」

 武骨な軍人らしく促すと、ロマーヌが顔を上げ、いささか恥じ入りながら二人を見つめた。

「よろしければ、私の考えた作戦を聞いていただけませんでしょうか? 名指揮官と名高いお二人にお聞かせするのは、おこがましいことかもしれませんけれど……」

 ブリュッヒャーとザイトリッツは一旦顔を見合わせてから、すぐに、聞かせてくれと頼んだ。彼ら自身作戦を考える時間が欲しかったのもあったが、いつの間にか二人とも、作戦立案については素人であるはずのロマーヌの説明に、全力で耳を傾けていた。

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