第4話 事件

午前6時。

彗鈴が再びログインし、ギルドハウスのベッド上に姿を現す。

昨日ログアウトしたのが22時過ぎのこと。約8時間の間に、リアルでの食事や風呂、高校の勉強を済ませて来た。ちなみに、彗鈴は今不登校だ。はぐれ組のメンバーは全員そうなのだが…。

ちらりと隣のオルガのベッドを見るが、まだライトの姿はない。

まあ、普通はこんな早い時間からログインしたりはしないだろう。


さて、まずは着替えだ。

普段は服を持って来てここで着替えるが、今日はそうも行かない。いきなりライトがログインして来る可能性を考慮して、中から鍵をかけられるウォークインクローゼットの中で着替えることにした。

本当はログアウト時に寝巻きを着ている必要はないのだが、彗鈴は着替えてから寝るのがポリシーである。

今日はPKの依頼がない日だが、なんとなく冒険者としての仕事をしなければいけなくなる気がして巫女服を選んだ。


クローゼットを出ると、オルガのベッドの上にライトの姿があった。

クローゼットで着替えてよかった、と思う彗鈴である。

ライトは彼女に気づくと、軽く右手を上げた。


「彗鈴さん、おはよ」

「おはようございます。今日はログインが早いんですね。学校に行くまでプレイするんですか?」

「今日は日曜日だろ?学校は休みだよ」

「…ああ、そうだ。私、現在学校へは行っていないもので…。曜日感覚が狂っていました。すみません」

「そうか。なにかあったのか…おっと。それを訊くのはタブーだな」


唇に人差し指を当てるライト。

ただのいい人感が滲み出る言葉と可愛い仕草。

萌えを通り越して、見ていて恥ずかしくなってしまった彗鈴は、顔が真っ赤である。


「ん?彗鈴さん、どうかしたか?」

「ど、どうもしませんが?ほら、早くリビングに行きますよ!」


訊かれて更に動揺した彗鈴は、照れ隠しのように早口で答えて、さっさと部屋を出て行ってしまった。

彗鈴にはツンデレなところがあるのである。


「えっ…ちょ、待っ…お、置いて行くなよー!!」


∞----------------------∞


「あ、彗鈴さんにライト、おはよー!」

「…おはよう」

「おはようございます」


リビングに降りて行くと、もうはぐれ組の他のメンバーは揃っていた。

オルガはアルカディアの宿屋から、ちゃんと歩いて帰って来たらしい。その証拠に、ギルドハウスの壁には、穴は空いていなかった。


「そう言えば彗鈴さん、昨日の夜はライトとどうだったのー??いっぱいいじめた??」

「『ライトとどうだったの』って言い方はやめましょう。なんだか話が恋愛方向に向かって行きそうです。あ、ちなみにちゃんといじめました」

「めっちゃいじめられた…」


ライトがため息をつき、肩を落とす。

昨日の夜は、彗鈴に散々いじめられいじられ、それはもう大変だったのだ。

その為か、少し疲れた顔をしている。


「皆さん、もう朝ごはんは食べましたか?」

「…まだだ。でも、アルカディアに行って、パンを買って来てある」

「昨日散々食べたのに、またパンですか…。まあ、いいです。キッチンにありますよね?」

「ああ。流しの横だ」


彗鈴はキッチンに行き、セルに言われた通り流しの横を見る。そこには、パンパンに膨らんだ紙袋が、雑に置かれていた。

…パンだけに。

性格が出るなあ、でもそんなセルちゃんも可愛いなあ、と微笑ましく思いながら、個包装になっているパンを次々と取り出して行く。


「パンの希望はありますかー?」

「チョココロネー!!あとはなーんでもっ」

「俺もなんでもいい」

「僕も」

「おれはサンドイッチで頼む。なければ別のでもいいけど…。腹減ってないから1つでいい」


皿を5枚用意して、パンを乗せて行く。

オルガとセルは4個、ルカと自分は2個、ライトは1個。

牛乳ではなく紅茶を淹れ、朝食の用意が整った。


「「「「「頂きます」」」」」


自分用に選んだピザパンを咀嚼しながら、彗鈴が気づいたことを口にした。


「もぐもぐもぐ…ごっくん。私もそうなんですが、皆さん今日は私服じゃないんですね。依頼でもあるんですか?」

「ないです。でも、なんとなーく大変なことが起こる気がして…。ね、セルちゃん?」

「ああ。俺1人の違和感だったらさして気にもしないんだが、2人とも感じたからな…念のため、戦闘用の装備にしたんだ」

「ボクもボクも!」

