11 “王都の休日 II”

──十月十六日、朝。王都、宿屋“鴻鵠亭”。



「九千、八百ミナ・・・」


 僕はいつもの部屋で、いつもの床に財布の中身を広げて見せる。フウがかつてなく大喜びして手形を数える。


「凄いじゃない、半年は遊んで暮らせるわね!」

「慎ましやかにならな。これくらいのあぶく銭、考えなしに使うと結構飛んでしまうもんだ。この部屋だって、一月借りれば三十の三十倍で、九百ミナ前後は飛ぶ」


 それを聞いたベルタは、顎に手を当てて意外そうに言う。


「宿屋というのも結構儲かるものなんだな」

「僕らみたいな太客が入ればね」


 ・・・だが、いつまでも宿屋暮らしのわけにもいくまい。一万あれば、城壁の内側なら小さな部屋が、郊外であらば小さな中古の一軒家くらい買えると思う。部屋や家の購入には臣民権が要るが、僕が契約者なら問題はないだろう。


「そうだな、ここにも世話になったが、近いうち家か部屋を買うのもいいか」

「たのしそう!ぼく飾り付けするよ!」


 ・・・ハナの、飾り付け。嫌な予感しかしないが、盛り上がってるところに水を差すのも悪い。


「そ、そうか。期待しているよ」

「まかせて!」


 嬉しそうに飾り付けを考えるハナを尻目に僕は立ち上がり、窓から組合を見下ろす。人の入りはいつも通りって感じだ。


「今日は仕事を入れる予定はないけど、僕は今から“衛兵司令部の依頼”を見せてもらってくる。お前たちは?」


 すかさずハナが手を挙げる。


「じゃあぼくも行く!」


 残りの二人は・・・フウとベルタの方を見る。フウにもなにか考えがあるようだ。


「ちょっとわたしはベルタと買い物に行ってくるわ。少しお金もらうわよ」

「ああ、わかった」



──────────



──十分後。王都、自警団組合本部。



「まいど。タイレル卿の件はご苦労さま。かなり評価高かったわね、お喜びの声が届いたわ」


 僕はメラニーにサムズアップで返す。そうだろうな。軽く倍にのぼる報酬をぽんと出してくれた。おそらく卿の考える百点満点に近い結果を出したということだろう。


「ところで、今日は姉弟ふたりなの?お揃いの帽子でかわいいわね」

「やったよユリちゃん、きょうだいだって!」

「“衛兵司令部の依頼”を、どんなもんがあるのか見せてもらいたくて。受けるわけじゃないから二人だ。あと姉弟違う」


 いつまでたっても、毎度メラニーのペースには狂わされる。彼女は背後の棚からひとつの紙束を取って僕らに寄越す。


「一応関係者外秘扱いだから、あまり周囲に見えないように。見終わったら声掛けてね」


 ・・・多少の問答があるかと思ったが、メラニーはこと仕事に関して余計なことは聞かないし、言わない。おっとりしているように見えてルールには極めて忠実であり、例外を許さない。役人としては優秀なのだろう。融通の利かない奴という言い方もできるが。


 さて、一覧を見てみる。

 やはり対人系の依頼が多い。特別に凶暴な指名手配犯の捕縛か殺害、王都の地下水道を拠点とする盗賊団グループの調査と排除、西方街道の峠道に出没する山賊の排除・・・変わり種では、南方エルバ川に架かる街道大橋に出没し、通り掛かる人の腕試しをする謎の武人退治なんてのもある。報酬はかなりのピンキリで、下は“王都裏路地巡視パトロール”の百、上は“賊の拠点攻略”の四千ってところか。


 高額な報酬が目を引く拠点攻略系の依頼は、多くが「賊の拠点調査」と「排除」に分かれていて、調査だけこなして帰ってきても四分の一ほどの報酬をもらえるようだ。場所と人数がわかって、無理だと感じたら戻ることも出来ると考えられるな。

 流し見たところ、場所や敵人数の情報が出揃っている依頼も結構多い。腕利きのスカウトを揃えた偵察を専門とする班などもいるのだろうか。多少報酬は落ちるが、比較的安全に稼ぐことが出来るのかも知れない。


