27 “出来損ないの英雄”

──一月八日、朝。王都西区、第一西門。



「あ、ああ・・・まさか、協力しろっていうのは・・・」


 過度な装飾が施された西の大門おおとの下には、以前ベラン物産で見かけた荷馬車が一台。御者台に腰掛けるバヤルが苦笑いしながら僕達を一瞥した。自分たちが捕まえた彼と数日間旅をしろというのか。


「あー。いや、それはこっちも言いたいところなんだけど。オズボーン、こいつ・・・バヤルはまだ収監中じゃないのか?」


 その横には、武装したオズボーン百人隊長と衛兵二名が佇んでいた。彼を僕らに引き渡すためだけにしては随分と厳重に思える。


「西方辺境への道案内が出来る人間は限られるからな。特務への協力と引き換えに減刑するはこびとなった。悪いが、仲良くやってくれ」

「だ、そうだ」


 諦め顔のバヤルに、僕も苦笑いし肩をすくめる。気まずい道のりにならなければ良いが。



──────────



 王都を取り囲む水晶柱を横目に、のんびりとした速度で荷馬車は西へ向かう。さすがに夢のような乗り心地とはいかないが、自分の足で歩かなくて済むだけでも大分助かる。バヤルは・・・僕の当初の心配に反して、馬車を走らせてから、一度も言葉を途切らせることなくずっと話し続けていた。


「──いきなり、デンスと一緒に呼び出されてさ。衛兵司令部の仕事に協力するなら早期釈放も考える、と言われたんだけど・・・まあデンスは怒り心頭でねえ。椅子を蹴って“貴様らに協力しろだと!ふざけるな!”って。勢いにアテられて、俺も最初は断っちまったんだよ」


 郷土愛の塊で、なおかつあの性格のデンスだ。ありありと想像できる。


「あー、そうだろうなあ・・・それで、バヤルは結局どうして心変わりしたんだ?」

「心変わり、というかな。お前はやるべきだってデンスが言うんだよ。“こんなところで死ぬべきじゃない”、とか言ってさ」


 フウが少し気まずそうな表情でバヤルへ問う。


「そんな死ぬほど過酷だったの?」


 バヤルはあっけらかんと笑う。


「そうでもないんだけどな。さすがに床は冷たいし寝台は臭いし飯は不味いよ。でもデンスが言ってたように拷問されるわけでもなく・・・たまに性格の悪い衛兵がからかってくるくらいで、むしろそれすらなかったら暇過ぎて死んでたところだ。ベランの伝統的な懲罰に比べればクソみたいなもんよ」


 伝統的な懲罰。そういったものは西も東も関係なく、大抵は目を覆いたくなるような凄惨きわまるものだ。


 昔はこのあたりでも、犯罪者はバラエティに富んだ拷問の数々でもてなされたそうだが、最近はそんな話も聞かない。今の王都には犯罪者が溢れている。そのため地下牢は常に満室に近く、そんな事をしている余裕もないのだ。程度の軽い犯罪については刑期すら定められず、新しく受刑者が入ってくるたび、古い受刑者から釈放される。そして釈放されてはまた軽犯罪をやらかし戻ってくるという不毛なサイクルが繰り返されている。

 “軽”犯罪に対する厳罰化が求められて久しいが、こればかりはやりすぎると、民衆に対する過度な抑圧と、その後の暴発を招きかねない。公衆道徳モラリティそのものを向上させ犯罪を抑止し、また釈放の際に職を斡旋するなどして再犯を防止しない限りは、状況を改善することは難しいだろう。後者はともかく、前者は極めて困難だ。ルクセンハイザー教授の言っていた“教育の普及”は、実現したとしても果たして公衆道徳の涵養に資するだろうか。実際に高等教育を受けた貴族の面々が道徳心に満ち溢れているかというと・・・。