「実は私もなんです…。これは絶対に何か大きなハプニングが起きるでしょうね」


はぐれ組のメンバーは大きく頷く。

しかし、ライトだけはピンと来ないと言った表情だ。


「おれは何も感じないんだが…」

「ライトさんはレベルが低いからですよ」

「なっ…!おれだって他の冒険者に比べたらレベル高い方だぞ!?」


謎の基準で適当なことを言うルカに、ライトが突っかかる。

はぐれ組しか感じない違和感。

この正体はなんなのだろうか。


違和感の正体が分からないまま、ライトははぐれ組が感じている違和感を理解出来ないまま、もやもやした気持ちで朝食を食べ終えた。

ライトが皿を洗うと言うので、彼に任せることにする。


「おーい、油ものの皿ってどr」


ヒュワンヒュワンヒュワン _________


いきなり大音量の電子音が聞こえ、はぐれ組は耳を塞いだ。

この音は…時間停止の合図だ。その証拠に、「油ものの皿はどれだ」と聞こうとしたライトが、皿とスポンジを持ったまま固まっている。とは言っても他の人から見たら固まっているのはライトではなくはぐれ組の方なのだが。

これを使えるのは、ゲームの運営のみだ。

予感していた「大変なこと」が今まさに起きようとしている。

はぐれ組のメンバーの目の前に、半透明のパネルが出現した。そこに、1人の30代ぐらいの男性の姿が映し出される。


「おはようございます、Another World Dream運営の里井と申します。『はぐれ組』の皆さんですね?」


パネルの中の男性が言った。

どうやらこれは、リアルの世界とのテレビ電話らしい。

はぐれ組を代表して、彗鈴が頷いた。


「はい。私達がはぐれ組です。どうなさいましたか?私達が何か規約違反になることをしたのでしょうか」

「いいえ、違います。そうではありません。実は、はぐれ組の皆さんにお願いしたいことがありまして…」


お願いしたいこと…?

4人は内心で首を傾げる。

アナリムの運営が、1消費者である自分達に何を頼むと言うのだろう。


「皆さんにネットワークのウイルス感染を防いで欲しいのです。このままではこの世界のNPCを皆殺しにしなくてはならなくなってしまいます!」

「「「「え!?」」」」


1人を除いていつも冷静なはぐれ組のメンバーだったが、流石に今回は驚かずにはいられなかった。


「昨夜、弊社のカスタマーセンター、Another World Dream係の方に電話がありまして。クラッカーを名乗る人間が、ゲーム内のNPC4体に強力なコンピューターウイルスを仕込んだと言って来たのです。本当かどうかは分かりませんが、本当だった場合、全世界のネットワークがウイルスに感染してしまう危険性があります」


クラッカーと言うのは、ネットワークやシステムに侵入してプログラムの破壊などを行う、悪質なハッカーのことだ。

愉快犯である可能性も否めないが、本当だった場合はかなり危険な状態だと言うことになる。


「犯人によると、このコンピューターウイルスは潜伏期間は今日の0:00から数えて丁度9ヶ月です。その間に何とかしなければなりません」

「あの…これはゲーム会社だけの問題じゃなくて、国家レベル、いや世界レベルの大問題だと思うんですけど…。政府はこのことを把握してるんですか?」

「はい。NPCのプログラム自体を削除することを提案されました。ですが、NPCが感情を持っている以上……」


里井はそこで口をつぐむ。

つまりは、NPCがそれぞれ感情を持ったキャラクターである以上、プログラムを削除するのは大量虐殺と同じだと言いたいのだ。


「じゃあ、病体のNPCだけ消してくのか…」

「そうです。その4体には本当に申し訳ないしどうにか助けてあげたいのですが、被害を最小限に抑えるにはこれしか方法がありません。プレイヤー全員に伝えると、それこそNPCの虐殺が起こりかねないので、1つのギルドや1人のソロプレイヤーにだけ伝えて、病体の削除をして貰おうと思いまして。それを政府の方に伝えたところ、『ゲーム開始時からいて経験豊富、PKギルドの撲滅に取り組んでいて信用も出来るギルドに頼むのはどうか。ただし期限は8ヶ月後の今日までだ。もしそれまでに病体の削除が済まなければ、強制的にプログラムの削除をさせる』と。そうしましたらその場にいた政府の方がはぐれ組を推薦され、その後履歴を拝見させていただきましたところ、我々の方でも是非はぐれ組の皆様にお願いしたいと思いまして…」