 もうふた稼ぎほどしてから部屋でも買うか。


「よし、ハナ、ちょっと蚤の市まで行こうか」

「うん!」


 ・・・やはり、規模からすると十名以上の賊との戦闘が増えると考えられる。準備はするに越したことはない。例のものを買いに行こう。



──────────



──二時間後。王都、“蚤の市”通り。



「あら」

「ふーちゃんにべーやんだ!」

「げっ」


 偶然フウたちに会ってしまい、僕は思わず声に出してしまう。


「“げっ”、て何よ」


 フウが僕の頭を鷲掴み、ぐりぐり押し付けながら言う。


「こういうとこがだよ!・・・えっ」


 僕が手を振り払い視線を上げると、そこにはベルタらしき誰かの姿が。その髪は整え結わえられており、礼服も汚れや皺ひとつないまでに綺麗になっている。


「へえ・・・服を新調しなくても、ここまで変わるものなんだな」

「見た目など大した問題ではない」


 ベルタの言葉を聞いたフウが肩をすくめる。


「本人がこの調子でしょ?でもこれからタイレル卿みたいに、お偉い人を相手にする機会が増えるわけだから、身なりは綺麗にしてもらわないとね」

「そうか・・・では、そうするように努力しよう」

「なるほどな・・・実際、これだけでだいぶ印象が変わった」


 ・・・と、同時に一つ引っかかることがある。どこかで以前見かけたことがあるような・・・


「で、そのオモチャは何なの?」


 フウが僕の手許にある巾着袋を指差す。ああ、これか。ハナが僕の代わりに説明を始めた。


「ユリちゃんが買ってくれたこれ、すごいんだよ!一つたたくと、他のが鳴るの!」

「なるほどね。・・・・・・ユリエル、ちょっと飜訳お願い」


 僕は袋から、さっき買った魔道具を取り出す。


「こいつはクリッカーっていうんだ。見た目はマカロンみたいな魔道具だが・・・」

「クッキーじゃない?」

「そう見えるか?ああ、まあそれはどっちでもいいんだけど、打楽器みたいな構造になっていてね。片方持っていてくれ」


 フウに片割れを持たせ、僕がいくらか後ずさってクリッカーを叩いて鳴らす。すると同時に、フウの持っているクリッカーが鳴る。


「こういうことだ。固有波長の合う晶石を使ったもので、障害物の有無に関わらず、数ミールくらいの距離なら連動して鳴らせる」

「・・・いくらだったの?」

「意外と使えるぞ。さっき今後受けることになりそうな依頼をいくつか見てきたんだが、おそらく四人をさらにチーム分けして対応することも出てくると思う。その時に・・・」

「いくら、だったの?」

「・・・別チームの状況がリアルタイムでわかるとわからないとでは、連携に雲泥の差・・・が・・・」

「いくらだったかって聞いてるでしょうがこのコワッパが!」


 フウが僕の胸ぐらを掴んで振り回す。コワッパって何!?これだから買い物中に、モノの価値のわからない奴に会いたくなかったんだ!


「・・・さ、さんびゃくミナ・・・」

「三百・・・!?」

「値札に千三百ってあったけど、三百ミナ引いてくれたんだよね!」


 ハナがとても楽しそうに訂正する。


「ば、バカ、余計なことを・・・!」


 すっとフウは動きを止め、クリッカーを袋にしまい歩き始める。


「・・・あの、フウさん、それ・・・どうするの・・・かなあ?」

「返してくる。買ったのは角の魔道具屋でしょ?うちのアホ姉弟が間違えて買ったって言えば返品できるでしょう」


 フウが振り向きもしないで答える。まずい!


