12 “贖罪”

 ──僕の半生は、濃い霧の中を歩むようなものであった。


 出生にまつわる、ある疑惑。僕はそれを否定しようと、あるときは屋敷の書庫に、あるときは学院の大図書室に、あるときは王都の公文書館にまで出向いて資料をあさり続けた。


 そのどれも、何一つ、望む答えを提示してはくれなかった。


 三ヶ月前、祖母が病に倒れる。

 祖母が──僕が祖母だと思いこんでいたその老女は、いまわの際に、ずっと隠し続けていたその答えを僕に突きつけた。


 ──目の前を覆い続けてきた霧は、唐突に晴れる。

 その先には、ただ、何もなく。

 身を投げよと誘う“大断崖”が見えるだけだった。



──────────



──十月十六日、夜。王都、宿屋“鴻鵠亭”。



「・・・落ち着いたようだな」


 ハナの四回目の“発作”を鎮め、僕らは一息つく。だいたい三日から五日に一回くらいのペースで発生するようだ。各人がそれぞれのベッドに戻る。


「フウは、強いな・・・」


 僕は腰掛けながら、半ば無意識にそう口に出していた。

 初めて来た国で、壊れかけた親友を救うために、人殺しになる。そんなの、僕でも耐えられるかどうかわからない。


「・・・強くなんて、全然ないわよ」


 フウがベッドに身を投げて反論する。


「どっちが前かもわからず、ただ進むことしかできないだけ」


 彼女はそう言い上半身を起こした。

 枕を抱きかかえ、少し間を置いて、ゆっくりと口を開く。


「わたしとミオはね、今年で十四になるの」


 ミオ──ハナの本名。僕らにとって、異人の年齢は外見から判断しにくくはあるが、それでも彼女らは僕が思っていたより三歳ほど若い。子供といっていい年齢だ。


「ミオにはコトトイってファミリーネームがあるけど、わたしにはない。・・・アシハラの“巫女シャーマン”は、“神主プリースト”に育てられた孤児の女の子の仕事というのが伝統でね」


 フウが枕に顔を埋める。


「わたしにとっての“肉親”は、育ててくれた神主様、それに、近所に住んでいて姉妹のように育ったミオとハナ。この三人しかいなかったのよ」

「そうだったのか・・・」

「血は繋がらずとも、たった一人残されたわたしの・・・」


 枕から顔を上げる。その目は決意に満ちている。


「わたしは、外道に堕ちてでも、外法に頼ってでもこの子を助ける」


 座ってじっと話を聞いていたベルタが、おもむろに口を開く。


「“僕はたとえ自分が地獄に落ちてでも、本人から恨まれようともあの子らを救う”・・・ユリエル、君もそう言ったな」


 それを聞いたフウが目を丸くしてこっちを見る。


「バラすなよ・・・」


 恩を売るようでばつが悪い。僕は目を逸らし頭を掻いた。


「悪い。だが、フウにはきみの本心を知ってもらったほうがいいと思ったんだ。相手に意図の伝わらない強い善意は、多くの場合、独善となる」


 ・・・これは、ハナにとどめを刺させようとしたことに対しての諫言でもあるのかな。

 すぐに訝しげな顔になったフウが訊いてくる。


「地獄に落ちてでも・・・って、まだ会って一ヶ月も経ってないのに?」

「・・・時間の長さは関係ない。お前たちは僕にとって初めて出来た“対等な友達”だ。不思議なこともないだろう。それにこれは、自分のためにやっていることでもある」

「自分のためって・・・」


 僕は毛布をかぶって横になる。いずれわかることだろう。


「そろそろ寝よう、明日も仕事だ」



──────────



──十月十七日、午前。王都、自警団組合本部。



「ユリエル、どういう基準で依頼を受ける気だ?」


 組合本部の応接スペースで、衛兵司令部の依頼リストを広げる僕ら。遂に本格的な自警団員としての活動が始まる。


「この班の強みと弱みをしっかり把握して、それに沿ったものというのが理想だな」

「強みと弱み、ねえ・・・」

前衛ヴァンガードであるベルタとハナ、中衛ハーフバックである僕、補助サポートのフウ。僕とフウがやや特殊な魔法を扱う、奇襲や搦手に長けた班と言えるだろう。一方、密偵スカウトがいないから敵情視察や情報収集は比較的不得手といえる」