「ちょっと待ってください、話の内容はなんとなく分かりましたけど、なんで政府の人達が僕達を知ってるんですか。それに、運営さんがやればいいじゃないですか」

「議会などで書記を務めている方が、このゲームをプレイしていらっしゃるそうです。NPCのプログラム削除は出来るのですが、1体1体を個別で消すのは、ゲームの内側からその個体のシリアルナンバーを調べないと出来ないものでして…。どうか!NPC《あの子達》を救ってはいただけないでしょうか!」


ルカは、納得出来ない、と言うような顔でパネルを見つめている。

黙っていた彗鈴が口を開いた。


「私達に依頼されていると言うことは、なんとなく予想はつきますが…一応お訊きしておきます。職員の中のどなたかがゲーム内に入ることは不可能なのですか?」

「可能ではあります。ですが、今Another World Dreamの担当職員は全員、病体のNPCを探すことに力を使っておりまして…。かと言って、弊社が運営している他のゲームの担当から引っ張って来ることも出来ません」


それはそうだ。担当職員が減ったら、そのゲームのカスタマーセンターなどが忙しくなったときに対応出来ない。

それでプレイヤーに頼ろうと思った訳だ。


「なるほど。分かりました、お受けしましょう」

「本当ですか!?」

「彗鈴さん、ちょっと…。他の誰にも話せないんですよ?僕は親しい人に嘘をつくのは嫌です」

「もちろん、私もですよ。罪悪感に押しつぶされそうになります。それに、何かの拍子でうっかり言ってしまうかもしれません。でも、私に考えがあるんです。任せてください!」


ルカに向かって親指を立てサインした彗鈴は、パネルの中の里井に向き直り、真剣な顔になった。


「ただし、条件が1つだけあります。ライトさんとルルさん、そしてNPCのセリカさん。この3人だけにはお話させてください」

「え?NPCの方だけならまだしも、プレイヤーにもですか…?」

「彼らがNPCを殺すことはありません。私が保証します。信頼出来る仲間です」

「…分かりました。でも、その3人だけですよ?その他のプレイヤーにはもちろん、NPCにもこのことは秘密にしてください」

「ええ、もちろんです」


彗鈴はにっこりと頷いた。

そして、今度ははぐれ組の他メンバー3人を振り返る。


「皆さん、どうでしょう?」

「ボクはいいよ!!NPC助けるー!!」

「俺もいい」

「ルーちゃんは?」

「ライトさんはともかくとして、ルルちゃんやセリカさんにお話出来るならいいです」

「決まりですね!」


パネルの中の里井が、パッと笑顔になった。若干目に涙が浮かんでいるように見えるが、気のせいだろうか?

でも、人の手によって作られたNPCをそこまで大切に出来るなんて、なんと言う優しい人なのだろう。

ネットワークのウイルス感染を防ぐ為なら、NPCなんて全部消してやる!と言うような会社でなくてよかった。だが何より、子供である自分たちを使うのに事情などいくらでも誤魔化せたであろうに本当のことを話してくれたのが何より嬉しかった。そう、はぐれ組のメンバーは思う。


「ありがとうございます。私達の方で病体を探しますので、見つかり次第ご報告させて頂きます」

「病体の削除って、どうやってやるの!?」

「今、病体探しと同時進行で、削除用のアイテムを開発しています。病体が見つかったときにお渡しします」

「分かりました。早く発見出来ることを祈ってます」


里井は4人に向かって礼を言い、テレビ電話を終了させた。

10秒ほどの間のあと、また大音量の電子音が流れて時間の停止が解除される。


「eだ?」

「…ごめんライト、文章の途中から言われても分かんない」


ライトは訳が分からないと言うように首を傾げ、もう1度「油ものはどれだ?」と訊き直した。

油ものくらい見れば分かるでしょうと言いながら、彗鈴が教える。自分でやる気はないようだ。

ライトが皿とコップを洗い終わり食器乾燥機に入れると、ルカが手招きをする。


「?どうしたんだ?」

「ちょっと大事な話が」


彼がテーブルに座ると、彗鈴が先程あったことを全部話す。

ライトは驚いて、目を瞬いた。


「そんなことが!?嘘だろ…!?犯人が嘘をついていることは考えられないのか?」

「その可能性も十分あると思います。でも、もし会社の人が病体を発見したら、嘘じゃないことになる」

「そうか…。愉快犯であることを祈るが」


CP&Pの時代からNPC達と関わって来たライトは、少し複雑な表情だった。

彼がNPCを殺すことはないだろうと、4人は改めて確信する。


「ライトには知らせたから…次はルルだな」

「今日はログインしてるかしら…。チャットで連絡を取ってみますね」


彗鈴がメニュー画面を呼び出し、チャットを開く。ルルとのチャットルームを開き、今日は会えるかと言う趣旨の内容を打ち込んで送信。

チャットルームはハッキングされて中身を見られる可能性はほぼ0なので、ここで話してもよかった。しかし、大事な話だ。チャットルームで済ませるより、ちゃんと会って話がしたかった。

