第5話 イスとセリカとヨツンヘイム
「ふぅ~。なんとか着きましたねー」
額にかいた少しの汗を拭い、ルカが言う。
ライトの言った通り、ミズガルズで30分ほど休憩してから出発すると、思いの外早く着いた。体力の消費も、それほど激しくない。
セリカの宿に別れを告げ、アルカディアの近くにギルドハウスを建てた2ヶ月前のことを思い出す。
あの時もミズガルズで休憩したんだろうか。あれからまだ半年も経っていないのに、ずっと昔のことのようだ。
ミズガルズまでの所要時間は約10秒。ヨツンヘイムを抜けるのにかかった時間は約15分。
休憩時間を入れても、1時間かかっていない計算になる。
「空の上から見てたけど、2人とも相変わらず速いねー!なるべく2人との距離が開かないように頑張ったけど、やっぱり無理だったー!!」
「そうですね。流石、無音の暗殺者です!でも、巨人に見つかることはないと分かっていてもヒヤヒヤしました…。2人とも、怖くはありませんでしたか?」
彗鈴はヨツンヘイム上空から見たセルとルカを思い出したのか、一瞬身震いした。
そんな彼女のすぐ後ろで、ぜえぜえと荒い息をしながらペガサスを降りた者がいた。
「げほっ、げほっげほっ…。おれ、ペガサスにはもう乗りたくない…」
病人のような咳をしている。セルとルカよりも、まずは彼を心配すべきではないだろうか。
オルガが短く鋭い口笛を吹きサインすると、ペガサスはバサバサと音を立てながら羽ばたき、上空に舞い上がった。
そして、元来た方向へ飛んで行く。
「ペーちゃーん、ありがとー!!またあとで、よろしくね~!!」
「ぺ、ぺーちゃん!?」
だんだんと小さくなって行くペガサス…もといぺーちゃんに向かって大きく手を振るオルガ。
ライトが、初めて聞くペガサスの名前に驚いて目を丸くする。
「…ああ、そうか、ライトは知らなかったな。あのペガサスが赤ちゃんだった時に…って言っても3ヶ月前なんだけど、森に放置されてたのをオルガが拾って来たんだ。で、名前をつけた方が愛着がわくだろって話になって…」
「それでぺーちゃんになったのか?いや、もっといい名前あるだろ…」
「僕達も最初はそう思ってたんですけどね。拾って来たのはオルガだから、文句は言わなかったんです。それに、ずっとぺーちゃんって呼んでたらそれ以外の名前は考えられなくなっちゃって」
慣れとは恐ろしいものである。
そんなことを話しながら、ヨツンヘイムに向かって伸びる街道を抜けたはぐれ組とライトは、イス村の中心にある広場に辿り着いた。丸い形をした広場には、噴水とそれを取り囲む花壇があり、カラフルなベンチがいくつか設置されている。
そう言えば、アルカディアやミズガルズの広場もこんな感じだった。まあ、ここの方が遥かに田舎なのだが…。
噴水の奥には年季の入った村役場の建物が見え、左手には展望台がある。恐らく海を眺める為のものなのだろう。展望台に登らなくても、海は十分よく見えるのだが。
「では、そろそろ行きましょうか。オルガはともかくとして、私達は久しぶりですね!」
「ううん、ボクもちょっぴり久しぶりだよ!?最初は1週間置きに来てたけど、ここ最近は1回も来れてないもん」
「ああ…。ソロの時よりも、依頼が増えましたしね。じゃあ、みんな久しぶり、と言った方がいいかしら?」
もちろん、ライトを除いて。
彼はこの村の存在は知っていたが、1歩手前のヨツンヘイムのこともあり、実際に来たことはなかった。取り敢えず現時点で分かったことは、イス村は透き通った綺麗な海が見える村だと言うことだ。
セリカの父・レオルグが経営する宿屋「マゴニア」は、商店街にあった。
商店街と言っても、何故かほぼ宿屋で形成されているので、宿屋街と言った方がいいのかもしれないが。
「えーっと、どこだっけ…あ、ここだよね、オルガ」
ルカが指したのは、白塗りの小さな建物。
この宿屋街…否、商店街は基本的に大きな店舗が多いが、「マゴニア」の周りだけ何故か小さな建物が多く、探すのには苦労する。
ルカ達のように、2ヶ月も来ていなければ尚更だ。
しかも、どうやら外観をリニューアルしたらしい。外壁に塗られたペンキは明らかに新しいものだし、ドアの横には、はぐれ組が利用していた時にはなかったはずの観葉植物が飾られている。
思いもよらぬ変化に若干戸惑いつつも、両開きのドアを押し開けて中に入った。