「待って!フウさん!必要なんだって!本当に!それないとやばいんだってこれから、絶対!」

「離しなさい!すぐ返してくるから!あとで一番いいエロ本一冊買ってやるからそれで我慢しなさい!」

「えっ!?いやっ、そういうのじゃなくてさ!いやほんとまじで!ねえ聞いてよッ!!」


 一連の流れを見ていたベルタが楽しそうに笑う。


「べーやん楽しそう!」

「そうだな、やっぱり、みんなといると楽しい。私はそれだけで充分幸せだ」

「ぼくもだよ!」



──────────



──一時間後、午後。王都東区、ハイネマン通り。



 フウとの言い合いはまだ続いていた。幸いベルタもクリッカーの重要性を認識してくれたため、返品せずには済んだが、やはりフウは価格に納得がいかないようだ。暫くはこれをネタに責め続けられそうだな・・・


「──だからね、いくらなんでもあのオモチャに千は高すぎるでしょう!あなたがぶっ倒れるまで五日間農作業して、ようやく手に入る大金なのよ!?」

「なんでも農作業単位に金額を換算しないでくれ!オモチャじゃなくて、“きわめて高度な”、“最新の”、“魔道具”なんだよ!」

「叩いたら片方に音が伝わるだけでしょう!」

「離れた場所に即座に意思伝達ができるということがどれだけ重要かなぜわからない!これが大量に生産されれば、戦争のようが変わるとまで言われてるんだぞ!」

「そんなの狼煙とか大声でしゃべるとかいくらでもやりようが・・・あら?」

「・・・あれ、あいつ・・・」


 角を曲がると、組合本部前に丸眼鏡の姿があった。僕らを見つけると、手を振って駆け寄ってくる。


「あの丸眼鏡、メラニーの手下の・・・やばい、なんて名前だっけ」


 焦って思い出せない。どうしたものか。


「レッド?」とフウ。

「そんなに赤くなかった気がする」

「マッド?」とハナ。

「大変失礼な奴だなお前」


 間に合わなかった。丸眼鏡は息を切らせながらも、とても嬉しそうな表情をしている。


「ちょ・・・ゲホッ、ちょうどよかった、ユリエルさん!」

「あ、やあ、・・・ッドくん、何か用事が?」

「早くも腰紐ですよ!おめでとうございます!」


 ・・・へっ?


「だれが?」

「ユリエルさんたちがですよ!」

「なんで?」

「昨日の夕方、タイレル卿から礼状が届きましてですね」

「おねえさん、“お喜びの声が届いてる”っていってたね」


 ハナが指摘する。そういえば、うっすらそんな感じのことを言ってた気がする。


「その中に、推薦状が同封されていて、先程まで審査が行われていたんです!」


 僕は初日の説明で、メラニーから腰紐について聞いたことを今更思い出す。

 “評価が上がるか推薦を得るかして・・・”。


「ああ!推薦って手もあったか!・・・でも、メラニーは推薦状があったなんて一言も・・・」

「推薦の上で落ちることもありますからね、ぬか喜びさせないようチーフが気を使ったんだと思います!事実、僕も登録から十数日で腰紐になるって班は初めて見ますし・・・」

「・・・いいぞ、これは。思ったよりかなり早い」


 僕は後ろの三人に振り返る。相変わらずきょとんとしているハナ。いつも通りのベルタ。両手を握りしめ震えるフウ。こんな喜んでいる彼女を見るのは・・・


「・・・やった、やったじゃないユリエルっ!」


 フウがぴょんぴょん跳ねながら僕に抱きつく。・・・えっ?あなた、そういう子でしたっけ?なにこれ、なんかの罠?


「あの、フウ、さん?えーと」


 全員が唖然としている。そのまま数秒が経つ。僕に抱きついたままのフウの顔がだんだん赤くなっていく。あ、冷静になってきたなこいつ。


「ふっ、第一段階はクリアだな、想定より三手は早く済んだ」


 間が持たないので、思いつく限りのかっこいいセリフを言ってみる。

 ・・・無反応だ。困るなあ。

 さらに数秒の後、フウはすっと離れ、無言で僕を殴った。グーで。


「へぶゥっ!」


 やっぱ罠じゃねえか・・・



──────────



──自警団組合本部。



 ドアベルを鳴らし、組合の中へと入る。今でも昼下がりになると人は殆どいないな。カウンターではメラニーが僕らを待ち構えていた。


「おめでとう!登録から一ヶ月足らずで“認定ヴィジル”ってのは異例と言っていい早さね」

「・・・はあ、どうも・・・」


 僕は腫れた頬を撫でながら、おざなりにメラニーへ返事をする。


「意外と嬉しそうじゃないのね・・・ていうかなんでそんなことになってるの?」

「何でもないわよ」


 まだ赤い顔のフウがきわめて不機嫌そうに返す。ほんとなんなんだこいつは。


「・・・よくわからないけど、まあ、とりあえず、事務上の手続きを済ませましょう。応接スペースにどうぞ」



──────────



 粗末なテーブルに、真新しい赤と黒の糸を撚り合わせた紐が四本並ぶ。長さは一ブーティ半(約四十五センチメートル)ほど。両端には金属製のリングがついていて、ズボンのベルトループなどにかけられそうだ。