すぐに既読がついた。もうログインしていたようだ。そう言えば今日は日曜日だった。ルルも学校がないので、早めにログインしたのだろう。

今月は難易度の高いクエストが多いことを知って、ログインして来ない心配もしたが…。まあそれならそれで、話さなければいいだけの話なのだが。


〈おはようございます。取り敢えず、どこに何時集合かだけ教えてください〉

〈私達のギルドハウスに、なるべく早く来て〉

〈分かりました!〉


「すぐに来ると思います。あの子も飛行魔法を使えるので」


ルルがはぐれ組のギルドハウスに到着したのは、それから5分後のことだった。昨夜とは打って変わって、黒い肩出しのトップスにショートパンツ、タイツにブーツと言う戦闘服姿だった。背中にはスタッフ両手持ちの杖を背負い、戦いに備えているのが見て取れる。

大事な話と言うのは、そう言うことではないのだが…。まあ、チャットルームでは詳しいことは何1つ説明しなかったし、勘違いするのも無理はないか。


「おはようございます、師匠。オルガ、セルちゃんにルカくんもおはよう」

「おはようございます、ルルちゃん」

「…おはよ」

「え?おれもいるんだけど…」


ルルの華麗なライト無視は、もはや職人技である。


「あとルカ、お前…おれにはまだ『さん』づけなのに、ルルには『ちゃん』づけなんだな」

「ルルちゃんは、はぐれ組のメンツの次に古い知り合いなんで『ちゃん』づけです。何か悪いですか?」

「敬語と『ちゃん』って合わないなあっt」

「何か悪いですか?」

「いや、何も」


ライトが黙る。

じゃあ何故彗鈴は「さん」づけなのだろうと疑問に思ったが、彼女は「彗鈴さん」って感じだからと言われそうだ。

しかし、ライトがはぐれ組とルルの次に古い知り合いになっても、「ライト」とは呼んでくれそうにないと思う彼である。

ちょっと寂しい(´・ω・`)


ギルドハウスの中に入ると、ライトに話したときと同じようにテーブルの前に座り、彗鈴の説明が始まった。


「…と言う訳なのよ」

「そうだったんですね…。でも、愉快犯の可能性もあるんですよね?」

「でも、もし運営の人が病体を発見したら、嘘じゃないってことになります」


ライトと全く同じ反応だったので、全く同じことを返した。

実はライトとルルは相性がいいんじゃなかろうか。

2人を除く全員がそう思ったが、言わなかった。いや、口が裂けても言えないのだが…。

まさかそんな風に思われているとは想像もしないルルは、ルカの言葉に頷いた。


「まあ、そうだね。そう考えると、本当のことだと思っていた方がいいのか…」

「…そう言うことになるな」


セルが頷いた。



「そんな大事なことを伝える相手に私を選んでくれて、ありがとうございます。信頼されてるんだなぁって思いました!嬉しいです。別ギルドなので全面的には無理ですけど、あたしに出来ることがあればいつでも言ってください」

「ありがとう、ルル。このことは内密に…」

「分かってます、秘密は守りますから!」


やはり、このことを話す相手にルルを選んだのは正解だったようだ。


ルルは、ギルド全員でかかれば攻略出来そうなクエストをいくつか見つけたらしい。1度ログアウトしてメンバーに知らせて来たいと言うので、時間を取らせたことを詫びて送り出した。


「さて…。あとはセリカさんですね」


ルルが帰ると、彗鈴はメンバー達を振り返った。

ライトは、セリカがNPCであること以外は何も聞いていなかったので、何者なのか分からず首を傾げる。


「そのセリカって人は、NPCなんだよな?お前らとなんの関係があるんだ?」

「ああ…言ってませんでしたっけ。セリカさんは、僕達がギルド組んでから2ヶ月くらい使ってた宿屋の娘さんなんですよ」

「なるほど、納得」


ちなみに、はぐれ組の4人はソロプレイヤーのときから依頼されたPKをこなしており、全員ギルドを組んで2ヶ月経ったときに通り名持ちとなっている。

ゲームの発売は半年前。今は4月なので、去年の10月に発売されたことになる。はぐれ組の4人(ライトもだが)は発売されてからすぐにプレイを始めているので、アナリムの古参プレイヤーと言うことになる。