利用していた時と変わっていなければ、受付はセリカのはずだが…。
「いらっしゃいませ~。何名様でいらっしゃいま…あら?」
案の定、カウンターにいたのはセリカだった。
オルガより色の薄い金髪を右方に寄せて三つ編みし、グリーンのリボンで結んでいる。服装は、クリーム色のワンピースに黄緑のエプロンだ。
NPCなので当たり前なのだが、ここを利用していた時と全く同じ格好だった。
「セルちゃんにルカくん、オルガ、彗鈴さん!久しぶりね、急にどうしたの?」
セリカは嬉しそうに目を輝かせている。
普通は客に対して敬語のはずのセリカが、はぐれ組のメンバーには砕けた口調なのを見て、ライトは内心首を傾げた。
「ええっと…なんでタメ口なんだ?」
「俺達は、1泊してすぐ出て行くプレイヤーと違って、2ヶ月間ずっといたからな。最初は敬語だったんだが、途中からこうなった」
「…あら、その人は?新しいお友達かしら」
ライトとセルの会話を聞いて、ようやく初対面の客がいることに気づいたセリカが質問した。
「友達ではないですよ…。この人はライトさんです。ちょっと前に知り合ったんですけど、色々あってすこーしだけ仲良くなったので一緒に来ました」
チョロいことに、セリカに答えたルカの「仲良くなった」という言葉に密かに喜んでいる自分がいることはライトだけの秘密である。
「実は…お話ししなくてはいけないことがあって来ました」
「そうなの…?わかった、わたしでよければ聞くわよ。もしかしてそれ、あんまり聞かれちゃいけない話?」
流石勘のいいセリカだ。
彗鈴の声のボリュームが落ちるのを敏感に感じ取り、人に聞かれたくない話であることを即座に見抜く。
「ええ…」
「じゃあ、上の方がいいわね…。おとうさーん!ちょっと2階に行って来るから、代わりに受付おねがーい!」
3秒ほどの間。そして、カウンターの奥から、髭を生やした大男がのっそりと姿を現した。
この男こそ、セリカの父にしてこの宿屋の経営者・レオルグである。無口で無愛想な、娘とは似ても似つかない男だ。
はぐれ組に気づき、軽く目を見張ったが、特に声をかけるでもなくカウンターの前に座る。
「お父さん、接客には向いてないから…早く戻らないとね。…着いてきて!案内するわ」
先導して階段を上がるセリカの背中を追いながら、はぐれ組は彼女が前と変わっていないことにホッとしていた。そして一同が案内されたのは2階の奥にある、他とは違うデザインのドアの部屋だった。
「ここなら他の部屋と離れているし、滅多に使われないから他の人に話を聞かれる心配はないわ」
「お気遣いありがとうございます」
「それで…話って?」
「…実は」
一同を代表して彗鈴が事情を説明する。
「嘘…私達NPCの中に病原体がいるの…?」
「まだ確実にそうと決まったわけではないんですけど、でも、確率は0じゃあないんです」
ずっと黙って話を聞いていたセリカがポツリと言葉を溢した。
ルカがそれに答える。はぐれ組にとっては、いかにNPCが自分たちと変わらなくても、所詮は他人事だった。しかし、彼女にとってはそうではないのだ。
それなのに自分たちの都合で重荷を負わせてしまったことを一同は今更ながらに痛感した。
「…そんな大切なことを、いちNPCでしかない私に教えてくれてありがとう。ちょっと怖いけど、私も力になれることがあったら言ってね!」
セリカは少しの間俯いていたが、すぐに顔を上げて明るく言った。
どこまでも優しいこの友達の言葉に、はぐれ組は自分達がどれだけ心細かったのかを自覚した。そして、自分達にはこんなに温かい心を持った友達がいると言うことも。
「さて…話も終わりましたし、私達はそろそろ、お暇するとしましょうか」
「ですね。いつ連絡があるか分からないし」
「えっ…。もう帰っちゃうの?せっかく来てくれたのに」
セリカが寂しそうにに眉を八の字にする。
「せめて、お茶くらいは飲んで行って。すぐに準備するから!」
「いえっお構いな…あぁ…」
お構いなく、と彗鈴が言いかけるも、セリカは既に部屋を飛び出していた。
これは、もうお茶を飲んでから帰るしかないだろう。
5分ほどで、セリカが戻って来た。
手には四角い盆を持っていて、その上にはホカホカと湯気を立てる緑茶と、カステラが乗っている。
セリカが、全員テーブルの周りに集まるよう言い、カップと小皿を配って行く。
そして、全員に緑茶とカステラが行き渡…り…??
