第6話 第2章 革命の勃発-4『ベルサイユ行進』 


9 【農村のパニック】

87年、88年と続いた不作にあえぐ農村では、89年の春から各地で農民一揆が起こるようになっていた。パリをはじめとした、都市で政治的事件が生じていることは伝わって来た。都市からはみ出した浮浪者の群れがやってくる、盗賊団が襲ってくるといううわさが、収穫期を迎えた農村に広まっていた。

これに「貴族の陰謀」が加わった。反抗する平民を貴族が実力でつぶそうとしている。それは一揆で反抗する農民にも向けられるはずだ。貴族がならず者を雇って、畑に火をつけに送り出した。こうしたうわさが農村に緊張を走らせた。農民には都市市民と連帯と云うような知識はなかった。


「やられる前に、やる」行動に農民たちは走った。領主の館に押しかけ、証文を出させて焼き払った。あるいは館そのものに火を放った。このパニックはたちまちに全国に広まった。7月の20日から8月の6日にかけてであった。

市政改革を果たした都市のエリートたちは、農村の蜂起には否定的な態度を取った。彼らは、しばしばみずから不在地主でもあったし、むしろこの蜂起に、混乱をねらう「保守貴族の陰謀」をみた。出動した国民衛兵の鎮圧は、ときに熾烈をきわめた。ベルサイユの国民議会も、予想もしなかった農村の大パニック現象にどう対応したものか、困惑した。農民を代表するものはここには一人もいない。


断固とした態度で鎮圧すべし、という意見は強かった。全国的に広がってしまったパニックを抑えるには、国軍の出動が不可欠で、それは逆に国王に逆襲のチャンスを与えることになる。ブルトン・クラブの第3身分代表と貴族代表はどちらも了解できる道を探った。その案は年貢をとるなどの領主権を農民に買い取らせるかわりに、貴族は免税などの特権を放棄しようというものであった。反対は当然あったが、大勢は特権廃止に落ち着いた。これは思わぬ副産物を生んだ。貴族の特権だけでなく、都市の特権、州の特権も次々廃止が宣言されていった。

この8月4日の夜は「魔法の夜」と呼ばれた。この「魔法」は農民たちにも効いたようであった。現実には、貧しい農民には買い取れないほどの条件がつけられていくのだが、農民たちには封建的特権の廃止を無条件なものと受け取ったのである。農村の混乱は急速におさまっていった。いずれにしても、身分的な特権は廃止されたのである。


10 【人権宣言】

とにもかくにも議会が『人権宣言』を採択したのは8月26日であった。「人間は生まれながらにして自由であり、権利において平等である」という確認は、身分制社会を真っ向から否定するものである。他人を害さない限り、個人は自由である。思想も言論も、行動も自由である。その自由の範囲を決めるのは主権者である国民である。国民主権の原則が示されたのである。アンシィアン・レジームとの断絶は宣言された。


しかし、国民とは誰なのか、その意思はどのように表明されるか、法律の前では平等というが、選挙権は誰にも許されるのか、国王との関係はどうなるのか。実現すべき前文は出来たが、各項はまだ白紙だ。もちろん、一時に全てを解決するなどは不可能である。政治と現実において、どのような肉付けをしていくのか、見通しはまだ不透明であった。

何より国民議会の力が確立していたわけではない。バスチーユ攻略直後、敗北を認めざるをえなかった国王は、完全に譲歩する気などさらさらなかった。封建制廃止の法令にも、人権宣言意にも、裁可を与えようとはしなかったのである。大きく事態を動かしたのはやはり民衆であった。


11 【ベルサイユ行進】

食糧事情は秋になってもまだ好転していなかった。パリのパン屋の店先には長い行列が出来るのがあたりまえの光景になっていた。10月4日、パレ・ロワイヤルに集まった女たちが「ベルサイユの王様に、パンを頼みに行こうじゃないの」と気勢を上げ始めた。

女たちは市役所に押しかける。「パンと武器を」国民衛兵が銃剣を構えるが、さすがに発砲はできない。女たちをなだめて指揮をとったのがバスチーユの勝利者の一人、執達吏のマイヤールであった。彼を先頭に市役所から奪った大砲を引き、7、8千の女性軍がベルサイユへ向けて出発する。しんがりに男たち100人とバスチーユの守備隊が続く。


女たちが出発した後、国民衛兵に引きずられてラファイエットもパリを出発する。一般市民、武装した市民もあわせ約2万がこれに続いた。ベルサイユでは女たちは議場になだれ込み、窮状を訴えた。議会はこの展開を国王に封建制度の廃止と人権宣言の裁可を迫る圧力として利用しょうとする。一時は軍による制圧を考えた国王だったが、結局折れた。議会の要求を認め、小麦の放出を約束した。「国王万歳、王妃のくそったれ」という声が女たちの間から起こった。


翌朝、国民衛兵と近衛兵との間でいざこざがあって、その騒ぎのなかで、宮殿になだれこんだ群衆の手から王妃は危うく逃れた。気勢を上げる群衆を抑えるため、ラファイエットが国王を宮殿のバルコニーに連れて出る。「王をパリに」という声があがり、国王もそれに同意せざるを得なかった。

王を乗せた馬車を3万の武装した群衆が取り巻いて、小麦を満載した馬車、議員たちの馬車もこれに続いた。群衆の間からは「国王万歳の」声がした。国王には、民衆からの信望はまだ残っていたのである。こうして政治の中心舞台はパリに一元化することになった。パリの民衆の行動が介在して状況は一変した。絶対王政の崩壊が決定的になったのである。問題はどのような立憲王政を作るかであった。

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