第2話 断たれた右腕 その2

 花屋の朝は早い。


 花の手入れや、鉢を店先に並べるなど、開店前にやるべき仕事が多いのだ。故に朝日に照らされる花を愛でる彼らの顔は、まだ覚醒前と言った感じだ。


「ふぁふきふぁん、ふぉふとにかれふひってましゅた」


「杉原、女の子があくびをしながら話すものではありません。全く言っている意味がわかりませんよ?」


 杉原メイは従業員の中でも特に朝が苦手で毎日こんな感じだ。


「あ、すみませんサツキさん。これ、ポストに入ってました」


 杉原は二通の封筒を私に渡す。


「一通は祓い屋への依頼書、もう一通はどうやらサツキさんへの個人的な手紙のようです」


 私は内容がとっても気になったので、その場で中身を確認した。


「ふむふむ、なるほど……」


 これは少し厄介なことになりそうですね。


「杉原、今夜外に出ます」


「お、祓い屋出動ってことですか?」


「ええ、他の従業員にも伝えておいてください。『武器の手入れは忘れずに』と」


「了解です、サツキさん!」


 杉原がなんだか楽しそうだ。おそらく久しぶりに血しぶきを浴びることが出来ると喜んでいるのだろう。あの子はそういう仕事にこそ頑張りを見せる子だ。


 確かに今回の依頼はいつものよりもいっそう頑張ってもらう事になるだろう。普段は禁止している大斧も今回は許可をださなければならなくなるだろう。


 ○○○


 夜になり、花屋は祓い屋に変わる。


 今夜は久しぶりの出張サービスとなる。今朝届いた依頼書に記載されている場所で依頼主と合流という訳だ。


 出張サービスの場合、依頼主がどんな者だかは会ってみるまでわからないが、少なくともこの店に手紙を出すことが出来るということは霊的、妖怪的な力を持った者になる。


「依頼書によると、今回の仕事は除霊の類です。どうやら、相当強力な相手のようなので充分注意するように」


 戦闘を匂わす発言をしたからか、杉原はなんだか気分が弾んでいるようだ。


「杉原」


「え、あ、はい!注意しますよ、充分に!」


 そんな杉原を見て、逢魔と鬼門は頭を抱えてため息をつく。


「詳細は依頼主に聞くことになっています。とにかく、まずは集合場所に向かいましょう」


「で、その集合場所というのはどこですか?」


「京都です」


「「「京都!?」」」


 ○○○


 今朝とっておいた新幹線のチケットを使って、私達は京都へと向かった。


 京都と言っても、某有名観光地に行くわけではもちろんなく、そこからずっと離れた山奥である。


 山道を30分程歩くと少し開けた場所があり、そこには小さな祠と若い女性が立っていた。


 祠からは凄まじい妖気を感じる。それも初めて感じるものでは無い……


 どうやら、ここが集合場所で間違いなさそうだ。


「貴女が依頼主の方ですか?」


「はい、お待ちしておりました、祓い屋の皆さん」


「早速ですが、依頼の内容をお聞きしても?」


「ええ、もちろんです」


 女性は私達を祠の近くに案内した。やはり、禍々しいオーラを帯びている。


 祠の扉の奥は漆黒の空間が広がり、中に何があるのか……どうなっているかがわからない。


「あまり接近し過ぎないように……皆さんもお気づきだとは思いますが大量の妖気が封じ込められていて危険ですので」


「察するに、この祠に溜まった膨大な量の力をどうにかして欲しい、というのが今回の依頼内容という訳ですか……?」


「その通りです」


「しかし、自然に発生、もしくは蓄積にしては力が大きすぎますね。コレの正体は何です?」


「実はこの祠の中には伝説の怪異……茨木童子の腕が封印されているのです」


「「「!!」」」


 やはり初めて感じるものではなかった……中にあるのは茨木童子の妖気か……


「い、茨木童子って伝説の鬼の……?」


「どうやらそのようですが……鬼門、貴方は何故そんなにビクついているのですか?」


 鬼門は異様にがくついている。


「いや、だって、伝承によると茨木童子は少女の姿をしていたって……」


「いや、ここでも女性恐怖症ですか!?相手は鬼とか、人間とか、男とか、女とか以前に腕だけですから、気にしないでください」


「そうですよね、腕だけならいけます」


「え、ギリ?」


 茶番はさておき、依頼主に話の続きするように頼んだ。


「1000年前、ある武将と茨木童子がこの京都の地で戦いました。これで茨木童子は武将に腕を斬られ、武将はその腕を回収し、だれの手にも届かぬようにこの祠に封印しました。しかし、いつからか京都の人達の間である噂が広まるようになりました。『あの祠にお願いすれば、憎いやつの魂を食い殺してくれる』と……実際それは事実で当時は多くの人がここを訪れたのだとか。そして、信じられないことに、それは細々とではありますが今も続いています」


「なるほど、そうやって1000年にもわたり人の魂を喰らい続けてこのような禍々しい妖気を……」


「そういうことです。そしてその妖気はもうこの祠では抑えきれないようです。このままでは封印が解かれ、京都の地に最悪が訪れてしまいます。主を失った鬼の腕は何をするか分かりません……」


「わかりました。この問題、私達がどうにかしましょう」


 とは言ったものも、ここからどうやってを進めればいいのやら……


「サツキさん、何びびってんですか?こーゆーのは見てるだけじゃあ話は進みませんよ?」


 杉原が自信気な顔で祠に近づく。


「おい、杉原! 迂闊ですよ!」


 逢魔が杉原に注意した次の瞬間、祠の扉が開いて大量の妖気が溢れた。妖気は大きな手の形になり、杉原を襲う。


「杉原!」


「うわあああっ!」


 杉原は腕に掴まれ、祠の中の闇の空間に引きずり込まれた。


 腕はもう2本出現して私達を襲う。


「サツキさん!」


 腕に掴まれそうになった私を突き飛ばして逢魔が捕まった。


「逢魔!」


 鬼門も捕まり、2人も杉原と同様に闇にのまれた。


 幸いにも依頼主は無事だった。どうやら鬼門は彼女を庇って捕まったらしい。


「鬼門、貴方という人は……女性恐怖症だと言っておきながら……」


「いたた……」


 鬼門に突き飛ばされた依頼主が立ち上がる。


「まさか私が従業員に助けられてしまうとは……店長失格ですね。しかし、これで都合が良くなりました……そろそろ本性を出したらどうです?


 私は依頼主の女性に向かって言う。


 彼女はにっこりと笑い、答える。


「あれ、バレちゃってた?」

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