26 “特務”

──王国暦二〇〇年、一月五日、朝。王都、自警団組合本部。



「来たわね。あなたたちご指名で、特務が発行されているわ」


 ついにこの時がきたか。

 二百年祭のとき、僕は殿下──いや、年初の即位式を終えられた今は“陛下”──の一言を勘ぐりすぎて卒倒するという痴態を晒した。しかしあとから冷静になって考えてみれば、陛下が教授の件を探られて困るのであれば、あの場で僕にあのような言い方をする訳がないことがわかる。そして即位から早々にその権限を使って発行された特務。間違いない。陛下も、グシュタール教授の行方を追っている。


 僕はメラニーから受け取った特務の指令書を開き、その後ろから三人が覗き込む。スタンプだらけで真っ赤だ。内容は殆どまともに記載されていない。ほぼすべての項目が“国家保安上の観点により”機密とされており、明記されているのは、衛兵司令部の応接室への出頭日時くらいのものだ。


「・・・凄いわね。特務の指令書は何度か目にする機会があったけど、こんなのは見たことがないわ」

「メラニーなら、なにか知ってるんじゃないのか?」


 僕にはうっすらとした予感があった。メラニーはかなり早い段階から僕らに目をかけ、ここまで誘導してきたようにすら感じる。彼女はミステリアスに微笑うと、肩をすくめる。


「私はしがない役人よ。指定されている時間はお昼過ぎのようだし、少しゆっくりしていけそうね。頑張ってね」



──────────



──二十分後、自室。



・・・って、教授が相当な危険人物だってこと?」


 フウが指令書を眺めながら呟く。


「バルトリア博士やルクセンハイザー教授の話だと、そんな感じの人には思えないけど・・・」


 今まで聞いた話や、本人の著書などからは“多少偏屈な性質の天才学者”以上のイメージは浮かばない。


「本人がそうではなくとも、その遺した物や知識が危険なことだって有り得る」


 ベルタの考えが的を射ているように思う。僕が読んだ四冊の著書は、魔素の流動性や濃度による性質変化など、技術的には概ね基礎的な内容に終始していた。彼の研究内容があれだけとは到底思えない。何か、裏で極めて危険な研究でも行っていたのだろうか。

 国家保安上、脅威になり得るほどのか。・・・ひとつだけ、思い当たることはあるが。


「興味は尽きないけど、今ここで考えていても仕方がない。昼食でもとってからゆっくり城に向かうか」



──────────



──同日、午後。王城外郭、衛兵司令部。



 衛兵に案内された僕らが応接室へ入ると、すでに陛下が奥座にいらした。ある程度予想はしていたことだ。


「堅苦しい挨拶は抜きでいこう。よく来てくれた。ユリエル君。それに栄えある“山狗班”の諸君」


 僕がうやうやしく頭を下げる前に、陛下がにこやかに先手を打った。彼は背後に立つ禁衛隊の二名へ、部屋を出るよう促す。彼らにすら聞かせたくない内容なのか。二名は少し渋るように出ていき、部屋には陛下と僕らだけが残された。


「特務の件、グシュタール教授についてでしょうか」

「まあまあ、かけたまえ」


 陛下は楽しげに言葉を続けるが、当然、話の内容はそんなに愉快といえるものではない。


「低魔量地帯・・・君たちには、聞き覚えがあるね」

「昨年の十月に、旧北方ベルフェリエ領の低魔量地帯にて魔導院の依頼をこなしています」


 陛下は目前の紙束から、一枚の地図を取り出す。


「あの一件の報告書は、衛兵司令部から私・・・ああいや、“余”の方にも送られてきてね。そこから、極めて重要な事実が確認出来た。君たちは他の誰にも真似出来ない、低魔量地帯を突破するすべを持っている」


 僕らのやってきたことは無駄ではなかった。短期間ではあったが、この班で積み重ねてきたことが、今僕らをこの場に招いたのだろう。


「実はね。王国にはもう一箇所、隠匿されている低魔量地帯があるんだ。今回はその調査と、可能であればをお願いしたい」


 僕らに差し出された地図には、綺麗な円状に赤く塗られた箇所がある。


「その中心は西方辺境領ベラン地元住民ベラティナがウスデンと呼ぶ死火山の頂。グシュタール教授の研究所だ」


 特務、グシュタール教授、西方辺境領ベラン、死火山、研究所、そこを中心に広がる低魔量地帯・・・

 あまりにも重なりすぎる符号。その話を新王陛下が直々持ちかけてこられるとは。僕の脳裏に、出会った時にハナが発した言葉が浮かび、つい口をついて出る。


「“これはなんというか、運命的なやつだと思うのです”・・・か」


 ハナがその大きな耳を立てて僕を見た。


「運命か。実際、何か必然のようなものを感じざるを得ないね」


 陛下も微笑う。僕は思い切って、一番気になっていることに触れた。


「グシュタール教授の研究所について、親しい人を尋ねて回りましたが、誰も場所を存じませんでした。調べても、その痕跡すら見当たらないと・・・彼の居所は、なぜ隠されていたのですか?」