 僕が余計な事を考えている横で、ずっと馬を眺めていたハナがおずおずとバヤルへ問いかける。


「あの・・・あのね、おにいさん、おこってない?」


 思いもかけない質問に、バヤルは「ふぇっ?」と間の抜けた声を漏らし、大笑いする。


「はっ、はははは。まっまさか、豚箱にぶち込んでくれた本人からそんな事を訊かれるとはな!」


 まずい質問だと心をざわつかせる僕をよそに、バヤルは言葉を続ける。


「あー、なんというかな。あれはあいつを・・・デンスを止められなかった、俺の責任だと思っている」

「止めようとしていたのか?」


 僕は商会で盗み聞きした、社長と二人の会話を思い出す。バヤルは少なくとも主体的ではなかったが、止めようとしている素振りを見せてはいなかったように思えた。


「昔からそうだったんだ・・・俺はな、そこそこ有力な氏族の跡取りなんだ。“駆け抜ける草原の風、バータルの孫、フレルバータルの息子、バヤル”なんてな。だけど、雄大な名前に似合わず、俺はこんなに優柔不断で臆病。いつも疑問と後悔を抱えてる。デンスはこんな俺の親友であり、憧れでもあった」


 御者台で青空を仰ぐバヤル。乾いた風が、遮るものの少ない荷台を抜ける。


「親分肌のあいつの後を追って、いろいろな遊びや悪さをした。跡取りなんて立場も忘れて、同じ荷運びの仕事をはじめた。一晩中、ベランの在り方について話したりもした。その時に、黒塩と蕾の話が出たんだ。今までも心配しながら、ちょっとしたに付き合ってきたが、さすがにそれはやばいんじゃないかと思ったよ。昔やってたいたずらや、縄張り争いの喧嘩程度の話じゃない、れっきとした王国への反逆だ」


 彼は一呼吸置き、右方に広がる大断崖を眺める。後悔にも似た表情だが、僕にはその感情がわからない。昔から共に育ってきた親友の暴挙に対する葛藤・・・そんなもののいない僕には、想像するしかないできことだった。


「デンスの鬼気迫る目を見ていたら、俺もその熱気にアテられて・・・いや、違うな。“デンスの相棒”を演じている自分に酔ってたのかもしれない。心の底では、ずっとどこかで止めなきゃ、て思っていたのに」

「恐らく、それはきみだけではない。きみ達が脱獄させようとしていた売り子たち・・・彼らもデンスのに影響されていたように思える」


 ベルタがぼそりと指摘し、はっとバヤルが振り返る。この子は人間関係の機微に疎いように見えて、恐ろしく鋭い指摘をすることがある。過去、傭兵団長のとどめをハナに刺させようとしたとき、僕にした諭旨もそうだった。


「“ベラティナから正当な権利を奪い、その誇りを踏み躙った低地の民への報復”を彼らは叫んだ。もしかして、それはデンスが言っていたことではないか?」

「・・・そのままだ。あいつら、小遣い稼ぎのつもりでやってたんじゃないのか?」

「到底そうは見えなかったな。心から自分の正義を信じていたようだった」


 売り子の言動はバヤルも知らないことだったのか。


「デンスは・・・その、語弊があるかもしれないが、“英雄気質”というやつなのかもしれないな。時として多くの人間を感化し、真の英雄ヒーローとなるが、能力の使い方を大きく間違えると、最悪の扇動者アジテイターにもなり得る。本人が心の底から信じる正義のみを成そうとするから、その能力の制御も難しい」

「確かに、そんな感じだったわね」


 ベルタの言葉にフウが頷く。英雄か。僕とは根本的に異なる人種だ。唯一無二にして絶対の信条を懐き、自分の行動や言動に疑問を挟まないなんて、僕には到底真似できない。


「まさに、ここにいるひねくれたコワッパと正反対のタイプって感じだったわ」

「ああ、はい、そうですね・・・」


 くそ、まさに自分でそう考えていたところだから否定しようもない。


「英雄の、舵を取る・・・か」


 誰に向けた訳でもないバヤルの呟きが、僕にはどことなく決意を感じさせる響きをもっているように聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る