第6話 巨人戦の終結
「まずは私です!『
巨人の視線よりも高い位置へと浮かび上がった彗鈴は巨人の視線を己に向けるためにも、普段より声を張り、呪文を唱えた。
すると先が鋭く尖った石がいくつも現れ、毒属性を示す黒紫色のオーラをまといながら、目標に向かって飛んで行く。狙うは、セルに潰されていない方の目だ。
彗鈴は、攻撃が目標に届いたのを確認すると危なげもなく、地面へと降り立った。
巨人は、あまりの激痛に声も出せないようだ。当たり前と言えば当たり前である。あの矢には、毒がついているのだから、痛みも苦しみも普通の矢をはるかに凌ぐ。
地面に降りた彗鈴は、メニュー画面を呼び出して、アイテム欄からMP回復のポーションを選択する。
「まさか、ポーションを使わないといけない日が来るなんて、思ってもいなかったわ…」
小声で呟き、ポーションを一気に飲み干す。
彗鈴の横に表示されたMPバーが、満タンになった。
空になった瓶を放り投げると、地面に当たった瞬間エフェクトとなって霧散する。
クエストの報酬でゲットすることが多いMP回復ポーション。しかし、普段モンスターやPKギルドのメンバーを相手にする時、回復が必要なほど多くのMPは使わないのだ。それに、MPは減っても自動的に回復し、最長でも8時間でフルになる。
だから、MP回復ポーションは使い道がなくたまってしまっていた。
今回は飛行魔法を連続して使っていたことに加え、ヒールや鋼装束など、他に比べMP消費が激しい魔法を多用していたので危なかった。
もしポーションを使わないからと言って捨てていたら、MP切れで何の役にも立たなくなっていただろう。
次に彗鈴が人差し指を横に動かすと、ギルドメンバーとライト、敵のデータが全て表示される。
巨人のすぐ横にもバーが出ているので分かるが、残りのHPは約5割。あと半分だ。
しかし、さすがは巨人。HPが増えているわけではないが、先程潰した2つの眼球も元に戻りつつあるようで、もう目ではぐれ組を追っている。だが、損傷にエネルギーを回すと、防御力が著しく落ちることは必然であった。
「皆さん!あともう少しです!『
全員の攻撃力を一時的に高める魔法をかけたあと、メンバーと巨人の姿がよく見えるところまで下がって、1人1人に指示を出す。
「みんな、目を瞑って!セルちゃん、ルーちゃんはそのまま対象へ!オルガ!全力で『
「「「「りょーーかいですっ!」」」」
全員が目を瞑った瞬間、瞼越しでさえ刺さるような痛みを覚える強い光がその場を包み込んだ。
「ギャアアアアアアアオオオオオオ」
その光を直視してしまった巨人が空気をバリバリと引き裂くような咆哮をあげた。
「セルちゃん、ルーちゃん!」
「「…っせいやぁああっっ!!」」
目を瞑った状態で2人で一箇所を、尚且つ剣同士がぶつからないように狙えるのは、彼らのペアとしてのチームワーク所以だ。ルカの風で最大限まで加速した2人は、巨人を突いた。
「っ…ふっぐぁああっ!!」
セルは、巨人の心臓部の近くを突いた2本の剣にあらかじめ纏わせておいた、氷の温度を限界まで下げ続ける。巨人の血液が凍り、心臓を貫くほど。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
仲間が集まって来るのではないかと思うほど大音量の悲鳴をあげて、巨人は後ろ向きに倒れた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!なんでこんなに声がでっかいんだよぉぉ、巨人なんて大っ嫌いだっっっ!!!」
オルガが叫ぶと同時に、倒れた巨人の体がエフェクトとなって飛び散り、アイテムやゴールドをドロップした。
彗鈴が額の汗を拭いながら、ギルドメンバーに呼びかける。
「さて、巨人がドロップしたものを回収しましょうか。セルちゃん、ルーちゃん、1番活躍したので、1番多く取ってください」
「あ、はい…。じゃあ…遠慮なく、そうさせて貰います…」
まだ疲れた様子のルカが、セルと連れ立ってアイテム回収に向かう。
そんな彼らを、脱力したようにボーッと眺める者がいた。
「後半…おれ、空気だったな…」
「「「「あっ」」」」
ボソッと呟くライト。
はぐれ組のメンバー達が、一斉に振り向く。全員、とても気まずそうな顔をしていた。
そう言えば、オルガとセルとルカには攻撃についての指示を出したけれど、ライトには「目を瞑れ」としか言っていなかった…。