 フウが髪をいじりながら結論を急かす。


「つまり?」

「だから、情報が既に出ていて、奇襲による早期決着が期待できる依頼、こういうのが狙い目だ」


 僕はリストに並ぶうちのひとつの依頼を指差した。


 “王都南方、天然洞窟をアジトとする盗賊団排除。報酬三千五百ミナ”。


 敵人数は“約”十二名。洞窟の内部構造は不明だが裏口がひとつある。南方街道からさほど離れていない場所にあり、主に王都で窃盗を働くものがここをねぐらとしているそうだ。受領すれば入り口と裏口の場所を示す簡単な地図ももらえるらしい。人数は多いが敵は盗賊団だ。衛兵隊が立派な装備をがっしゃがっしゃいわせてアジトに近づけば、接敵する前に逃げられるだろう。

 敵は“排除”、つまり“殲滅”ではない。敵に対する処遇は二通り。捕縛するか、殺害するか。

 丸眼鏡のテッドに聞いた話だと、罪状が確定しているので全員殺害しても問題はないが、責任のある立場の者を捕縛して衛兵所に引き渡すというのが、組合のするところだそうだ。


「一週間以内に得られた情報ということだから、ここに書かれた内容との大幅な食い違いはないだろう。人数のってのがちょっと引っかかるくらいだ」

「盗賊か。逃がすと厄介そうだな」


 ベルタが顎に手を当てて呟く。相手は職業盗賊やってるくらいだ。身のこなしなんかは相当なものだと考えてかかったほうがいい。


「そうだな・・・この“裏口”をうまく使おうと思う。現地につくまでに詳細な作戦を考えとくよ」


 言いながらも、僕がさっそく作戦の輪郭を定めつつあるその時、それまでずっとおとなしくしていたハナが、なにやら申し訳なさそうにおずおずと口を開く。


「・・・あのね・・・」

「どうした?」


 言って良いものか迷っているような素振りだ。目にうっすらと涙が滲んでいる。


「あのね・・・ぼくってやっぱり、あんまり役に立ってないのかなあ・・・」


 ・・・しまった。前回のアレがやはりあとを引いているのか。ベルタが珍しく、とても困った顔で僕を見る。悪かったって。


「ハナは今のままでいいんだ」

「ええっ!?」


 ベルタがそう言うが・・・なんかいろいろ誤解を生みそうな言い方だ。声は落ち着いているようだが、まさか慌てているのかな。

 しかし、自覚のないハナ本人にまさか、全員がきみを救うために努力していると伝えることはできない。うまい言い方はないものか。


「・・・そう、だな。ハナ。人にはそれぞれ出来ることと出来ないことがある。わかるな?僕だって魔法は使えるが、体力と腕力はからっきしだ」

「うん・・・」


 ここまではよし。


「お前とフウは普通に育ってきた子だ。いきなり斧持って自分に襲いかかってくる狂人をぶっ殺せって言われて、出来るやつの方が少ない。僕とベルタは、そういうことが出来るようになる環境で育っただけだ。そういうのは、出来るようになってからすればいい。みんなお前の事を決して悪く言うことはない。安心しろ」


 ・・・我ながら、適当な詭弁だなあ。


「・・・わかった、できることをする!」

「ああ、良い返事だ。忘れるなよ」

「うん!」


 僕が頭を撫でると、ハナは袖で涙を拭った。わかってくれたようだ。良かった。


「お優しいことね」


 フウがつまらなさそうに言う。僕が少しハナに優しくするたびにこういう反応をされる。前々から薄々感じていたけど、これって、もしかして僕にハナを取られてしまうと思って・・・いや、そんなわけはないか。滅多なことを口にすると、また理由なきDVドメスティックバイオレンスを受ける。とりあえず肩をすくめてみせておいた。