「あれっ。僕の分だけない」
「え!?…やだ、キッチンに置き忘れて来たかも。待っててね!」
やっぱりルカは不運である。
1日1回はそんな出来事に見舞われるのだ。
ここ2日間は、食べ物に関する運がないらしい。
その後、ちゃんとルカにも緑茶とカステラのセットが渡された。
「…あ、そう言えば…。セリカ、ここ、いつの間にリニューアルしたんだ?」
宿屋に来た時から気になっていたことを、セルが口にする。
「あぁ。そのことね。びっくりしたでしょ?この建物、結構古くなってたじゃない。だから、お父さんが外観と内装を綺麗にリフォームしようって」
なるほど。
あの無愛想なオーナーでも、ちゃんとそう言うことを考えるのか。
セリカとは仲がよかったが、レオルグとまともに喋ったことはなかった為、少し意外だった。
そうして他愛のない話を30分ほどし、緑茶のカップとカステラの小皿が空になったところで、今度こそちゃんと帰ることにした。
セリカが出入り口まで送ってくれた。
ちらりとカウンターを見ると、既にオーナーの姿はない。ちゃっかり奥へ引っ込んでいるようだ。
店のことはちゃんと考えるが、接客はとことん苦手らしい。
「今日は来てくれてありがとう。また来てね!待ってるから」
「こちらこそ、ありがとうございました。そう遠くないうちに、また来ます」
笑顔で手を振るセリカに手を振り返し、一同は歩き始めた。
いつの間にやら西の空は夕焼け染まり始めている。
今日は説明に時間を使い過ぎたかな、と思うはぐれ組である。
オルガが口笛を吹くと、5分ほどの間のあとでぺーちゃんが飛んで来た。
「ぺーちゃん、速い…。俺も負けられない…」
「セルちゃん、ぺーちゃんは空を飛んできてるから、障害物とかないんだよ。僕達はヨツンヘイムを突っ切る時に、いちいち巨人の足を避けなきゃならないから、スピードが落ちてるだけ」
「じゃあ、もし空中を走れたら、ぺーちゃんより速く着く…?」
「そうだね。ぺーちゃんより速いか、同着くらいかだと思うよ」
「おお~…(*º▿º*)」
何故セルちゃんはこんなに可愛いのだろう。
変態コンビは、出て来た鼻血を揃って拭う。
オルガは10m引き、ライトは解せぬと言う様子でその光景を眺めている。
「彗鈴さんもルーも、戻って来てよ…怖いよー…」
「なんで鼻血出してるのかよく分からん…」
君らには一生分からないさ、と内心で言い返す彗鈴とルカである。
広場からヨツンヘイムへと伸びる街道を進むと、来る時も通った鉄の門が見える。
その周りには、黒塗りの高い壁。
巨人は生息区域であるヨツンヘイムからは出られないので、襲われる危険性はないのだが…。無意味な壁が、昔風の綺麗な建物に影を落として台なしにしている。
イス村のもったいないポイントだ。
まあ、きっとこの壁は、プレイヤーにヨツンヘイムとイス村の境目を示す為のものなのだろうが…。それにしても、こんなに高く造る必要はないはずだ。
「それじゃ、後半戦行きますかー!!セル、ルー、巨人に見つからないように頑張ってね!!!」
「ああ、頑張って走る。…3人も、空を飛んでるからって油断するなよ。巨人が上を向いたらおしまいだからな」
走る前の準備運動をしながら、セルが警告する。
彗鈴が、引き締まった表情で頷いた。
「ええ。大丈夫です。しっかり注意して飛びますから」
「1番心配なのは、オルガだよな…」
既にペーちゃんに跨っているライトが、横目でオルガを見る。
すると、ルカがゆっくりと首を振った。
「ライトさん、オルガって意外とちゃんとしてますよ。こう見えて、巨人に見つからないよう気をつけてるんです。なるべく音を出さないように飛ぶとか」
「そ、そうなのか…。一応、ちゃんと考えてるんだな」
「さっきから『意外と』とか『こう見えて』とか『一応』とか、ボクを馬鹿にし過ぎじゃない!?」
ムッとした顔でオルガが言う。
「オルガのツッコミなんて、なかなかレアだね」と話す彗鈴とセルである。
「取り敢えず、出発しよう。日が暮れる前にはギルドハウスに着きたいだろ?」
ライトが無理矢理話を逸らした。
いや、元々ギルドハウスに帰る話をしていたのだから、話を戻したと言うべきか?