「で、でも…前半はすごく頑張ってくださっていたじゃないですか?太腿を引き裂く攻撃、とてもよかったですよ!」
慌てて彗鈴がフォローし、他の3人にも目で合図する。
昨日、彼を拗ねさせると面倒だと言うことが分かったからだ。
「そ、そうですよ!あんなすごい攻撃をしたあとだし、絶対疲れてると思ったので、休ませてあげようと…」
「え?そうだったのか?初耳なんだが」
「「セルちゃん!!」」
ルカが咄嗟に思いついた嘘を口にするも、あっさりセルに種明かしをされてしまう。
でも、本人に悪気はないのだ。この世で1番怖いのは、天然な少女かもしれない。
ライトが地面に座り込み、膝を抱えて4人に背を向けた。
「もういい、おれ空気だもん…」
((あー!拗ねちゃったよめんどくさい…))
彗鈴とルカは、内心頭を抱えた。
オルガは帰る為にぺーちゃんを呼んでいるし、セルはさっさとドロップ物を回収しに行ってしまっている。
ライトが拗ねたことにもそうだが、オルガとセルの自由過ぎる行動にも参ってしまっていた。
「ライトくん、指示を出すのを忘れていてごめんなさい。謝るので、一緒に帰りましょう?」
こうなったら、素直に謝るのが1番だ。
そう判断した彗鈴が、ライトの横にしゃがみ込んで説得する。
…これじゃあ私が、こいつの母親みたいじゃないかと思いながら。
「あ゛ぁ〜〜!!僕の分の取り分、取得失敗になってる〜!?ってもうないし!!」
どんなに緊張した場面が終わったところだとしても、ルカの不運に歪みはないのだった。
「はぁ…不運だ…。ライトさん、ここは危険ですから。死ぬの嫌でしょ?早く帰りましょ…ん?」
『ピロン♪』
着信音が鳴った。
ルカがメニュー画面を呼び出して、通知を確認すると…。
「セルちゃん!僕の分のアイテムやゴールドも拾って、送ってくれるなんて…。いい子過ぎるよ!」
「いや、どう考えても今この状況でするべきことじゃないだろ!!」
出会ってから1日しか経っていないにも関わらず、もう聞き飽きるくらいに聞いたツッコミが響いた。
体育座りで拗ねていたはずなのに、元に戻るのが早すぎるのではないだろうか?
平常運転になったライトの元へ、ぺーちゃんを連れたオルガが近づいて行く。
「はい、もう拗ねてないんならさっさと帰ろーね!乗って乗ってー!!!」
「え?ちょ、おれ、まだアイテム回収してないんだけど!」
「ライトくんは私達を困らせたので、取り分はなしですね」
「えええええええ~~~!!??」
澄ました顔の彗鈴にそんなことを言われ、涙目で叫ぶライトであった。
∞----------------------∞
「たっだいまーーー!!」
オルガが、いつも通り勢いよくギルドハウスのドアを開けて中に入っていく。
もうとっくに日は沈み、辺りは真っ暗だった。
時刻は午後9時半。帰りにミズガルズで休憩がてら、桃源郷で夕食を取っていたら、こんな時間になってしまった。ついつい、桃子といると話をし過ぎてしまう。
「ただいまー。はぁ~、疲れた…。あ、そうそうライトさん、もう2度とヨツンヘイムで叫ばないでくださいね!なんか知らないけど、ライトさんの声は巨人の気を引くみたいですから」
横目でジトーッとライトを見ながら、ルカが言う。
実はあのあと、ライトが出した大声のせいで、たくさんの巨人に追いかけられたのだ。間一髪で逃げ切れたが。1体だけならまだしも、2体も3体も相手にしたら勝てる気がしない。
戦闘中の巨人の咆哮やオルガの悲鳴で集まって来ることはなかったのに、なぜライトの声にだけ反応したのだろうか。謎だ…。
「めっちゃ怖かったから、言われなくても気をつける」
恐怖を思い出し、ライトが身震いした。
そんな彼に、部屋の電気をつけながらセルが言う。
「ライト…。なんで今日もここにいるんだ?泊まりは昨日だけじゃなかったのか?」
「ああっ!そう言えばそうですね」
彗鈴が相槌をうったが、ライトはきょとんとして首を傾げている。
「え?だって、昨日宿代を貸してくれるだけでもよかったのに、わざわざ泊めてくれたんだから、これからここを拠点にしていいんだと思ったんだが…。違うのか?」
「「「「……」」」」
誰も返す言葉がなく、固まった。
そうだ、宿代を貸すだけでよかったのだ。そうしていれば、昨日の夜、オルガと彗鈴がじゃんけんすることもなかったはずなのである。どうして泊めるだなんて、最終手段とも言える方法を選んだのだろう。