──────────



──翌日、十月十八日、正午。王都南方、名もなき森。



「では作戦会議だ!」


 僕らは日が昇ると同時に王都を出発し、先程から目標の洞窟近くの森で腹拵えをしていた。僕は肉を挟んだパンをかじりながら、木の枝で地面に図を書き作戦を説明する。


「今回はあなぐらに潜む虫退治みたいなものだと考えてくれ。入口は二箇所。班をふたつに分けてそれぞれ正面と裏口に回る。正面は僕とフウ。裏口はベルタとハナだ」

「・・・だいぶ戦力的に偏ってない?」


 フウが口を挟む。常識的に考えればそうだ。


「そのまま洞窟に突っ込むのであればね。だけど違う。僕が環境魔素を身にまとって“擬態”を行いひとりで中へ入る。“観る者が最も恐れるモノ”に擬態するんだ」

「随分と曖昧な表現だな」

「そうとしか表現できないんだ・・・子供の頃に、身の周りのマナを使って相手の望む者の姿に擬態できることがわかって、逆も出来るんじゃないかと、祭りの隠し芸大会で試しに使ってみたことがある」

「どうなったの?」


 ハナが興味ありげに身を乗り出して訊いてくる。


「・・・散々だった。驚かせようとしただけだったのに、恐慌状態になって逃げ出すものが七割、残りの大部分はその場で泣き崩れ命乞いをし、最後の数人は泡を吹いて失神した。僕は半泣きでその場を逃げ出して、ばれないことを祈りながら屋敷の隅でしばらく震えていたよ」


 それを聞いたベルタが「まさか・・・」と口を開く。


「子供の頃に、東方の収穫祭で化物騒動があったと聞いた憶えがある。“目がたくさんある触手の怪物”だとか、“巨大な蜘蛛”だとか、数十人いる目撃者の証言がまったく一致しないことで大きく話題になったが・・・」

「そのことだ。よく知ってるな」

「面白そうじゃない、やってみてよ。なんだってわかってれば大丈夫でしょ」


 フウが軽く言ってくる。本気か。


「フウ、お前の一番、見たくもないほど嫌いなモノってなんだ?」

「・・・・・・ゴキブリかしらね」

「多分、巨大な・・・もしくは大量のそれがカサカサ動いてるのが見える」

「うっ・・・ああ、やっぱいいわ」

「だろ?深層心理かなにかから、本人が最も恐れ、忌み嫌うイメージを引きずり出すようだから、違うモノが出てくることも考えられるけど・・・少なくとも、それか、それよりひどいモノが見える」


 閑話休題。ひとつ咳払いして話を進める。


「とまあ、その“擬態”を使って正面から堂々と入っていき、入口への通路を塞ぐように立ち、辺りの可燃物へ手当たり次第に魔法で火を放つ。フウは入口から風を送り込んでくれ。そうしないと僕が窒息して死ぬ」

「わかったわ」

「依頼の情報によると、この盗賊団はいつも夕方から動き出すそうだ。昼過ぎって時間は、彼らにとっての深夜に近い。寝床にいきなり化物が現れるわけだから、その混乱は推して知るべしってところだな。火を放つことで、さらにそれを助長させる」

「それで、私達の待ち構える裏口に殺到してくると」


 ベルタが補足してくれた。


「そういうことだ。配置につく前に、裏口には予めいくらか罠を仕掛けておこう」

「・・・わかったわ。でもね・・・」


 何か少し不満そうなフウが、変なことを言い出す。


「ユリエルの考える作戦って、どうしてこう、こすいというか、せこいというか、卑怯なものばっかりなのかしら」


 ・・・身も蓋もないことを。


「わたしたちは正義の自警団なんでしょ?もっとこう、シュタっと現れて、ズバァーっとやって、ギャーっ!って感じの、ヒロイックきわまる作戦を立てられないものなの?」

「かっこよさそう!」

「悪くないな」


 ・・・まずい、この子が何を言っているのか全く理解できない。しかもなぜかハナどころかベルタまで乗り気だ。仕方がない、正面突破を想定した計画も考えてみるしかないか。


「・・・じゃあ、仮にだ。全員が名乗りを上げながら、正面入口に突っ込むとする」

「うんうん」


 この場合、班を分けるのは好ましくないだろう。殺す気で襲い掛かってくる盗賊の矢面にハナを立たせるのはリスキーだ。


「僕とフウの魔法で、ベルタとハナの脚力と筋力を強化して、盗賊共を蹴散らして進む。ベルタ。お前の刀は連続で何人まで斬り伏せられる?」

「運がよくて六人だな。これは安物だ。それに、私の腕もまだまだだ。それ以上は血と脂、骨を打つことで刃が削れて殺傷力が著しく落ちる。達人がひとたび業物を手にすれば、骨や脂ごときに刃が負けることはないというが・・・」


