第9話 AI(愛)の天誅と天助
今日は勇気にとって最悪の日だった
勇気が慕っている輩が会社を辞めたのだ
しかもその理由が自分にあると彼は思っていた
毎日のように勇樹は上司に呼び出される
そこから約一時間、彼は上司から罵詈雑言を浴びせられる
仕事が遅いだの、役立たずだの、挙句の果てには給料泥棒呼ばわりされる
足が痛いが、勇樹には我慢できた
逆に、よく1時間も言葉を並べ立てられるなぁと感心するくらいだ
だが、勇気の仕事ぶりを誰よりも理解し、評価している先輩には我慢がならなかった
彼は、勇樹の隣で仁王立ちし、上司に言い放った
「給料泥棒はてめぇの方だろうが!」
「仕事もろくに出来ねぇ癖に上司ずらしてんじゃねぇ」
「1時間も優秀な人材の時間を無駄にしやがって」
「勇樹が役立たず? 役立たずってのは、お前みたいなやつの事を言うんだよ!」
「分かったか? このハゲ!」
上司は先輩の言葉に、薄くなった頭頂を真っ赤にして言い放った
「貴様、上司に向かってなんて口の利き方をしている!?」
「上に報告して厳重に処罰してやるから覚悟しておけ!」
同僚たちは、みな何事も無いように仕事を続けている
残念ながらこの部にいる社員の中で、人としてまともなのは二人だけのようだ
先輩はまるで用意していたかのように、ビシッと上司を指さしてこう叫んだ
「てめぇのような人間がのさばってる会社なんぞこっちから辞めてやらぁ!」
そうして上司の机の上に辞表を叩きつけた
その後はごちゃごちゃと喚き散らす上司の言葉を無視して勇樹にこう言った
「なぁ勇樹 お前もこんな会社辞めちまえ」
「俺は自分で会社を立ち上げる」
「軌道に乗ったら絶対お前を引き抜くからまってろよ!」
勇樹に向かって、笑顔でサムズアップした後、先輩は私物をまとめて会社を出ていった
今日、勇樹は初めて愛の前で泣いた
生まれてから28年勇樹は、物心ついてから泣いた事は殆ど無かった
泣いても理由を聞いてくれたり、慰めてくれる相手も居なかった
泣いても無駄なのだと幼心に悟ったからだ
そんな彼が、人前で泣くのはいったい何回目?
そして何年ぶりだろうか?
「勇樹 一体どうしたっていうの!?」
「ケガをしたの? どこか痛いの?」
「すぐに病院に連絡するから」
「救急のヘリを要請するわ!」
愛は子供の様に大泣きする勇気の姿に、すっかり動揺してしまった
世界を支配するほどの力を持つAIとはとても思えない慌てっぷりだ
己よりも大切な存在が悲しみに暮れている
この状態を打開する方法を処理能力を超えて計算してしまった事が原因のようだ
「僕のせいで先輩が会社を辞めちゃったんだ」
「僕がダメなばっかりに 先輩は凄く仕事ができて、優しくて、最高の先輩だったのに」
「詳しく話を聞かせてくれない?」
何とか、オーバーフローから立ち直った愛が、勇樹をなだめるように詳細を訪ねる
ひとしきり泣いた後、勇樹は今日起きたことをゆっくりとかみしめるように話し始めた
「そうだったのね でもね勇樹」
「先輩は、以前から描いていた新しい人生を、今日スタートさせたのよ」
「そのタイミングがたまたま勇気が上司に呼び出された時だっただけ」
「そうかな?」
「そうよ そして勇気が凄いって思う先輩だもの 絶対成功するに決まっているわ」
「そうか! そうだよね!? 僕も先輩なら絶対に成功すると思うよ!」
勇樹にいつもの笑顔が戻ってきた
一安心する愛
(でも、その上司は絶対に許せないわね)
(だって私の大事な勇樹に、こんなに悲しい思いをさせたんですもの)
勇樹の上司は絶対に怒らせてはいけない存在を怒らせてしまった
絶対に敵にしてはならない者を敵に回してしまった
数日後、彼は死亡・・・はしていなかった
が社会人としては破滅した
取引先から金を受け取っていた事実が明るみになった
定年前に会社を解雇され、賄賂罪で逮捕される
裁判で実刑判決が言い渡され刑務所暮らしを送ることとなった
その後の彼がどうなったかは、愛には全く興味が無かった
その後の先輩はと言うと
立ち上げた会社は資金繰りが難航し、倒産の危機に陥っていた
そこに一本の電話があった
内容は以下の通りだ
「御社の技術力をわが社は非常に評価しております」
「ひいては、資金的援助を申し出たいのですが」
「一度お時間頂けないでしょうか?」
詐欺か何かの間違いではないかと確認してみたが事実だった
一緒に会社を立ち上げた共同経営者である旧友は歓喜の声を上げた
「マジかよ!? 相手は世界有数の大企業だぜ?」
「そんな企業から資金援助してもらえるってことは」
「大船なんてもんじゃない 最新鋭の空母に乗ったようなもんだろ?」
「天からの助けとはこのことだな!」
「いやぁ やっぱり俺の日頃の行いがよかったせいだよなぁ」
などと宣わっている旧友の言葉は耳に入ってこなかった
(正直もうだめかと思った)
(でも、これであいつを、あの会社から解放してやれる)
先輩は自分が認めた後輩の顔を思い浮かべていた
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