まあ、古参と言うと、新しく始めた人に優しくないイメージがあるので、4人ともその言葉は好きではないのだが(ライトもだが)。

はぐれ組のメンバーが通り名持ちとなったのはゲームが発売されて4ヶ月目なので2月、ギルドを組んだのは12月。宿屋を使っていたのは2ヶ月間なので、通り名持ちになった頃にはもう、このギルドハウスを建てていた訳だ。

と、ライトは素早く頭の中で計算する。


「なるほど、そうなのか」

「…セリカに1番お世話になっていたのは、オルガだと思う」

「確かに!オルガはよく、チョココロネを買って貰ってたもんね」

「それって、餌付けって言うんじゃないのか…?」


ライトよ、ごもっともである。

オルガは大好物のチョココロネをくれるセリカのことが大好きで、ギルドハウスを建ててからも定期的に通っていた。いや、懐いていたと言うべきか?

最近は仕事が多くて、なかなか行けなくなっていたが···。

オルガが、腕を組みうーんと唸った。セリカの宿屋はイスと言う小さな村にある。しかし、イス村はアルカディアの隣のミズガルズの隣の隣にあり、行こうと思うとかなり遠いのだ。

セリカはNPCなので魔法は使えない。しかし、歩いて来て貰うと2日はかかる。

となるとこちらから行けばいいのだが、それには少し問題があり···。


「ミズガルズの隣がイス村だったらよかったんだけどねー!間にヨツンヘイムがあるから···」


ヨツンヘイムとは、巨人が住む地帯のことである。

残念ながら、その巨人達はフレンドリーではない。一旦視界に入れたプレイヤーは、隣り合っているイス村かミズガルズに入るまで追いかけて来る。

巨人なので1歩1歩の歩幅が尋常ではないほど大きく、セルやルカくらい速く走れるプレイヤーでなければ確実に捕まる。

しかも、戦うとなるととても強いのだ。魔法の類を使わない代わりに、物理攻撃が凄い。巨人に踏み潰されて死んだプレイヤーは多い。

ちなみに、はぐれ組が全員でかかっても、軽く1時間は格闘することになるような相手だ。


「ボク、1回自爆飛行に失敗して、ヨツンヘイムに落ちちゃったことがあってさー。ギリギリ死ななくて済んだけど、ちょっとヤバいよあそこー!」

「…俺達も、巨人の目に止まらないくらいの速さで駆け抜けられればいいが…。俺は体力がないからな。ミズガルズを走り抜けた時点で、疲労は凄いと思う。確実に巨人に見つかる」

「そうだよね…。なるべく早く着きたいし」


セルの言葉にルカが頷く。

オルガはまた自爆飛行をミスしないとは限らないし、彗鈴もずっと飛行魔法で行くにはMPが心許ない。

ライトも、ミズガルズに行くときでさえペガサスに掴まっているのに必死だったのだ。ミズガルズより遠いところに行くとなると、途中で振り落とされてしまうかもしれない。


「…なぁ、それ普通にミズガルズで休んでから行けばいいんじゃないか?」

「「「「あ」」」」


変に頭を使い過ぎていたはぐれ組は、なにも一気に行かなくてもいいことに気づいていなかった。


「そっか…全っ然気づかなかった…」

「狭い視野で考えちゃ駄目ですね」


彗鈴とルカが口々に言い、セルとオルガも目から鱗というように頷いている。


「あ、そうだセル、随分前にクエストのクリア報酬で結い紐貰ったんだが、これやるから食事の時だけでも髪結んだらどうだ?邪魔だろ」


昨日の晩、桃源郷で天津飯を食べるセルが髪を何度も耳にかけ直していたため、結い紐をあげようとと思ったのにすっかり忘れていたのだった。


「…いいのか?お前も髪、結ぶだろ?」

「いや、俺は別のやつあるからいいよ」

「そうか…ありがとな」


そう言ってセルはライトから三色の糸を編んで作られた寒色の結い紐を嬉しそうに受け取った。


「……」

「ルー、結んで!…」

「!うん、いいよ。おいで」


ライトとセルのやりとりを見て面白くなさそうなルカだったが、セルの嬉しそうな顔を見ると、まぁいいかという気がしてくるのであった。


「ああー…可愛い…セルちゃんも、ルーちゃんのヤキモチも、ライトくんの天然タラシも…」

「…彗鈴さあん?戻ってきてー?あとルーのはヤキモチなんて生易しいものなんかじゃないと思うよー?」


3人のやり取りを見て合掌する彗鈴に、オルガの心のそこから出てきた言葉達は届くことはなかった。



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