その時だった。
重々しい金属音を立てて、門が開いた。
まるでライトの言葉を聞いていたかのようだ。そのようなシステムがあったのだろうか?
彗鈴が、開いた門を一瞥して言った。
「そうですね。あまり遅くなってもよくないですし…。行きましょうか」
彼女の言葉が合図になった。
セルとルカが同時に走り出し、オルガが爆発音と共に飛んで行く。彗鈴自身も少し遅れて空中に浮き上がり、最後にライトが乗ったぺーちゃんが飛び立った。
はぐれ組の4人も、ライトも、そしてぺーちゃんも(?)、この後起きることなんて考えもしていなかった _____
∞----------------------∞
『…ルー、今、何分くらい走った…?』
巨人の足を器用に交わして走っていたルカの頭の中に、セルの声が響く。
サブ職業「
大きな声で話せない今の状況でテレパシーを使うなんて、天才だよセルちゃん!…と散々褒めちぎった後、ルカはちゃんと質問にも答える。
『10分くらいじゃないかな。あと少しだよ、セルちゃん!頑張って!』
『そうだな』
少し疲れて来ているが、行きと同じペースで行けば、あと5分程度でミズガルズだ。
大丈夫、と自分自身を励ますセルである。
「大丈夫かしら…」
ヨツンヘイム上空から2人の姿を見下ろして、彗鈴がため息をつく。
巨人に見つかるリスクを最小限に抑える為、飛行組の3人は、雲の上を飛んでいた。
それでもセルとルカの姿が見えるのは、飛行魔法と同時に使っていた、視力・動体視力強化の魔法のお陰である。
「彗鈴さん、どうー??セルとルーの様子は」
「少し、危ないです…。ルーちゃんは問題ないんですが、セルちゃんが疲れて来ています」
「そんなのが分かるのか?」
2人に追いついたライトが問う。
やっとぺーちゃんの乗り方に慣れて来たらしく、もう振り落とされそうにはなっていなかった。
行きは危うく落ちそうになる場面が多々あったのに、この違いはなんだろうか?イス村にいる間に、一体何があったと言うのだろう。
「ええ、分かります。私だけではありません。オルガもそうです。何度となく、2人が走るところを見て来ていますから」
「そうそう!!セルもルーも、走ると点が高速移動してるようにしか見えないんだけど、疲れてると、動く速度が微妙に落ちるんだよねー」
なるほど、流石ギルドメンバーだ。
納得するライトである。
彗鈴は、視線をセルとルカに戻し、再びため息をついた。
「大丈夫かしら…」
今日は何故、こんなに体力の消費が激しいのだろう。往復しているからか?
