第3話 桃源郷

「遅いよライトー!!約束の時間、もう30分も過ぎてるじゃんかっ」


予定時間に遅れて来たライトを、オルガが叱りつける。

オルガが怒ることは滅多にないのだが、食べ物のことになるとそうでもないらしい。

その他のメンバーは、怒りを通り越して呆れ顔だ。


「ちゃんと約束通りに来てくれないと…。ログアウトする時間も考えて7時なんだから、気をつけてくださいよ」

「すまん…。その、3時間あれば、クエストの1つくらい受けられると思ったんだが、思ったより苦戦してしまって…」

「なんでこのタイミングでクエストを受けるんだよ…。あ…分かった。お前、今金欠なんじゃないか…?さっき、すいれーに提案されてしばらく迷ってただろ…」


再び言葉に詰まるライト。

普段は口数の少ないセルだが、たまにこうしてずばっと指摘することもある。


「…実は、そうなんだ。今月、何故か難易度高めのクエストが多いだろ?おれのレベルに見合ったクエストがあんまりなくて…。でも、クエストの内容って、1時間ごとに変わって行くから、諦めずに毎日ログインしてるんだけど」


ログインしたら、宿屋に宿泊 ____ これがセーブになる ____ をしないとデータが消えてしまう。

1泊700Gゴールドかかり、いつもなら全く問題ないのだが、今の状況だと報酬をかなり削られてしまうのだ。

流石に、提案者の彗鈴も悪かったと思ったらしい。ライトに謝罪する。


「ご、ごめんなさい…私達、今月はPKギルドの相手ばかりしていて、クエストを受けていなかったので知らなくて」

「だから人が少なかったんだね!!おかしいと思ったんだよー。そう言えばPKギルドの奴らも、血眼になってプレイヤー探してた!!」

「奢らせるのは申し訳ないので、私が出します」


彗鈴が言うが、ライトは首をぶんぶんと横に振る。


「いや、一度奢るって言ったんだ。出してもらうなんて、おれのプライドが許さない!」

((((めんどくせー…))))


無駄なところにプライドを持たないで欲しい、と思う一同である。

これはもう、何を言っても聞かないだろう。面倒臭い奴はだいたいそうだ。


「分かりました…。じゃあ、ご馳走になります…」

「おう、任せろ!」

「何を任せられると言うんだ何を」

「と、取り敢えず、そろそろ行きましょうか」


ジトーッとした目でツッコむルカに彗鈴が声をかける。

それを聞いていたセルとオルガが、何やら準備を始めた。


「…1、2、3、4、5、6、7、8…」

「な、何をしているんだ…?」

「準備体操。ミズガルズまで走るから。…ルーも、ほら」

「あ、そうだね!やらなくちゃ」


セルの隣で準備体操を始めるルカ。

流石に走って行くとは思わなかったのだろう。ライトは呆気に取られている。

その後ろに、顔を真っ赤にして踏ん張っているオルガがいる。


「金髪、お前は何を…?」

「オルガね!!自爆を応用して飛ぶから、力をためてるんだ!!うおおおおおおおぉお!!!」


彗鈴は何やら呪文を詠唱しているようだ。

飛行魔法を使うらしい。


(呪文はただの、魔法のショートカット手段なんだから…わざわざそんなに長くする必要ないのに)

「ラティアスカルマン シアトロスチール カルロべフルイド ジンゼルアトロス ライトハバカアホキンケツ モモチャンファンクラブカイインバンゴウゼロゼロゼロイt」

「途中からおれの悪口とおれいじりになってるんだが!?」


こいつらといると疲れる。

ようやく分かって来たライトである。

彗鈴はツッコみを華麗にスルーし、その後もライトの悪口…否、呪文の詠唱を続けた。


「て言うかお前ら、おれのことも考えてくれよ…。セルとルーは尋常じゃなく足が速いのは知ってるs」

「僕、ルカですけど。ルー呼びははぐれ組以外許してないんで」

「え!お前ルカだったのか!?」


ルカのことは、セルが「ルー」、彗鈴が「ルーちゃん」と呼んでいる為、今までずっとルーだと思っていたライトである。


「…セルとルカの足の速さは知ってるし、オルガの自爆応用飛行も、さっき見たから勢いは分かるし、彗鈴だっt」

「彗鈴ですけど。呼び捨てはセルちゃんしか許してないんで」

「……」


こいつらは面倒臭い。

改めて認識するライトである。


「…ライト、交通手段あるか?転移門トリップゲートはここからちょっと遠いし…馬、貸そうか…?」


セルとルカは走って、オルガは自爆飛行で、彗鈴は飛行魔法で行くとなると、ライトは確実に置いて行かれてしまう。

それに気づいたセルが、ライトに優しく声をかけた。


「うっ…貸してくださるとありがたいデス…」

「あ…みんな呼び方厳しいけど、俺はセルでいいからな…?」


ふわりとセルが笑うと、他の人たちに酷い仕打ちを受けていたライトは、「セルって優しい奴だ」と仕方がないだろう。いや、本人に自覚があるわけではないのだが…。


「…じゃあこっちだ、ライト」

「お、おう」


なぜルカと彗鈴さんが付いてくるんだ…?セル1人でよくないか?そう思っても口に出さないライトだった。


「どっちがいーい…?この子とこの子…」

「って、馬って天馬ペガサス一角獣ユニコーンかよ!これ馬と違う!」


思わず語彙力を投げ出したライトは全てを投げ出したくなったようだった。


「?…海馬ヒッポカンプがよかったのか…?」

「ライトさん、海馬は水上専用だから無理ですよ?」

「…うん、知ってる。じゃあペガサスでお願いできる?」

「…わかった!」


いつもルカや彗鈴に世話を焼かれてばかりで、頼まれごとというのが新鮮なセルは嬉しそうに手綱を用意しているが、「こいつらもうやだ…まともな奴がいない…」とライトが意気消沈していたのには気がついていないようだった(いや、たとえ気がつきそうになっても、親馬鹿ルカと彗鈴が気づかせないのだが…)

そうこうしているうちに手綱の準備が完了し、ペガサスの乗り方指導も済んだ。


「それじゃ、そろそろ行こっかー!!」

「「「「はーい」」」」



∞----------------------∞


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」

「ライトがビリー!!ペガサスなら、上手く操ればボクや彗鈴さんくらいすぐに抜かせるはずなのに~」

「う、うるせえな……。暴れるから手綱握ってるだけで精一杯だったんだよっ!」

「オルガ、ライト、そんなことしてる場合じゃないだろ…。置いてくよ」


からかうオルガに憤慨するライト。珍しくツッコむ(?)セル。

こんなにカオスな集団は、このゲーム中どこを探しても…いや、世界中を探してもそうそういないだろう。

ミズガルズの静まり返った商店街。プレイヤーが経営する店は、客が来ないので早々に店仕舞いをしてしまっているが、桃源郷のガラス戸には「営業中」の札がかかっており、灯りも漏れている。


「そう言えば、桃源郷が開いてない時のこと、全然考えてなかった…。開いててよかった」

「…言われてみればそうだな。今日開いてる店はNPCの店ばっかりみたいだし」


ルカの独り言に、セルが頷く。

ここは武器屋から食べ物屋まで、プレイヤーに必要なものが何でも揃う商店街。

NPCが経営する店が圧倒的に多いのだが、普通サブ職業として取得する「職人」や「料理人」をメインにして、ここで店を開いているプレイヤーも一定数いる。

桃子もそのタイプだった。

早速入店、と彗鈴がドアを引き開ける。


「いらっしゃいませ~」


と言う若干間延びした柔らかな声と共に、小柄な女性が姿を現す。

淡いピンク色の着物をきっちり着こなし、長い黒髪を、平安時代の貴族のように毛先に近い部分だけ結んでいる。

かと言って顔も平安チックな訳ではなく、ぱっちり二重の黒い目が特徴的な、万人に好かれるのも納得の可愛らしい顔立ちをしている。


「あら~!はぐれ組の皆さんじゃないですか~、お久しぶりですね~」

「1ヶ月くらい来てませんでしたっけ?来る前から、注文決めてたんです。セルちゃんが天津飯にするって言うから、僕もそうしようと思って」

「そうなんですか~。頑張って美味しいものを作りますね…あら?そちらの方は…?」


とは、もちろんライトのことである。

桃子を見つめたままボーッとしていたライトが、彼女の言葉が自分に向けられたものだと気づいて我に返る。


「あ…えっと、前にも1回来たことがあるんですけど…」

「ああ~!思い出しました!いらっしゃったのは先月でしたっけ~。生姜焼き定食を注文された方ですよね~?確か店が満席で、お名前を書いて待って頂いたと思うんですが~…。ダイナマイトさん、ですよね~?」

「そ、そうですそうです!(お、覚えてもらえてた!めっっちゃ嬉しい!おれ、結構特別に見られてる…?)」


ライトよ、それは勘違いである。

桃子の記憶力は凄く、店に来た客のことは、いつ来たかから注文まで全て覚えているのだ。

そしてライトよ、お前の名前はいつからダイナマイトになったのだ。

もちろん桃子も分かっていて言っている。


「はぐれ組の皆さんとお知り合いだったなんて、初めて知りました~」

「最近知り合ったばかりなので、桃子さんが知らなくても無理はありません。今日は色々あって、彼も交えて桃源郷に来ることになったんです」


最近、と言うより、今日なのだが。

しかし、知り合った経緯を話すと長くなってしまうので、彗鈴の誤魔化しはナイスと言えた。


「なるほど~。あ、立ち話してると疲れちゃいますから、あちらの席へどうぞ~」


桃子が指したのは、はぐれ組のメンバー達がいつも使っている6人がけの席だった。

4人がけの席を使わないのは、セルやオルガが1人で大量の注文をするからである。

まあ、今回は金欠のライトの奢りなので、流石に注文は1つのようだが…。

オルガとライトが並んで座り(ライトは顔が恐怖に染まっていたが)、反対側にはセル、ルカ、彗鈴の3人が座る。


「セルさんとルカさんは天津飯ですね~。セルさんは、他に注文はなさらないんですか?」

「…ああ。本当はもっと頼むつもりだったけど、ライトの奢りだからな。こいつ、今金欠なんだ」

「あら。そうなんですか~?」

「実はそうなんですよ…あ、おれは天丼で」

「私は焼き魚定食を」

「ボクも炒飯とラーメンのセットにするつもりだったけど、 ラーメンだけでいいや~!」

「かしこまりました~」


桃子が厨房に引っ込んだのとほぼ同時に、店のドアが開いた。

入って来た客の姿は、パーテーションに隠れており見えない。

ドアに鈴やベルはついていないが、桃子は客が来たのを感じ取ったらしい。


「いらっしゃいませ~!空いているお席へどうぞ~!!ご注文どうなさいますか~!?」

「いや…空いてるお席って、ほぼ全部空いてるんだけど…。…トンカツ定食1つくださーい!」


ツッコミを入れ、注文をする声が聞こえる。

入って来た客は女子のようだ。

パーテーションの影から姿を現したその人は、亜麻色のボブヘアに蒼い目、丸い銀縁眼鏡をかけた少女で、黒のハイネックにジーンズ、茶色のトレンチコートと言う出で立ちだった。

完全に戦闘用の装備ではない。私服だろう。

ちなみにはぐれ組も、私服に着替えていた。ライトは来る直前までクエストを受けていたので、装備を着けたままだが。


「あら、ルル!」


気づいた彗鈴が声をかける。

名前を呼ばれ、少女がパッと振り返った。

その表情が、すぐに嬉しそうなものへと変わる。


「師匠!お久しぶりです!お元気でしたか?」

「ええ、元気だったわよ。あなたは?」

「元気でした!」


ルルはゲームを始めたばかりのとき、PKギルドのメンバーを次々とダウンさせて行く彗鈴の姿に惚れ込み、弟子になりたいと言ったのだ。

彗鈴は師匠と呼ばれるのを嫌がっていたが、ルルが懲りずにそう呼んでいたので、最近ではもう諦めているようである。

はぐれ組と一緒に活動していた時期もあったが、今はギルド「Red Noise」に所属している。


「彗鈴さんって、弟子がいたのか。初めて知った 」

「…?その人は誰ですか?」

「ライトさんです。色々あって、今日一緒にご飯を食べに来ることになったんですよ」


彗鈴の代わりに、ルカが答える。


「そうなんだ…」

「ルル、せっかくだから一緒に食べない?私側はもういっぱいだから、ライトくんの横に」

「いつから呼び名が『ライトくん』になったんだ?」

「私とルーちゃん、2人とも敬語だから、呼び方も同じ『ライトさん』だったら読者が混乱するでしょう?」

「ああ、そうか…って、ドクシャってなんだよ?」


ボケとツッコミをかましあっている2人を不機嫌そうに眺めながら、ルルがライトの隣へ歩いて行く。

そして、椅子に座るなり顔をライトに向け、満面の笑顔で言った。


「ライト、よろしく!あたしのことはルルって呼んでね。…師匠はあたしのものだからね?あとキャラ被ってるよ、あたしと」

「いきなり呼び捨てタメ口!?…しかもおれは君の師匠を横取りするつもりはないぞ!?キャラ被りは…すまn」

「ああ、そうだ」


キャラ被りについてはしっかり謝るライトだが、その謝罪も、もちろんツッコミもがっつり無視して違う話を始めるルルである。

相当ライトに対して負の感情があるらしい。


「そう言えば今月、リアルが忙しくてなかなかログイン出来てなかったんですけど、何かあったんですか?全然人がいなくてびっくりしました」

「私達もたまっていたPKの依頼を消費してばかりだったから気づかなかったんだけど、なぜか高難易度なクエストが多くて、ログインする人が少ないみたい」

「なるほど!」


ルルが納得したところで、桃子が料理を運んで来た。

たまにファミレスなどで見る、食器を乗せる為のワゴンだ。ルルが注文したトンカツ定食もあるのを見ると、入って来た客が誰なのか、どこの席に座るのかまで、全て分かっていたらしい。


「お待たせしました~。天津飯2つ、ラーメン、焼き魚定食、天丼、トンカツ定食です」


はぐれ組+2人の前に、それぞれが注文したものが置かれる。

この短時間で全て作れるとは、桃子恐るべし。


「さあ、どうぞ召し上がれ~♪ 」

「「「「「「いただきます」」」」」」


みんなが自分の注文した料理を食べ始める。

桃子は、隣のテーブルから椅子を1脚もって来ると、6人の座っているテーブルの前に置いて座った。


「ん…、ももこ、どうかしたか?」

「奥にいても暇なので、ここにいようと思って~。わたしも、今月のクエストが難易度高めだなんて知らなくて、全然お客さん来ないなぁなんて思ってたんですよ~」

「…そうか。食材集めするときも、クエストは使わないしな…。料理人とクエストは、正直無縁なところがあるし」


セルは全く気づいていないようだが、ルルに話していた今月の高難度クエストのことは、桃子もちゃっかり聞いていたらしい。どれだけ耳がいいのだ。


「明日からは、お店を開くの、19時以降にしようかなぁ…。昼間は食材集めに集中します」

「食材集めって、結構大変なんですよね?肉料理を作るために、モンスターとの戦闘が必要だったり。よかったら今度、おれがお手伝いしますよ」

「ああ、お気持ちはありがたいですが、1人でも大丈夫です~」


この機会にもっと距離を縮めようとするライトの作戦は、あっけなく崩れ去った。

がっかりした顔を見て、ルルが苦笑する。彼はさり気なく桃子のファンをしているつもりのようだが、周りから見るとバレバレなのだ。

桃子本人は気づいているのかどうか微妙なところだが。


「ライト、この人が誰だと思ってるの!?『CP&P』やってなかったの!?ちなみにボクはやってなかった!!」

「やってなかったのかよ!『CP&P』って…アナリムの前バージョンだろ?やってたけど…」

「じゃあ知ってるでしょ、最強の忍と言われた『桃華とうか』さんくらい!!」

「ああ、凄く有名だったよな、あのプレイヤーは。…え、まさか」

「そのまさかなんです~。わたし、元『桃華』で~、アナリムをプレイし始めた頃に、メイン職を料理人に変えたんです~」


ライトは信じられないと言った風に首を振った。

CP&Pのプレイヤー・桃華は、クールビューティでかっこいい女性だったと言う。

しかし、目の前にいる桃子は可愛らしい見た目で、桃華とは正反対だ。

それに、確か桃華は長身だったはずだ。桃子はパッと見150cm台後半の身長で、とても背が高いとは言えない。

アナリムが発売されて実装された、アバターをリアルの姿そっくりに作る機能で、背が低くなったのだろうか。


「だから、桃子ちゃんはライトの助けなんか借りなくても、1人で食材集め出来るんだよ!!!」

「そ、そうか…」

「リアルの話になりますけど、高校3年間弓道部だったのもあると思います~。獲物は絶対に射止めます~!」

「高校3年間…と言うことは、高校は卒業されているんですね?失礼な質問になりますが、今お幾つなのでしょう?」


焼き魚の身を口に運びながら、彗鈴が問うた。


「21歳になります~。誕生日は3月なので、まだ20歳なんですけどね~」

「えっ…じゃあ、『ももこ』じゃなくて『ももこさん』の方がいいのか…?てっきり、オルガやすいれーみたいに、1つ2つしか違わないと…7つも年が離れてるなんて思わなかった…っ」

「いいえ~、今まで通りでいいんですよ~」

「よ、よかった…(*´ -` )」

「「か、可愛いっ…!」」


ホッとしてため息をつくセルに、ルカと彗鈴が反応する。

2人とも鼻血が出そうなのを堪えているようだ。本当にどうしようもない変態コンビである。


「なあ…。ゲームをプレイ中にリアルのことを訊くのはよくないが、年齢くらいなら許容範囲だろ?せっかくだから、全員の年齢を聞いておきたい」

「うん!いいと思う!そう言えばボク達、ギルド内でもそう言う話はしたことなかったよね!?ボクも気になる!」


ライトの素朴な提案に、オルガが激しく同意する。

4月と言うシーズン上、まだ誕生日が来ていないメンバーが多いので、誕生日後の年齢を言うことにした。

最初は言い出しっぺのライトだ。


「おれは15歳。11月で16になる」

「…俺は13歳だ。8月に誕生日がある」

「僕も13歳。誕生日は6月です」

「ボクは14歳!誕生日は7月にあるよー!」

「10月で16歳になります」

「オルガと同じ、14歳だよ。2月生まれなんだ」

「あら、皆さんお若い~」


桃子よ、あなたもまだ十分若い。


その後も世間話等をして、1時間ほど桃源郷で過ごした。

時刻は21時前。本当は20時には店を出るつもりだったので、かなり遅れてしまった。

まあ、致し方ないことなのだが。


「お会計、2500Gになります~」

「えーと、2500G…」


ルルは先に会計を済ませ、既にログアウトしていた。

ライトは自分のメニュー画面を呼び出し、アイテム欄上部にある「お金」のバナーを押す。

「送金相手」を桃子に設定し、2500と打ち込むと、送金ボタンをタップした。


「…2500Gちょうど、お預かりしました~。またいらしてくださいね~!」


桃子の笑顔に見送られ、はぐれ組とライトは店を出た。

セルやオルガは普段たくさん食べるので、今日は足りなかっただろう。しかし、満足そうな表情をしている。


「そう言えばライトくん、お金は足りたみたいですけど、元々いくら持っていたんですか?」

「…っ…。ご、5000Gだ」

「んー!?なんか嘘ついてるでしょー!!ほんとのこと言いなよー」


言葉が出ないほど下手な演技の隙を、オルガが突く。

ライトは諦めてため息をついた。


「…3000G」

「3000G!?え、じゃあもう宿屋にも泊まれないじゃないですか!」


ルカが呆気に取られている。

桃源郷は他に比べてリーズナブルな価格設定だが、5人分だと痛い額になってしまったらしい。

これだからプライドが高い男は困る。


「セーブされないと、今日のデータも記憶も消えちゃうんだもんねぇー」

「まあ、僕的には消えて貰って構わないんだけど」

「おい、今おれの心にヒビが入ったぞ」


ライトがセーブして今日の出来事を記憶に残す手段は、あと1つしか思いつかない。

ルカが大いに嫌がるであろう手段だ。


「…仕方ない。私達のギルドハウスに来ますか?」

「えっ…彗鈴さんそれ本気ですか…?彗鈴さんは愛でる対象が家に来て嬉しいかもしれないけど、邪魔だから僕は嫌ですよ…」

「別に嬉しくはないです。確かに思う存分いじめることは出来ますが、いちいちツッコミがうるさいから嫌」

(行くのやめておいた方がいいかな…)


ボロクソ言われたライトは、ちょっと涙目である。

しかし、ここでセーブが出来なければ、せっかく手に入れたゴールド以外の報酬もパアである。

少しKYになってやろうじゃないか。


「ありがとう。じゃあ、今夜は泊まらせてセーブさせて貰うよ」

「決まりだね!!あ、うちのギルドハウス、セーブ出来る部屋は2つしかないけど、セルとルカの寝室かボクと彗鈴さんの寝室、どっちがいいかな!?」

「僕はセルちゃんと寝るよ?」


若干食い気味にルカが答える。

まあ、確かに溺愛するセルと引き離されて、嫌悪感を抱いている男子冒険者と一緒に寝るなんて、地獄以外の何ものでもないだろう。

となると、オルガと彗鈴の寝室を使うことになる。セーブアイテムのベッドは2つしかないので、オルガか彗鈴がアルカディアで宿屋の部屋を借りなければならない。


「私は嫌ですよ?この人と一緒に寝るなんて」

「えー、なんとなくだけど、ボクもやだぁー。じゃあ公平にじゃんけんで決めよう!!」


やはり、この2人もライトの隣のベッドで寝ることを嫌がっている。オルガに至っては、何となくの感覚でだ。

ライトの心は既にズタボロだった。


「じゃんけんですか、それはいい案ですね。それじゃあ行きますよ…じゃーんけーん」

「「ぽんっ!」」


出した手は、オルガがグーで彗鈴がチョキ。

単純明快、オルガの勝ちである。

今夜のライトの同室は彗鈴に決定した。


「無理…死ぬ…。…あ、ライトくんが死ねばいいんだ」

「物騒なこと言わないで貰えるかな?」


こうしてはぐれ組+1の一行はギルドハウスへと出発したのだった……。


「あーっ!忘れてた、おれペガサスで来たんじゃん!!…あ、待って、まだ走るな、まだだってええええええええ!!!!!」


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