 拵えを見て悦に入るベルタから目を逸らしつつ、僕は鹿狩りのことを思い出す。確かベルタの刀が鹿の首から抜けなくなったとき、あれは七頭か八頭目くらいだったと思う。一撃で確実な致命傷を与えていってあの数ということは、人間でも同じようなものなのだろう。


「大小両方使ってギリギリで十二人に届く可能性があるか。でも、相手は盗賊だ。それなり以上の手練れと正面切っての戦闘になるとわかった時点で、拠点を放棄して逃げるだろう。そのための裏口だ。そこに予め“せこい”罠を仕掛けていたとしても、かかるのは精々最初のひとりかふたり。後続は罠にかかったやつを見て、そこを避けて通るだろう。・・・最悪、半分以上に逃げられる。報酬全額は難しいな」

「じゃあ、しょうがないわね・・・」


 “報酬全額は難しい”という言葉に反応したのか、諦めてくれたようだ。よかった。


 ふむ、擬態した僕がひとりで裏口から行けば、この作戦でも逃げ場を封じることはできるかな。でも、やはり最初の案で敵の全員を恐慌状態に追いやったほうが安全かつ確実だ。黙っておこう。


 ・・・と思ったら、横のベルタが刀を持ったまま、かつて見たこともない物凄く残念そうな表情をしている。正義の自警団参上!ってやりたかったのかな・・・ごめん・・・

 それにしても最近ベルタは、妙に表情豊かになってきた気がする。



──────────



──一時間後。王都南方、盗賊団“疾風党”のアジト。



 眼前には盗賊団のアジト、その正面入口が見える。僕とフウはその前にある茂みに潜んでいた。

 入口は岩の陰に巧妙に隠されており、地図があっても危うく見落とすところだった。見張りなどはいない。ここの情報を報告したやつは、よくこんなものを見つけたものだ。王都から数時間かかるここまで、盗賊を尾行でもしたのかな。


 クリッカーがポケットの中で一回振動する。片割れを持つベルタから、“準備完了”の合図だ。


「いいか、これから擬態するから、絶対に見るなよ」

「わかったわよ、くどいわね」

「お前が行動不能になると、僕があの窖の中で死ぬことになるんだ」

「はいはい、さっさとしてくれない?」


 フウがわざとらしく自分の目を手で覆う。本当にわかっているのか、不安で仕方がない。好奇心は猫をも殺すというが・・・


 僕は少し集中し、周辺の環境魔素を体表に集め、“擬態”を開始する。・・・やはり、緊張するな。モノクルで、生体のマナを確認できるようにしておこう。


 そしてクリッカーを四回鳴らす。“作戦開始”の合図だ。



──────────



 洞窟にゆっくりと歩き始める。賊が侵入者対策の罠を仕掛けるとするならば、まず入口にだろう。上からせり出した岩を潜って中へと入り、綿密に床と壁を見回しながら進む。

 岩陰に隠すように紐が張られており、その先を辿ると、天井から吊るされた鳴子に繋がっていた。おそらく急いで通ると気付かずに鳴らしてしまうだろうな。慎重にまたいで通り、その先へ続く細い道を進んでいく。


 ・・・マナの反応が見えた。ばらけている。十人ほどだろうか、ほぼ情報通りだ。先の角から明かりが漏れている。いよいよ彼らの前に姿を見せるわけだが、目論見通りに行かなければ、単純に僕が殺されて終わりだ。


 僕が怖気づいていると、背後から緩やかな風が吹いてくる。フウの術が発動したようだ。幸い鳴子を鳴らすほどの強さではない。

 ・・・そうだ、僕はひとりじゃない。音に気をつけながら、ゆっくりと深呼吸する。


 二回。


 三回。


 よし、行こう。


 角を曲がると、そこは白檀のかおりが漂うリビングルームのようだった。床に敷かれた上等な絨毯。戦利品か。それに不釣り合いな小汚いテーブルセットにはカードで遊ぶ四人組が。右奥にはベッドがいくつかあり、二人寝ているのが見える。左手には横穴が三つ。奥側の通路は裏口へ続くものだろうか。


