祓い屋へようこそ β
nao
番外編シリーズ
第1話 断たれた右腕
真っ暗な空間に黒くたくましい木々が生い茂る世界を僕は歩いている。
歩き疲れて足の感覚が無い。転がっている尖った石を踏んでも何も感じないほどだ。
「あいつは……?」
振り返ると、地面には僕の腕の断面から滴った赤い雫が不規則に並べられていた。月の光を反射してチカチカと輝いている。しかし、人気は全くない。どうやら
重い脚に鞭を打って進む。
「社に……
僕はこのまま死んでもいい。でも、その前に伝えなくては……皆に危機が迫っている事を……
僕は
○○○
無我夢中で休むことなく歩き続けて、やっと我が拠点にたどり着いた。
しかし、変わり果てた社を見てすぐに理解した。
「遅かった……」
僕が羅生門に向かうためにここを出発した時は、勇ましい仲間たちで賑わっていた。
しかし、今僕の目の前にあるコレは全く違う。誰もおらず声もしない。あるのは血に濡れた社の戸や柱……そして誰のものかもわからない死体だけだった。
僕はおぼつかない足取りで社の中に入った。所々に血痕がある。やはり戦闘があったのだ。
歩いていると、一つだけ明かりのある部屋があった。僕はゆっくりと戸を開けて中に入る。
「酒呑……ちゃん……」
部屋の隅に刀を抱いた酒呑童子が座り込んでいた。
彼女を一目見ただけでわかった。『絶望』だ……彼女から『絶望』と『後悔』が伝わってくる。
酒呑に恐る恐る近づくと、彼女はやっとこちらに気づいて顔を上げた。
「茨木……」
酒呑は僕の斬られた右腕を見て顔を顰める。
「貴女もやられたのですね……」
「うん、源頼光が寄越した腕利きの武将……渡辺綱にやられた。ヤツからこの拠点に頼光が向かっていると聞いて駆けつけたけど、間に合わなかった……ごめん」
「いいえ、貴女のせいではありませんよ。ここがこんな有様になってしまったのは私の落ち度です」
あえて庇うようなことは言わなかった。そんなことを言おうものなら酒呑はさらに自分を責めてしまうだろうから。
「皆、ほとんど殺されてしまいました」
「そっか……」
「あの子達も……」
「……!!」
この社には三人の童がいた。酒呑が拾ってきた人間の子供だ。
「頼光……! あいつも人間だろうに……鬼と関わりがあるというだけで同族を……それも子供を殺すのか!」
「すみません、茨木童子。私の責任です。護りきれなかった……」
「君の落ち度であるものか!ええい、許せん!」
冷めていた身体に急に血が巡り、腕から血が溢れる。
「茨木、静まってください。腹を立てては出血してしまう……というかこの腕、何の処置もしていないじゃないですか」
「ああ、そうだった、一刻も早く帰らねばと急いでいたから……」
「流石は私の一味でも随一の使い手……この程度では死にませんか。しかし、止血はしないと……」
酒呑は僕の腕を消毒し、止血してくれた。
「酒呑ちゃんはこれからどうするの?」
「そうですね、仲間のほとんどは殺され、残った者もここを去って行きましたから……でも、私はもう少しここに残ろうと思います」
「何故……?」
「あの子達が……あの子達の生まれ変わりが現れるまで待っていようかと」
「そっか……」
酒呑にとって、あの三人がどれほど大切な存在であったか……そして、その子らを目の前で殺されたことがどれほど屈辱的で絶望的であったか……
僕は酒呑を励ましてやりたかった。不器用ながらにも時々見せる笑顔を取り戻させてやりたかった。
しかし、それは叶わないだろう。今彼女の心に空いている穴は、あの子達にしか埋められないのだから。
「茨木、貴方はどうします?」
「僕は旅に出るよ。捜し物ができたんだ」
「捜し物ですか……?」
「ああ、『黄金の秘薬』を探しに行く」
「それは……!」
「うん、あの子達を生き返らせるためだよ」
とある伝説だ。『黄金の秘薬』をもってすれば不治の病や瀕死の肉体を治すどころか、黄泉から精神を引きずり上げ、この世に死んだ人間を蘇生させることが出来るのだという。
「そんなあるかも分からない物を探しに行くのですか?」
「馬鹿馬鹿しいかい? でも生憎鬼である僕は寿命の割にやることがなくて暇だからね」
「茨木……」
酒呑は僕から目を逸らし、寂しげな顔を見せる。
「そんな顔しないでよ。大丈夫、きっと秘薬を見つけて君の元に帰るよ」
○○○
僕はすぐに支度を済ませた。
正直、酒呑と離れるのは寂しかったが、それ以上に彼女と共にいるのが辛いと思う心があった。
多くを失った彼女を見ていられない……しかし、彼女を癒してやる自信が僕にはなかった。だから、逃げるように旅に出ることにした。
「クロとココノエには会って行かないのですか?今は食料を取ってきてもらっていますが、もう少しで戻ってきますよ?」
「いや、いいよ。もう行く」
「そうですか……」
「じゃぁ、行ってくるね」
「ええ、達者で」
この時から千年、僕は彼女の元に未だに帰ることが出来ていない。
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