額にかいた汗を拭い、セルは足を動かし続ける。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら…。
それでもやっぱり、大丈夫ではなかった。
巨人の足がぬっと目の前に現れた時、セルは反応出来ずに立ち止まってしまったのだから…。
すぐにルカが気づき、セルに駆け寄る。
「セルちゃん、大丈夫!?もう走れない?」
「…走れないことは、ない…。でも、もうマックスの速さでは…走れない、と思う…」
息を切らしながら、セルが答える。
そんな2人が、巨大な影に包まれた。見上げると、遥か上に同じく巨大な顔。
セルもルカも、考えは同じだった。
_____ 戦うしか、ない。
2人は合図がわりに大きく息を吐き、戦闘態勢に入る。
上から見ている仲間達も自分達が止まったことに気がつけば、わざわざ合図を出さずともすぐに来てくれるだろう。それまでに出来るだけ相手の戦力を削りたいところだ。
「…右頼んだぞ」
「了解!」
それだけ言葉を交わすと2人は一斉に走り出した。
人に比べて知能の低い巨人に複雑な囮は必要ない。ただ別の方向に走れば良いのだ。
巨人の視線を引きつけるように、2人は巨人の足元を駆け抜ける。
急所は人間と同じ筈だが、いかんせん大きいためその分皮膚も厚い。ならば狙うは、
「目だ」
セルは巨人の脹脛に小型ナイフを突き刺すと、そこを足場に一気に飛んだ。脚の他に余計なところには力を入れず、ただ左手の銃の焦点を合わせることに集中する。
放った3つの弾丸は巨人の腕に当たったものの、そのままでは相手の体勢を崩すことは出来ないだろう。そのままでは。
「水蒸気爆発なめんな…♪」
セルの属性魔法は氷である。氷を纏わせた火薬弾を放った後に、炸裂弾を同じ場所に2発撃ち込んだらどうなるか。
「1600倍の魔法…」
氷は溶け、水になり、さらに水蒸気となった。氷が水になる時には体積が僅かに減るものの、水が水蒸気に変わる時、その体積は1600倍にまで増える。
突如感じた破裂に驚いたのか巨人は目を見開き、顔を腕へ寄せた。
「あはっ…!」
その隙を許すセルではなかった。上空で体勢を整え、剣を取ると、そのまま巨人の腕に着地し、ノンストップで身を翻す。そして全速力をもってして巨人の目に走り寄り、そこに己の剣を突き立てる。巨人は激痛に身を仰け反らせ、急所を晒した。
その瞬間、撹乱させた後は待機していたルカが飛び上がり、剣で喉を突いて、切り開くように首を縦に割いた。
「グオオオオオオオン」
攻撃を受けた巨人の咆哮。ルカが切り裂いた場所から、血の代わりに緑色のエフェクトが飛び散る。
苦しみもがく巨人の腕が、空気を唸らせながら恐ろしい速度でルカに迫る。
「はっ!!」
動きは読み切っていたのだが、避けるのが0.2秒ほど遅かったらしい。
命中こそしなかったものの、巨人の爪の先がルカに擦り、ルカは地面へと叩きつけられた。咄嗟に風を起こし、衝撃は和らげたものの、やはりそれでも多大なダメージであった。
「っっ!」
ルカの体の横に表示されているHPバーが、急速に半分まで減った。
これだから巨人は恐ろしい。体の一部が当たっただけでも、ものすごい量のHPが削られるのだ。
乱れた息を整えながら、このレベルまで上げておいてよかった、そう思うルカである。きっと、始めたばかりの冒険者ならもうダウンしていただろう。
「『
その時、背後で、馴染みのあるよく通る澄んだ声が響き渡った。
すると、すぐにルカのHPが全回復する。
はぐれ組の中でこの技を使えるのは、ただ1人。やっと来たか…遅いよ、と言う気持ちと安堵とが入り混じった複雑な心情で振り返ると、そこには思った通り、飛行組の3人が立っていた。
「遅くなってしまってごめんなさい。少し上の方まで行き過ぎたみたいで…思ったより降りて来るのに時間がかかりました」
「やっと来てくれたんですね。取り敢えず、セルちゃんの体力を回復してあげてください」
「分かりました。…セルちゃん、行きますよ!『体力回復』!!!」
「…すいれー、ありがと!」
よろよろと疲れ切ったように巨人の体から降りて来たセルが言う。
そのまんま過ぎる呪文でも、ちゃんと効いている辺りがすごい。
「よぉぉぉし!ボクも頑張るぞぉぉぉおおおお!!!『スパーク』!!!!」
オルガの髪の毛が逆立ち、目が金色に光る。
巨人の喉、先程ルカが切り裂いた傷口に、電撃が走った。
「ギャオオオオオオオオォォォ!!!」