「はい、“腰紐”です。前から見えるように付けてくれればどういうスタイルでも構わないわ」

「あまり拘束とかには向いていなさそうだけど・・・」

「そうね。実質、飾緒ショクチョとして考えていいわ。一応逮捕用の紐でもあるけど、今では階級を示す意味合いの方が強いの」

「なるほど」


 僕はベルトループふたつを渡すように紐をつけてみる。意外と似合いそうだ。


「すごい、かっこいいね!」


 ハナが腰紐をつけて大喜びする。見ているこっちも微笑ましいが、この子に逮捕権を持たせて良いものなのか・・・いや、あまり深く考えないようにしよう。


「実績を表彰されたりすると、グレードの高い赤と金の紐が支給されるわ。がんばってね」

「あ、それはちょっとかっこよさそう」

「ええー、赤金って趣味悪くない?」


 フウが文句をつけてくる。


「文化の違いというやつだな。王国では高貴な色の組み合わせといわれる」

「ふうん」


 ベルタが僕のセリフを取る。言いたかったのに。

 注目しろということか、メラニーがわざとらしく咳払いをする。閑散としたロビーに少し響いた。


「では、認定ヴィジルになると何が変わるか、簡単に説明します」

「だいたい知ってるけど」

「・・・役人も大変なのよ」


 たった二週間ちょっと前なのに、懐かしいやり取りだ。メラニーと二人で少し笑う。


「まず義務が増えるわ。“目前で発生する明確な犯罪行為、治安擾乱行為への対処義務”。一度スリを捕まえてるからわかるわね。遂行すると手当が出るわ」

「ああ、手当金は内容によって変わるのか?」

「ええ。だいたい犯罪の内容によってベースが決まっていて、それに提出された調書の内容を加味して発給されます」

「高度な犯罪を適切に扱うほど高くなるってことか」


 なかなか難しそうだな。武器を持って暴れてるやつなんかを生け捕りにするのは、その場で殺すよりよほど困難だろう。


「あとは国の発行する“特務”の遂行。これは義務の方に含まれるわ。拒否権は・・・なし!」

「お国の命令には従いますよ」


 手をひらひらさせて答える。実際、特務の報酬である“臣民権”こそが今の僕らの当面の目標だ。発行されて断る理由もない。


「あとは権利ね。まず王国内において犯罪者を捕縛・連行する“逮捕権”の付与。あと腰紐を見せれば衛兵宿舎とか貸してくれるようになるわ。王城の敷地内も、許可されている場所なら立ち入りが出来るようになります」

「へえ・・・寝床には困らないかもだけど、普通に宿屋泊まるほうがいいなあ」


 「そうね」とフウが同意する。浮浪者からは一歩遠のけたようだが、衛兵宿舎に女性を泊めるのはどちらにとっても良くなさそうだな。


「それと、令状が発行されている場合は家宅捜索とかも出来るようになるわ。そのへんはそういう依頼を受けてから詳細を聞けばいいわね」

「そうだな」


 メラニーの表情が緩くなる。


「さて、こんなところね。改めて、おめでとう。認定ヴィジルのみなさん!」


 早くも、目に見える成果が上がってきた。僕は確かな手応えを感じている。まだ、解決すべき問題も少なくはないが・・・



──────────



「“テッド”だぞ」

「えっ?何が?」

「丸眼鏡の名前」

「ああ!・・・なんであの時教えてくれなかったんだ」

「その方が・・・面白そうだったからな」

「・・・たまにそういう茶目っ気見せるよね、ベルタ」

「・・・・・・」

「・・・あの、褒めてないからね?なんで照れくさそうなの?」

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