「おれ、ソロだからギルドハウスはないし、1人用の家を買うにしても、高くて手が出せなかったんだよな…。こんな大きい屋敷みたいなギルドハウスに住めるなんて、嬉しいよ!…あ、でもおれはソロであることに誇りを持ってるから、はぐれ組には入れないぞ?」
4人の様子など全く目に入っていないライトは、1人でぺちゃくちゃと喋っている。
しかし、途中で流石に周りからの反応がなさ過ぎることに気づいたらしい。
言葉を返せず固まっている4人を見て、目を丸くした。
「え!?何かあったか?なんで固まってるんだ?メデューサでもいるのか??」
最後にとんでもなく的外れなことを言ったが、ライトレベルで鈍感だと、仕方ないと言えば仕方ないことなのだろう。
「いえ…昨日、お金がないなら泊めるって言う選択肢しか思いつかなくて…。私達としたことが、1足飛ばしでした…」
「そうなのか?ちなみに今日も、おれの取り分はなしにされたから、宿屋には泊まれないんだが」
「あ…。ち、ちょっと待ってください。要相談です」
彗鈴の周りに他のギルドメンバーが集まり、ライトには聞こえないくらいの音量で話し合いを始める。
「どうしましょう?」
「取り敢えず、今日は泊めることは確定だよね…彗鈴さんが、ライトの取り分なしにしちゃったから」
「ううう…それはすみません…。じゃあ、一緒に住むってことに関してはどうですか?」
「俺はどっちでもいい」
「僕は嫌です。…でも、あの純粋な目を見てると断りづらいと言うか…」
「まあ、断ったらまた拗ねちゃうんだろうねー」
「俺はどっちでもいい」
「拗ねられるのは困りますね…。仕方ないです、承諾しますか?」
「…………はい」
「別にいいよー」
「俺はどっちでもいい」
会議終了。セルが「どっちでもいい」としか言っていないことに突っ込んではならないのははぐれ組の暗黙のルールである。
彗鈴はライトを振り返り、両腕で大きく丸を作った。
しかし、ライトはまだいまいち状況を把握出来ていないようだ。首を傾げて、はぐれ組に尋ねる。
「丸ってことは、ここを拠点にさせて貰っていいんだよな?え、もしかして駄目になる可能性もあったのか?」
「そっちの方が高かったと言えますけど…。拗ねられると困るので」
ルカが答える。
ライトが更に質問しようとした時、
ヒュワンヒュワンヒュワン ______
今朝も聞いた電子音に、はぐれ組の4人は身構える。
ライトは今何が起こっているのか分からないと言った様子でキョロキョロと辺りを見回していたが、4人の真剣な表情を見て、今回の事件に関連することだと察したらしかった。鈍感な割に、こう言う大事な時はちゃんと気づいてくれるのだ。普段からこうだといいのだけれど。
はぐれ組とライトの目の前にパネルが現れ、里井の姿が映し出された。
「はぐれ組の皆さん、こんばんは。それから、あなたがライトさんですね?初めまして。Another World Dream 運営の里井と申します」
「初めまして、ライトです」
ライトが、丁寧に頭を下げた。
里井は、ライトが頭を上げるのを待って、その場にいる全員に告げた。
「病体が、見つかりました」
∞----------------------∞
「あぁ、そういえばバジルがなくなりそうなんだった」
はぐれ組を見送ったあと、わたし、セリカは、宿の裏にある小さな畑に行きました。足りなくなったバジルを補充するためです。
「…なんだか甘い匂い?…あれ?何かしら」
畑へ行くと、甘い、いい香りがしました。
バジルやラディッシュくらいしか育てていないはずなのに、なぜ?
不思議に思って畑を見渡して。見つけたのは未開封の封筒でした。
「誰宛かしら…。って、きゃっっ!」
突然風が吹いて封筒を落としてしまいました。しかも落としたはずみで封筒に中に入っていたカードが封筒から出てしまっています。
運がいいことに(?)、落としたのは石の上で、封筒にもカードにも汚れは無いようです。
「わわっ!」
また突如風が吹きました。さっきよりも強い風が。
思わず目を瞑ったのですが、目を開けるとそこにはもう手紙はありませんでした。
「風に吹き飛ばされちゃったのかぁ…でもあのカード」
白紙じゃなかった?、そう呟いたわたしの声は風にかき消され、誰にも聞かれることなく散ったのでした。
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