 一瞥だけして大まかな状況を確認し終えると、僕は四人組が囲むテーブルへ向けて火炎を放った。

 吹き飛び、あたりを舞うカード。服に火が点き転げ回る盗賊たちは、こっちを見たものから順に叫び声を上げ、見てわかるほどに顔色が変わっていく。


「ひぃいいああああああッ!」

「ああっ、あああああッ!えっエディ!死んだ、殺した、はずだ!なのに!なんで!」

「ゆるっ、許してッ!ママぁ!もう、もうしないからァ!」


 いいぞ、いいぞ、問題なく効いている!

 彼らが僕に何を見ているのかは想像もつかないが、概ね予想通りの反応だ。化物ではなく、人間を見ているやつが多い気がする。こそ泥になるくらいだ。みんな、それなりの過去があるということか。

 我先にと押し合いながら裏口へ逃げていく三名。一名は壁際で泣きながら頭を守るようにかがみ込んでいる。こいつはもう放っておいてもいいな。


 次だ。奥に目をやると、寝ていた二人組が飛び起きたところだ。今度はそちらに向けて火炎を放つ。藁にシーツを敷いた簡易ベッドはよく燃え上がる。彼らも僕の姿を見た瞬間、悲鳴とも叫びともつかない声を上げて裏口へ走っていく。ベルタとハナの負担をあまり増やしたくない。僕は逃げつつある二人にもう二回火炎を浴びせる。


 魔法はマナと意志の干渉で発現する。人間に対して使用する場合、標的の“意志”が邪魔をするため多少威力が減じられるのが通常である。魔法の標的にされた場合は、いいタイミングで意志をば、無効化さえできることがある。つまり、逆に錯乱や自失した人間など、標的の“意志”が極端に弱まっている場合、そのままの威力で炸裂するわけだ。


 二人組の彼らは、体内からも発火がはじまり、口から炎を吐いた。力尽きるように膝をつき、すぐに燃えたまま動かなくなる。これで六人。


 僕はだんだん楽しくなってきていた。あまりにも一方的な力の行使。なかなか出来る体験ではない。溢れ出る万能感、満足感に、先程まで確かにあった恐怖は既にかき消されていた。


「ふふっ、あはははははっ、次のゴミはまだか!」


 箪笥、エンドテーブル、食器棚。目につく物に片っ端から火を点けて遊んでいると、横穴からようやく五人まとめて飛び出してきた。そんなので連携をとっているつもりか。これで十一人。十二人ということなので、これが最後かもしれない。

 こいつら、これだけの状況にあって何らの対策もしていない。まあ、相手からすると、ノーヒントで“標的を目視したら詰み”なんていう、出来の悪い怪談以下の状況だ。取れる対策なんてのも、僕ですら“目を塞いでマナで相手を観る”くらいしか思いつかない。他人の金をくすねて飯を食っているような連中に、そんな心眼めいたことが出来るはずもなかろう。

 踊り出てきた五人も、次々としゃがみこんで泣き始めたり、腰が抜けて這いながら裏口へ向かったりしている。壁に頭を打ち付けているやつもいるな。夢だとでも思っているのか。クズどもが、笑わせてくれる。こんなに楽しいのはいつぶりだろう。


 ──その時、ポケットに入れていた“クリッカー”が震え始める。・・・止まらない連打。その意味は“緊急事態”。


 ベルタが、緊急事態?ほぼ同時に、奥側の通路から獣じみた叫び声がびりびりと響いてくる。声の方から何かが飛んできて、べちゃっと湿った音を立てて僕の横を通り過ぎ、転がっていく。人の・・・・・・上半身だけ?


 裏口へ続く通路から来たそれは、鮮血を浴びたチェストプレートを纏い、赤黒い何かが刺さったままのウォーピックを持つ、僕と同じ翠緑みどり色の髪に大きな耳を立てた・・・“何か”だった。

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