第6話自分の気持ち

 大体、転校生の待遇というのは決まっている。

 ——この時雨ときさめという転校生も同じだ。


 ましてや、この女。

 見た目がとんでもなく美少女だから困る。


 クラス中の人達は休み時間になると、この女の近くに集まった。

 群がった。


 なんだろう。

 僕は別に他人に『嫌い』だとか『好き』だとかいう感情を抱きはしないけど、この女だけは何となく好かない。


 生理的に受け付けない。


 時雨百合子ときさめゆりこ。

 ——背中まである濡鴉色の黒髪(今はツインテールをしているが)。

 ——華奢きゃしゃで乳白色の肌。

 ——端麗な顔に埋められた闇夜のような瞳。


 背も150センチメートル程だし、彼女が可愛いことは認める。

 が、僕は、彼女に何か裏があるように仕方が無い。

 それが、何かは僕自身でも分からない。


 でも、そんな人間はどのクラスでも1人くらいはいるだろう。

 こいつだけは生理的に絶対に受け付けないって奴。


 僕の場合、この時雨がそれだ。


 まぁ、クラスカーストの最上位と最下位だ。

 話すことなんてほとんどないから大丈夫だ。


 なんてことを思っていたが、それは僕の大きな見当違いだった。


 こいつ、10分休みに僕にしつこいくらい絡んできやがる。

 僕は読書がしたいんだっつうの!


 昼休みの時も学食まで僕に付いてくるし、他のクラスメートの所まで行くように促すと、

「私、君が気に入っちゃったから」

 と言ってベタベタくっ付いてくる。


 そのくせ、他の人が話しかけてくると愛想を振り撒く。

 こいつ、対人コミュニケーションが高い。


 放課後、僕が帰る時も付いてきやがったから、遂に僕の堪忍袋の緒が切れた。

「なぁ、お前さ。僕なんかより、他の奴と一緒にいろよ」

「良いじゃないの。減るもんじゃなし。ウチは君と一緒にいたいのよ」


「それだ! その理由がよくわかんねぇんだよ。なんで僕と一緒にいたいんだよ。別に、僕とお前会うの初めてだろ?」

「そんなの勘だよ」

「勘って……」


 時雨の顔に紅の薔薇が咲く。


「べ、別にいいでしょ!!」

 時雨は両手をパタパタ動かして怒る。

 リスみたいに頬を膨らましたりなんかしている。


 僕はそうでもないが、他の男子なら、ポイントが高いんだろうなと思う。


 高層ビルの間を並んで歩く。


 右隣には、スマートカーが走る。

 スマートカー――――。

 卵のような形をしている次世代型の自動車だ。

 自動車道しか走ることが出来ず、乗っているだけで、行きたい所へはコンピュータが勝手に行かせてくれるらしい。


 上部には、最新のソーラーパネルが搭載されており、地球にも優しい。

 それに、運転をしなくていいので、事故も起こることはほとんど無い。

 なので、15歳から乗って良いことになっているのだ。


 なんと、便利な世の中になったことなのか。


 スマートカーのウィィンという軽い起動音が聞こえる。


 周囲には、様々な制服を着た学生が闊歩している。

 ここは、第1区は「学園都市」でもある。

 パンドラ内の教育機関は全てここに収容されており、

 学生は全員、この第1区にある学校に行かなければならないのだ。


「君、少し良いかな」

「はい」


 後ろから声を掛けられた。

 太い男の人の声だ。


「君、ちょっと良いかな」

 振り向くと、黒ずくめの服にサングラスをした、いかにも不審な人物が立っていた。


「はい、なんでしょうか?」

「君、この子を見たことないか」

 と言って、ポケットから1枚の写真を取り出して来た。


 その写真に写っていたのは、キーだった。


 ただの人間ではないと思った。

 もしかしたら、キーを追っている組織の人間かもしれない。

「いえ、知りません」

 僕はしらを切ることにした。


 心臓の鼓動が速くなる。

 大丈夫だよな。

 バレないよな。


「そうか。でも、君の心拍数は上がっている。何か知っているはずだ」

 黒ずくめの男は右胸のポケットから、電子画面が映し出された機器を取り出した。


 そこには、僕の心拍数が記録されていた。

 ダメだ。

 なんなんだこの人たちは。


 とにかく逃げないと。

 本能が僕に語りかけた。


 僕は身を翻ひるがえして、全速力で走り出した。

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