 陛下はソファへ深く座り直し、少し陰りのある表情を見せる。


「少し長くなるよ。教授が約二十年前・・・王国暦一七八年にしたことは知っているね」


 僕は頷く。彼はその後、僕に“環境魔素を取り込む刻印”を施し、西方の死火山にあるカルデラ湖畔へ隠居した。


「そう、“ルカ君”。君の出生に関わることだ。その一年後、一七九年。グシュタール教授には王国発祥の地である北方領を低魔量地帯で覆い、滅ぼしたかどで嫌疑がかけられ、衛兵司令部はその行方を追った。事が大きすぎたたため、全て水面下でだ。彼の教え子であった私としては、決して信じたくはなかったが・・・同年、彼の身柄はウスデンの研究所から遺体として回収される」


 教授は、やはり亡くなられていたのか・・・いや、それより僕はその内容そのものに、極めて気持ちの悪い違和感を覚え、思わず口に手を当てる。なんだろう。何か重要な事実が食い違っているような・・・陛下はそんな僕の様子に気付いているようだが、ひとつ咳払いをして続けた。


「そのひと月後に、研究所に残された資料を確保するため、衛兵、認定ヴィジルからなる二十名規模の回収班が極秘裏に組織され、ウスデンへ向かった。しかし既にその時には研究所を中心に低魔量地帯が広がり始めていてね。回収班はあえなくほぼ全滅した。この特務には、私も関わっていたんだ」


 溜息をつき、陛下は二枚目の紙を出す。その回収任務の報告書だ。ウスデンへの登山者は全員が未帰還。はそもそも山へ登っていない、支援要員の衛兵三名のみ・・・。


「物証こそないものの、低魔量地帯の出現に教授が関わっていることは、状況からいってほぼ確実となった。低魔量地帯を作り出したということは、北方領ベルフェリエを滅ぼした張本人であったということに他ならない。・・・つまりだ。魔導院にて極めて偉大な功績を残し、王国におけるその地位を確立したのち、北方領を滅ぼし、西方辺境領にて謎の死を遂げたグシュタール教授は、政治的に極めて扱いの難しい存在となってしまった」

「彼の行いすべてが明るみに出れば、魔導院が・・・」

「そうだね。彼が組み立てたともいえる魔導学そのものの立場すら危うい。なんせ、一つ間違えば国土を滅ぼしかねないことが判明してしまったんだ。しかし今の王国は、他の国に先んじた銀行制度による経済力、魔導学よる技術力と、それに由来する軍事力をもって、大陸におけるヘゲモニーをかろうじて維持していると言っても過言ではないような状況だ。その一角を崩す訳にはいかない。隠蔽せざるを得なかったんだ」


 一国を滅ぼしかねない技術の危険性と有用性・・・その狭間で、教授の存在そのものが限りなく抹消に近い状態へと置かれてしまっていたというわけか。国家の安全保障と、既に亡くなった一個人の存在。国を預かる立場からすると、残念ながらその重要度は比較するまでもないのだろう。ルクセンハイザー教授がグシュタール教授の足取りを追えなかったのも無理はあるまい。国ぐるみで隠蔽されていたのだから。


 静かに話を聞いていたベルタが、横から僕にあることを指摘する。その表情は歪み、額に汗が滲む。


「ユリエル。おかしいぞ。教授が一七九年に

「・・・あっ、ああ!そうだ!陛下、僕はバルトリア博士から、その後の日付が記されたグシュタール教授の手紙を受け取っています!」


 僕は念の為持ってきておいた、バルトリア博士から頂いた手紙を鞄から出し、その日付を陛下に見せる。“王国暦一八一年、八月七日”。


「・・・明らかに、おかしいね」

「教授が死んでいないよう偽装するために、何者かがそのご友人である博士へ伝書鳩を飛ばしていたのでしょうか」

「バルトリア博士とグシュタール教授の友人関係は半世紀にも及ぶそうだ。学生時代にそう聞いている。よほど両者の関係を熟知した者でない限りは、他者が教授を騙り、博士と手紙のやり取りをするのは困難だと思うけれど・・・」


 陛下はグシュタール教授の手紙を手にとり、それを隅々まで見る。


「・・・この手紙は・・・この筆跡に内容、彼の教えを受けた私が見ても本物のように思える。偽装するにしても理由が見当たらない。先生は、一体何を・・・」


 目を閉じ、手紙をテーブルに置く陛下。彼はひとつ溜息をつく。


「ここに来て不可解な点が増えるとはね。現地に出向いて、この件についても何か解ればいいのだけれど・・・」


 残念ながら、今話し合って解決する問題ではなさそうだ。僕は事務的な話に戻す。


「・・・それで、調査はこの班のみで行うということでよろしいでしょうか」

「あまり大人数でも、低魔量地帯を突破するのに難儀するだろう。こちらから一人、優秀な先導者と馬車を一台つけるよ。三日後、一月八日の朝、第一西門で合流する手はずになっている」


 先導者・・・西に詳しい者か。

 僕らが一礼して部屋を出る前に、陛下は一言呟いた。


「・・・頼んだよ。グシュタール先生は、私の恩師なんだ。できれば、その名誉を回復したいと、私は思っている」

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