再びの咆哮。はぐれ組とライトのHPバーを足してもまだまだ足りないくらいの長さがあるそれが、ほんの少し削られる。
セルとルカの攻撃で3割ほど削られていたので、足して3.5割くらいだろうか?いや、そんなに多く削れていない。
「おい、おれを忘れるなよっっっ!!!」
戦闘能力を持たないぺーちゃんをミズガルズに避難させたライトが、2本の剣を抜き巨人に向かってジャンプする。
残念ながらセルほどの跳躍力はなく、巨人の太腿が限界だったが、少しでもHPを削ろうと剣を2本とも突き立てる。剣にぶら下がり、自分の体重で肉を引き裂こうと言うのだ。
「ライト、意外と戦闘能力あるねー!!」
「本当、初めて知りました」
「「おお~(パチパチパチ)」」
「お前ら何余裕ぶっこいてるんだよっ!協力しろー!!!…っわ!?」
「…甘い、よそ見はダメ」
「セルちゃん、」
「…よし。ルー、顔狙うぞ」
「りょーかいっ♪」
セルが空を撫でると、そこには氷の刃が幾つも浮かんでいた。それだけではない、小さな氷のつぶてが無数に浮かんでいる。
そんなに量を出しては操るのが大変だし、威力が出ないではないかと、ライトが首を捻ったが、それもすぐに消えることになる。
セルの隣に立つルカが、真っ直ぐに前へと手を伸ばした。
するとライトは見えないはずの空気の層がセルが作り出した氷を包み込んだような錯覚に陥った。
「よっと」
無数の氷はまるでそれぞれが意思を持っているかのように、巨人の顔へと勢い良く弾かれていった。
「あぁ、加勢しますね。ライトくん、しっかり剣に掴まっていてください。『
黙って戦闘の様子を見ていた彗鈴が、ライトに魔法をかけた。
その瞬間、ライトの装備が金属に姿を変える。
「!?…なんだこれ!?」
「もともとは装備を硬化させて防御力を上げるものなのですけれど、金属って重いじゃないですか」
「そうだけど!?」
「ほら!つべこべ言わないって早く引き裂いてください」
「?う、うおおおおおおお!!!」
何故だか自分が悪い気がしてしまったライトであった。
「本当は自爆を使うつもりだったけど…ちょっと威力が足りないかな~」
オルガがそう呟いたかと思うと、背中から金棒を下ろし、とんでもないスピードで走り出した。
もちろん、セルやルカには遠く及ばないのだが、それにしても速い速い。あんな重厚な見た目の金棒を手にして走れる余裕が、どこにあると言うのだろう。
あっと言う間に巨人の足元に辿り着くと、左脚を軸に跳躍・敵の腕に飛び乗った。腕から肩へ、肩から頭へと移動し、両手で持った金棒を一気に振り下ろす。
ごぅん、と言う鈍い音と共に、黄色いエフェクトが飛び散った。
「グオオオオオオオォォォォン!!!!!」
脳天に金棒の直撃を受け、片脚の肉を引き裂かれ、無数の氷に顔を打たれ、巨人が今日1番の大声で叫んだ。
普通の冒険者なら鼓膜システムを破壊されていただろうが、この5人にそのようなことは有り得ない。
なぜなら、対オルガ専用特注耳栓をつけていたからだ!
「この耳栓、いい仕事するな」
「ええ。大きな音を吸収してくれますものね。対オルガ専用だったけれど、巨人の声にも効き目があるなんて!ミズガルズでライトくんの分も買っておいて、正解でした」
この耳栓は、大きな音のみ吸収して、それ以外は普通に聞こえると言う優れ物なのである。
いつオルガの機嫌を損ねること(大半チョココロネ関連)があるか分からないので、早め早めに購入したのがいい結果を招いた。
しかし、ノーダメージだったのは4人だけだった。
あとの1人はと言えば…
「ぎぃやぁああぁぁぁあああ!!!!」
断末魔の如き悲鳴をあげるオルガ。ついつい、お前はモンスターかと言いたくなってしまう。
対オルガ特注耳栓なのだから、彼女の分がないのは当然。オルガは、巨人の叫びをもろで食らってしまったのである。
「…今のオルガの悲鳴の方が、巨人より大きかったんじゃないか…?」
セルの呟きに、本人を除く全員が頷いた。
なおも悲鳴をあげながら、巨人の頭に金棒を打ちつけるオルガを見上げ、ルカが口を開いた。
「…よし。そろそろ本気出して行こうか」
「今まで本気じゃなかったのか!?」とライトが叫んでいるような気がするが、気のせいだろう。
ルカの言葉に頷いたはぐれ組のメンバーは、にぃっと笑みを浮かべると巨人に攻撃の焦点を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます