第2話 ギルド「はぐれ組」

薄暗い森のバイオームの中、2つの影が音を立てずに木々の間を、およそ他人とは比べ物にならない速度で進んで行く。


「…いた」


前を走る少女・セルが、後ろの少年ルカにだけ聞こえるような声で呟いた。すると2人は一瞬だけ止まり、遠くに僅かに見える目標に向かって再び走った。今度は音を立てて。これが2人なりのパフォーマンスであった。


「!…誰だ!」


目標はやっと2人の存在に気がつくも、時すでに遅し。囮のルカの攻撃を防ぎ得意げにしたが、本命である跳躍したセルから繰り出される上からの攻撃には、反応することすら出来ずにダウンした。


「ふー、終わりー」

「…ルー、戻ろ?」

「うん、そうだね」


この2人こそ迅速にして神速の「無音サイレント暗殺者アサシン」であった。

通り名持ちと聞いて勝負を挑みに行ったプレイヤーが、僅か14歳という年齢を聞いて実力を侮り、コテンパンにやられた例も少なくない。

まあ、今回は大型PKギルド「Dead Skull」の幹部にいるプレイヤーのキルを依頼されてのことなので、勝負を挑まれた訳ではないのだが。

ちなみに、彼らがPKを行うのは、依頼があった時だけだ。また、依頼を受けるのは、ターゲットが愉快犯のPKプレイヤーであった場合のみである。

これはプレイヤー同士の殺し合いがメインとなるゲームではない。純粋に楽しんでいるプレイヤーを狙う輩は、1度倒してそんなことをしてはいけないと思い知らせなければならない。

ダウンするとアイテムがランダムに半分失われ、プレイヤーのレベルも大幅に下がってしまうのだ。


そんな2人はアナリムでの家、もとい自分たちの属するギルドである「はぐれ組」の拠点ギルドハウスへと向かう。

この世界では僅かな匂いまでもが再現されており、拠点に近づくと美味しそうなパンの匂いが漂って来た。


「あら、セルちゃんにルーちゃん、もうお帰りですか?あ、今ちょうどパンを買ってきたところなのですけれど、一緒にいかが?」


ギルドハウスの中では、同じくはぐれ組のメンバーである魔導師の彗鈴すいれいが、紅茶を淹れていた。テーブルの中央にパンが詰まったカゴが置かれているので、きっとこれからティータイムなのだろう。

どうやら、セルとルカはラッキーな時間に帰って来たようだ。


この世界での飲食は、味覚を楽しむ娯楽であると言うだけでなく、体力を回復する為の大事な手段だ。

体力回復のポーションもあるのだが、あんなに苦くて飲みにくいものでお腹を満たしたくはないというのが、皆の共通認識である。…お金がない時以外は。


「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて、いただきます」

「これは…アルカディアの商店街にあるパン屋さんの…!ここのパン好き…すいれーありがと」

「いえいえ♪喜んで頂けて、嬉しいです」


人好きのする笑顔を向け、すぐに2人の分の紅茶を用意し始める彗鈴。

巫女装束にブーツという装備、いつもにこにこしていてふんわりした雰囲気の彼女だが、この人こそ華麗なる地獄の使者「月夜の死神」その人であった。

月の出ている夜にだけ現れ、魔法 _____ 主に呪いを使いPKを行う。

にこにこと微笑みながら苦しむターゲットを眺め、意識が途切れる寸前、すぅっと表情が冷たくなるのだと言う。その恐怖が、プレイヤーが復活した時の、2度と狙われないようにする心がけに繋がるとか繋がらないとか。また同様に、彼女がPKを行うのも、依頼を受けた場合のみだ。


「久しぶりにアルカディアに行ったので、ついでに買って来ました。メインの目的は、大鎌の吊りベルトを買い替えることだったんですが」


彗鈴が、大鎌を吊るしている革製のベルトを軽く引っ張って見せた。

確かにとても艶々していて、新しさが感じられる。


「…ごっくん。ああ、前のベルト、劣化してぼろぼろでしたもんね。今考えると、あれでよくちぎれなかったな…」


メロンパンの欠片を飲み込んでから、ルカが相槌を打った。

セルは、そんな話には全く興味がない、とでも言うかのように、黙々と蒸しパンを咀嚼している。…いや、興味がないので無視している訳ではなく、パンを食べることに夢中になり過ぎて、2人の話が耳に入っていないだけなのだが。


と、ちょうどその時、壊れるのではないかと言うくらい勢いよくドアが開き、玄関に金髪ツインテールの少女が姿を現した。

びっくりしてもよさそうなものなのに、はぐれ組のメンバーは全く反応を示さない。毎度のことなのでもう慣れてしまい、そもそも気づいていないのだ。


「爆殺の鬼人」オルガ。

ジャージの背中から金棒を吊るし、1度ターゲットにした相手はどこにいてもどこまででも追いかける、まさに鬼人おにである。

今日も体中血にまみれて ______ ゲームの為血は出ないが(代わりに泥が付いている)イメージ的に ______ 帰って来た。

しばらく狂気を感じさせるいつものスマイルを浮かべて立っていたが、遂に大きく口を開いた。


「たっだいまーー!!!」


もしこれがゲームの世界でなければ、確実に鼓膜が破れているであろう大声 ______ いや、そう言えば実際に鼓膜システムが故障したプレイヤーがいて、彗鈴が謝りに行ったことがあった ______ でオルガが帰りを告げる。

もちろん、セルは彼女の帰りには目もくれず、2つ目のチーズパンに取り掛かっている。

メロンパンの最後の1口を時間をかけて咀嚼していたルカは、それを紅茶で流し込むと、玄関を向いてオルガに軽く手を上げた。


「おかえり」

「オルガ、お帰りなさい。アルカディアでパンを買って来ましたが、一緒に食べませんか?」

「食べる食べる!チョココロネある~!?」


オルガはチョココロネが大好物なのである。

ギルドハウスを建てる前に借りていた宿屋の娘には、チョココロネで餌付けされていたほどだ。

オルガの問いに、彗鈴がパンのカゴを覗き込み、白い顔になった。


「あ、あれ?チョココロネがない?どうして…さっきまでここにあったはずで…」

「ああ、それなら俺がさっき食べた…」


3個目…否、4個目のりんごジャムパンを齧りながら、セルが平然と答える。腕にはちゃっかり、まだパンが詰まったカゴを抱いて。 これは単に、セルがパンを独り占めしようとしている訳ではない。大好物がないと知ったオルガに、残りのパンを荒らされないようにするためだ。ルカも彗鈴も、自分がこれから食べようとしているパンを手で包み、隠すようにして、オルガからじりじりと距離をとっている。

部屋の角、もうそれ以上後ろには行けないと言う場所まで移動すると、彗鈴が、まだ状況が理解出来ていないオルガに向けて言った。


「お…オルガ。実はチョココロネ、1つしかなくて…」

「…?2つあったぞ」


オルガから1番近いところにいるセルが答える。

なんと、あのりんごジャムパンは5つ目だったのだ!


「…2つしかなくて、どっちもセルちゃんが食べちゃったんです…」

「…」



3秒の間。そして、


「ア"ア"ア"ア"ア"ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


およそ人間の声帯システムから出たとは思えない絶叫が辺りに轟いた。


「何で怒ってんだ…?賭けに負けたのは、オルガだろう?」


オルガが地獄のような絶叫をやっと止めた為、セル、ルカ、彗鈴が、対オルガ専用特注耳栓を外す。そしてセルがオルガに問いかけた。


「チョココロネチョココロネチョココロネ…うん?賭け?」


下を向いてブツブツ、呪いのようにチョココロネと連呼していたオルガが、セルからの言葉に顔を上げる。


「この前やっただろう?…ヒッポカンプのレースで、1位の予想。1週間分のチョココロネを賭けて」

「あ!そう言えば!」

「…セルちゃん、賭け事はやめましょう」

「あっ……これは賭けじゃない。より速いヒッポカンプを見る目があったことへの賞賛として、オルガが1週間分のチョココロネをくれただけだ…」

「屁理屈言わないのー」


さっきまでの緊張が嘘のように、一瞬にして雰囲気が穏やかなものにすり替わる。オルガも受け入れてはいないのかもしれないが、一応納得はしたようだ。


「でもチョココロネ食べたーーい!!」

「…じゃあ買ってきたらどうだ?今日2つも貰ったし、もう1週間分は終わってやる」

「いやったぁぁぁああ!!行ってきまあす!!」


急に元気になったオルガは、リミッターが外れたようにギルドハウスを飛び出していく。


「…あれ?僕の分のパンがもうない」

「あぁ、最後の1つは私がいただきましたよ?クリームパン」

「…ルーの不運発動(笑)」

「セルちゃんのせいでもあるからね!?」

「美味しかったぁ…♪」

「それは良かった!!」


このギルドでのルカに対する共通認識は、超がつくほど不運&セルに甘い黒猫紳士、だ。この黒猫紳士というのは…まぁいずれ分かるであろう。


「ふぁふぁいふぁーーー!!!」


ずごぉぉおおおん!!

すごい音量の追突音がして、ギルドハウスの壁に穴が空いた。口いっぱいに何か(絶対チョココロネだろう)を頬張ったオルガが、穴の前に立っている。まだ、出かけて行ってから10秒も経っていないのだが。

彗鈴が深くため息をつき、魔法で修復しようと、椅子から立ち上がった。


「全く、だから『自爆飛行』で帰ってくるのはやめろと言っているのに…ん?」


壁の穴から見える、森の入口。そこにある茂みの中から、視線と人の気配を感じる。

彗鈴が背中から大鎌を下ろすと、外が見えない位置に座っていたセルとルカも異変を感じ、どこからともなく武器を取り出して2人のところへ駆けつけた。


「ねえ、そこ。誰かいるんでしょ?出て来なよ」


外に背を向けたまま、いつもと明らかに違う声のトーンでオルガが言う。彼女が1番初めに気づいていたらしい。その声が届いたのだろう、茂みがガサッと動く。

やがて小さくため息をつく音が聞こえたかと思うと、茂みの中から長身の少年が姿を現した。

青いロングコートに革のブーツと言う王子様じみた格好で、長い茶髪をうなじの辺りで束ねている。

両腰に剣の鞘がついているところを見ると、両手剣使いだろう。


「おれの偵察を見破るとは…。通り名持ちと呼ばれているだけのことはあるな」

「そりゃあ、視線も気配も隠し切れてないもん。家の中にいる人にだってバレバレだよ?ねえ、みんな」

「え、ええ…もちろんです(言えない…外を見るまで分からなかったなんて言えない…)」

「あ、ああ…そうだな(言えない…次は何パンを買って来てもらうか考えるのに夢中で気配とかどうでも良くなってたなんて言えない…)」

「う、うん…そうだね(言えない…次は何パンを買って来てもらうか考えるのに夢中なセルちゃんを愛でるのに夢中で気配とかどうでもよくなってたなんて言えない…)」

「…(こいつらほんとに警戒してたのか…?)」


少年は軽く眉をひそめた。

本当に微妙な表情の変化なのだが、彗鈴が見逃さない。


「…何か?」

「いや、なんでも」


威圧感のある笑顔で言われて、少年が閉口する。

そして、彼は気づいた。

1人、ずっと背を向けている者がいることに…。


「おい、そこの金髪!いい加減こっち向けー!!」

「え?誰のこと?彗鈴さん?」

「金髪はお前しかいないだろー!!ってか分かっててわざと言ってんだろそれ!」


オルガがやっと彼の方を向く。

せっかく、後ろを向いたまま少年の気配を感じ取ると言うかっこいいことをやってのけたのに、結局は何も考えていないのだ。


「うっわーイケメン!…って言おうと思ったけど普通だったー!あはははっ」


少年が膝から崩れ落ちる。

流石に他3名が心配して、


「だ…大丈夫ですか?」

「うちのオルガ、思ったことをすぐ口に出すタイプで…」

「膝痛くないか?」


セルよ、心配すべきはそこではない。

確かに思い切り膝を打っているけども。

かなり傷ついている様子で少年が立ち上がる。


「…ごっほん。だ、大丈夫だ。どうせおれは普通だし」


大丈夫ではなかったようである。

拗ねているのが丸分かりだ。


「そ…そう言えば…あなたはなんの為に、私達を偵察していたのですか?」


彗鈴が無理矢理話を変えたが、確かに正しい質問ではある。

少年はまた咳払いをし、ぐっと胸を張った。


「お、お前達が通り名持ちと聞いて、普段の生活もその名に相応しい、こう……こう、なんかすごいものなんだろうと思ったんだ。ま、実際は大したことなかったけどな!ははっ」

「ほう。つまり、私達に喧嘩を売りに来たと」


彗鈴がカチンとして言う。

彼女は基本、嬉しくても怒っていても悲しくても楽しくても笑顔なのだが、今どう言う感情なのかはとても分かりやすいのだ。

それを聞いた少年が少し焦ったように答える。


「そ…っそうとは言ってないだろ!?」

「え、でも喧嘩売ってるじゃないですか。いいんですよ?全力でさせて頂きますけど?」

「あははっ!なーに?デュエル!?やりたいやりたーい!!」

「…いいよ?やるよ?」

「僕達でよければ…ね?」


今や少年の体には滝のような汗が流れている。

プライドの高さゆえに、余計なことを言ってしまったようだ。

はぐれ組のメンバーは、完全に戦闘モードに入っている。先程のオルガのような鋭い勘がなくても…いや、誰でも分かるだろう。

それくらい殺伐とした空気が辺り一帯に漂っていた。


「よ、用事を思い出したからおれは帰る!また見に来るからなっ!!」


今時アニメの悪役でも使わなさそうな、ベタ過ぎる捨て台詞を吐くと、目にも止まらぬ速さで街の方へ駆け出して行った。

人間、身の危険を感じると逃げ足が速くなるものだ。


「「もう来なくていい/わ」」


彗鈴、ルカの声がシンクロした。


「セルちゃん愛でるの邪魔しやがって…2度と来んなナルシストめ(ボソッ)」

「…逃げ足だけは速いんだな。50mで12秒はかかりそうな見た目なのに」


さらっと(いや若干1名ほど思いっ切り)毒を吐くセルとルカ。

そして2名ほどが猛烈に頷いているように見えるが気のせいだろう。


「まあ、放っておきましょう。また来るとかなんとか言っていましたが、ガン無視すればいいだけの話ですし」

「そう言えば、登場シーンが短過ぎて名前も訊けなかったねー!覚えておけば、今度セリカに話す時分かりやすかったのn」

「よくぞ訊いてくれたな!」


ギルドハウスの影から、まるで戦隊ものヒーローのような登場の仕方で少年が飛び出す。

ルカが誰にも聞こえない音量で舌打ちした。


「帰ったんじゃねえのかよ…(ボソッ)」

「おい男子!聞こえてるぞ!」

「えっ?何がですか?(ニコッ)」


にこにこと純粋(そうな)な笑顔を向けるルカ。

これ以上言うとまたさっきのようなことになると思ったらしい。少年は何も言い返さず、はぐれ組のメンバーに向き直った。


「おれの名を聞いて驚くなよ……あのライト様だ!!」

「「「「えーーーっ!!??」」」」

「ふっふっふ…驚いたか」

「…で、皆さん知ってます?」

「だーれー???」

「…俺は知らない」

「僕も知りませんねー」


ボキッ!

そんな音(敢えて表現するなら、少年の心が折れた音とか心が折れた音とか心が折れた音とか)が聞こえたような気がするが、多分気のせいだろう。

少年改めライトは、必死に傷ついていない風を装おうとしているようだが、バレバレである。

これだから豆腐メンタルは困る。


「…で、なんだっけ?レフト?」

「ルー、違う。こいつはシャドウ」

「え?シャインだと思っていました」

「みんな違うよー!ダイナマイトでしょ!?」

「全員違う!おれはライトだ、ラ・イ・ト!あと金髪、お前に関してはかすってもない!」

「え?かすってるよー。ダイナマイトのマイトがライトに似てるじゃん?」

「お前…分かってて言っただろ…」


ライトよ、オルガだけではない。全員しっかり分かった上でのボケである。

彗鈴が、「はいはい」と言うように呆れた顔をする。


「もうちゃんと覚えましたから。あと、そろそろ夕飯の支度を始めたいので、真面目に帰って頂きたいんですが」

「えっ、早くないか?まだ4時過ぎだぞ?」

「魔法で作れるローストビーフとローストチキンのどっちかにしようと思ってたんですが、ルーちゃんが飽きたって言うので…」

「そりゃあ毎日その2択だったら誰でも飽きますって!」

「…なので、今日は真面目にご飯を作ろうと思って。魔法に頼り過ぎて、もうちゃんと料理が出来なくなっちゃったので、早めに作り始めるんです」

「…なるほど」


納得する(?)ライト。

しかし、ここでオルガが一言。


「ねえー、久々に外食でもよくなーい!?」

「…ああ、俺も外食がいいと思う。そうだな…とうg」

「桃源郷だとぉ!?」

「うるさ…しかもまだ全部言ってないし…」

「ほう。ダイナマイトさんは桃源郷をご存知なんですか?」

「ライトな。つーかこんな分かりやすい名前なのに何回間違えんだよ…。桃源郷と言えば、桃ちゃ桃子さんの店だろ!?」

「彗鈴さーん!ライト、桃ちゃんって言いかけたよー!」


オルガの得意技・揚げ足取りが炸裂した。

アルカディアの隣町・ミズガルズにある、中華と和食の店桃源郷。

店主の桃子は、人のよさと可愛い見た目から、男性にも女性にも好かれている。

オルガに指摘されたライトの顔が、見る見るうちに真っ赤になった。

分かりやすい奴め。


「あー、桃子さん目当てですかー。ま、可愛いですもんね!( *´艸`)」

「ち、ちがっ…」


その時である。

少し強めの風が吹き、ライトの懐から1枚の紙が落ちた。


「…あっ!!!」


慌てて拾おうとするライトだが、セルが持ち前の素早さですかさず拾い上げる。

そこには、男子らしからぬカラフルな色使いで、こう書いてあった。


「桃ちゃんファンクラブ会員番号0001、会長・ライト…?」

「やっぱり桃子さん目当てじゃん(ボソッ)」

「あああああああああああああああああああ死んだああああああああああああ」


ライトが絶叫する。喉が枯れないのが不思議である。

彗鈴とルカは笑いを堪え、オルガに至ってはもう爆笑だ。


「っはははははは!!おもしろーい!!ここ最近で1番笑ったかもー!」

「う、うるせー!」

「あ、じゃあさー、ライトも来れば~?桃子さ…いや桃ちゃんに会いたいでしょー?ふ、ふふふはは、ひい~、ひい~」

「いやいやオルガ、流石に笑い過ぎだよ…」


ルカが冷静にツッコミを入れる。

今までツッコめる場面がなかったのと、途中から出て来たライトの存在があったせいでかき消されていたが、はぐれ組の良心、もとい貴重なツッコミ役なのである(良心、というには性格にいささか難ありだが…)。


「じゃあいいですよ、ライトさんも一緒に行きましょう。その代わり、ライトさんの奢りですよ?」

「ぐっ……」


彗鈴の提案にライトは言葉に詰まらせる。

実はライト、今月はピンチなのである。何故か最近、追加されるクエストのレベルが高く、ライトのレベルでは難しいものが多かった為、ゴールドの収入が少ないのだ。

ほとんどのプレイヤーは、「今月は駄目だ」と諦めてしばらくログインしなくなっていたのだが、ライトは「今日は挑戦できるクエストがあるかもしれない」と毎日ログインしている。

しかし、着いて行けば桃子に会える。

5人分の出費は厳しいが、このあと死ぬ気で受けられるクエストを探せばなんとか行けるだろう。


「分かった。おれが出そう」

「決まりですね♪ では、7時に桃源郷前集合で」

「…言いにくいんだが、おれ、桃源郷には1回しか行ったことがなくて…。道を覚えていないんだ」

「はぁ…。本当にどうしようもない人ですね。7時にここに来てください」

「え?それならここにいれば済む話じゃないか」

「私はあなたがいると笑いに困らないのでいいんですが、ルーちゃんがね…(コソッ)」

「…ああ、そうか…」


ルカから向けられた氷のような視線にやっと気がつき、ライトが納得する。

しかし、ルカには全部聞こえていた。


(本当はもう一緒にいたくないんだけど)


そんなことを考えるルカである。

それほどまでにセルを愛でる邪魔をされたくないのだ。ある種の変態と言えよう。


「じゃあ、おれはアルカディアで時間を潰すよ。またあとで」


今度はちゃんと帰って行くライトである。

彗鈴は壁の穴からひょこっと顔を出し、去っていくライトを見送っていたが、やがて彼の姿が見えなくなると、魔法を使って壁を修復した。


「ふふっ…最初は『なんだこいつ』と思いましたが、面白い人でしたね。なかなかいじりがいがありそう♪」

「彗鈴さんよだれ」

「あらまあ」


ルカに指摘され、急いで口を拭う。

ルカも変態だが、彗鈴も大概である。いじった時の反応が可愛い男子が大好物なのだ。また、ルカほどではないがセルLOVEでもある。

彗鈴が変態モードに入った時は、オルガでさえも5m引くほど。

彗鈴とルカは変態コンビで、そう言う話題だと実に気が合う。


「まあ…僕も、初めよりは少しだけイメージがよくなりましたよ。でもやっぱり無理です!」

「別に俺はどうでもいい…」

「ボクもー!いてもいなくてもどっちでもいいや~」

「ま、取り敢えず今夜は桃源郷ですから。何を頼むか考えておいてくださいね!」


その言葉を聞いて、セルが舌なめずりをした。桃源郷でもガッツリ食べる気だ。

さっきパンを食べたばかりなのに…。恐ろしい胃袋である。


「俺は天津飯がいい…」

「じゃあ僕も天津飯にしようっと」

「ボクは炒飯とラーメンのセットー!!」

「私は焼き魚定食がいいかな。ふふ、楽しみですね♪」


わいわいとご飯を食べる話をしながら、時間は過ぎて行った…。

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