第8話襲撃

「それ」は突然起こった。

 時雨が僕の部屋に同居をした一日目の事だった。


 僕は、突然目が覚めたのだ。

 何故、目が覚めたのかは自分でも分からない。

「少し水を飲むか」


 慣れた足で台所へ向かう。

 コップを台所の上から取り出して、中に浄水を注ぐ。

 感覚で水を止め、口の中へ入れる。


 滑らかな舌触り。

 液体が口から喉へ流れ込んでくる。

 コップの中の液体がみるみるうちに消えていく。


 ――二杯目。


 コップの中にある水を全て飲み干すと、洗面所に置いて寝室へ戻る。

 襖ふすまを開ける。


 時雨とキーの二人が寝ている……はずだった。

 が、寝室には一人の体しかない。


 背筋が凍る感覚に襲われた。

「キー!?」

 急いでスイッチを付ける。


 が、そこにキーはいなかった。

 どこにもいなかった。

「う、嘘だろ?」


 どうしてだ?

 一緒に寝たはずなのに。

「どうしたのよ」


 時雨は気だるそうに体を起こす。

「いない。キーがいないんだ!」

『キー』という単語を聞いた途端、時雨は一瞬、肩を震わせた。


「落ち着いて。寝た時は一緒にいたでしょ?」

「うん」

「だとしたら、ここからいなくなった可能性は二つしか無いわ」

 時雨は、人差し指と中指を立てる。


「一つは、何者かに攫さらわれたという事。二つ目は、なんらかの事情で彼女自身がどこかに行ってしまったということ。この二つの可能性が非常に高いと私は考えているわ」

「うむ。確かに。仮に、一つ目だったとしたら、それは能力者か、それとも、魔術師のどちらかだろうな。そうでなければ、玄関もベランダの鍵も閉めているところに人が入ってくるはずがない」


「そうね。私もそう思うわ」

「二つ目は、彼女が抜け出す理由が無い。彼女は、僕に『助けて。私、今追われているから』とな。彼女は自分の身を隠す場所が必要だった。だから、ここを抜け出す理由は無いんだ。だから――」

「だから、誰かがキーちゃんを誘拐した。金石くんはそう言いたいのね」

 彼女の言葉に僕は力強く頷く。


「キーちゃんの行方を知ることは出来るわ」

 そう言いながら、時雨はポケットから電子機器を取り出した。

 パッと見はゲームのようだ。


 電子画面には地図と絶えず動く赤い点が示されていた。

 もしかして、

「これって、発信機なのか!?」

「ご名答」

 猫のみたいに目を細め、口角を上げる。


「その通りよ。これは発信機。彼女がどこにいるのか常に把握が出来るように付けておいたのよ。だから大丈夫よ。今、彼らは第3区に向かって移動をしているわ」

「第3区? なんであんな所に……。あそこは、工業等のこの国の科学技術の象徴の場。そんな所に連れて行ってなんの意味が……」


「それは私にも分からないわ。取り敢えず、第3区へ向かいましょう」

 言うが早いか、彼女は支度をし始めた。

「ちょっと待てよ。でも、どうやって第3区まで行くんだよ。僕達は学生だぞ!! 第2区や第4区ならまだしも、第3区だぞ。僕達は第1区から抜け出すことは出来ないし、それに、第3区は関係者意外は立ち入り禁止のはずじゃ」


「何を言っているの? ここは世界随一の科学技術力を誇る大国『パンドラ』よ。そんな抜け道いくらでもあるわ。取り敢えず、そこは私に任せなさい。それよりも、彼女を助ける方を優先すべきよ。もたもたしていたら助けることなんて出来ないわ!」

 彼女は無理矢理僕の手を引っ張って走り始めた。


 外に出て、階段を駆け上がり、屋上へと向かう。

「これを使うのよ」


 そこに現れたのは、一体の竜であった。

 漆黒に鱗を染めた竜。

 いや、巨人だ。


 ――鋼のように硬い強靭な装甲。

 ――その姿は闇夜に染まる漆黒の騎士。

 ――死神のような黒い大剣を腰に、背中に盾を背負う。


「これは、機動式魔装兵器の一つなのか」

 その圧倒的な迫力。

 威圧感。


「ええ、こういう人型の機動式魔装兵器を総称して、『人型魔装兵器ホムンクルス』というのよ。聞いたことない?」

「聞いたことくらいはあるけれど……」

 でも、それは聞いたことがあるくらいで、実際に見るのは初めてだぞ。


「ていうか、なんでお前がこんなものを持っているんだよ」

「それは……」

 口ごもり、目を逸らす。


 言いたくないのかもしれない。

「いや、無理に言わなくていいんだが……」

 首を左右に振り、真剣な眼差しで僕の目と合わせる。


「実はね、私は普通の人間ではないの。とある施設で収容されて、人型魔装兵器ホムンクルス専用の魔術師へとされた人間なのよ」

「なっ……」


「貴方には分からないでしょうけどね。それよりも、今はあの子を助けることが最優先よ」

 彼女はそう言って、その機体に触れる。


 すると、黒騎士は屈み、胸の中心が開いて座るような椅子が出てきた。

 ――コックピットだ。


「いいか。決して、私の邪魔をするな。したら、そく死刑だ」

 凄い眼力で睨みつけられた。


 美人なのに勿体ない。


「分かったよ」

 彼女の条件を飲んだ。

 これに乗る以外に方法は無いからな。


 彼女は僕の手の平を取って、コックピットの中に入った。


 この時、僕の心の中には不安があった。

 これ以上踏み込むと、日常に戻ることが出来ないという不安。


 それでも――。

 僕はキーを――一人の女の子を助けたいと、苦しみから救いたいと思うのだ。


 一歩を踏み出すのだ。

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