09 “クレルの森にて”

──十月十日、朝。王都、自警団組合本部。



「・・・あなたたち、一体何やらかしたの」


 組合に入るやいなや、メラニーの詰問を受ける我々一味。


「・・・何かやっちゃったの?ユリちゃん・・・」

「えっ、いや・・・なんだろう・・・」


 とても心配そうな顔で僕を見るハナ。

 なんだ、一体なんのことだ。今までの依頼では成果水増しやらの虚偽報告なんてのはしていない。バルトリア博士に依頼と関係ない質問をしたのも、別に怒られるようなことではないはずだ。あとは・・・数日前の買い物の時にこっそり買ったアレはバレていないはず・・・というか、そんなことでメラニーが怒ってくる理由がない。心当たりがないような、あるような。明らかに平静を欠いてしまっている。汗がだらだらと額を伝う。

 フウがそんな僕の心理を読んだかのように言う。


「あなたの鞄の底板の下に入ってた、裸の女がたくさん描かれている本のことじゃないと思うわ。“勉強熱心”で結構だこと」

「あらまあ、ユリちゃんったらおませさん」

「不思議に思ってはいたが、やはりきみにもそういう欲はちゃんとあったのか」


 てめえなんで知ってるんだよ畜生ッ!

 僕が真っ赤にした顔を手で覆っていると、いつの間にかにやけていたメラニーがようやく続きを話してくれた。・・・はめやがったな。


「議会派の重鎮、商務卿タイレル伯からユリエルくんご指名で依頼が来てるわ。ほんとに何したらこんな大物から・・・」

「げっ、タイレル卿・・・?」


 紅潮した顔から一気に血の気が引く。後ろの三人が顔を見合わせる。


「あら、お知り合いだったの?」

「あ、ああ、以前の・・・執事の仕事で、ちょっとな・・・」


 タイレル卿。王国の商務を取り仕切る重臣の一人で、コリッコリの議会派貴族。自らもいくつかの商会を持っていると聞く。

 王国貴族は概ね国王派と議会派に二分されており、議会派は名の通り賢人議会との繋がりが深い。先の内戦以降は以前にも増して南方領エラニアを敵視しているようだ。

 ・・・色々な意味であまり顔を合わせたくはない人だが・・・と思いながら、フランツが僕に言ったアドバイスが同時に脳裏をよぎる。

 “コネってのもきわめて有用だ”、“使えるものは使え”。

 ・・・上等だ。僕も、汚い大人になってやろう。エロ本を、誰にも見つからずに持ち歩けるほどの。



──────────



──一時間後。王都中央特別区、タイレル卿の屋敷、応接室。



「あァらお久しぶりじゃない、ユーリエルちゃん!あっごめんなさい、今は“ユリエル”ちゃんだったかしら!相変わらずかわいいわね!」

「ご、ご無沙汰しております、閣下」


 唖然とする後ろ三人。そりゃなあ。議会派重鎮とか紹介されて出てきた人が、真っ白に化粧した長身筋肉質の壮年男性だったのだから・・・


「アルフォンソに三行半みくだりはん突きつけてやったんですって?やるじゃない!丁度衛士に空きがあるから、うちに来ない?」


 走り寄ってきて僕の手を握るタイレル卿。生暖かい体温が非常に気持ち悪い・・・誰か代わってくれないかな・・・。この人との会話は、今のところ世界で一番疲れる。


「いえいえ、お気持ちだけで。今は知見を広めるために、仲間と自警団の仕事をしているもので・・・」

「ええ、ええ。びっくりしたわよォ、アルフォンソから、ユリエルちゃんがヴィジルになったって聞いて!そこの山狗やまいぬちゃんたちも、ヨロシクね!」

「はっ、はいッ!」


 ハナが珍しく緊張し裏返った声で返事をする。


「と、ところでご依頼の件ですが」

「せっかちな男は嫌われちゃうわよォ。まあ、あたしはそんなユリエルちゃんも大好きだからいいけどね」


 はあ、やっと仕事の話をしてくれそうだ。


「王都から伸びる南方街道、その脇に“クレルの森”って言われるところがあるの、ご存知かしら?」


 タイレル卿が地図を広げながら、王都の南南東にある森を指差す。


「ああ、一度行ったことがあります。そこの湖が釣りの名所とのことで、アルフォンソ様と」

「あァら、丁度良かったわァ。その森の最奥に古い廃鉱があってねェ、そこの鉱夫宿舎を根城にしている傭兵団がいるのよォ」


 ・・・傭兵団。ついに来たか、この時が。ベルタの方を見る。彼女もこちらに目を合わせ、頷く。


「最近こいつらが、野盗化して周辺を通る隊商を襲うようになっちゃってェ。皆殺しにして欲しいのよォ」

「・・・皆殺し、ですか?」

「そ、見せしめに、ね。報酬は相場通り三千よ」


 恐ろしいこと言うな、この人は。まあ、確かに他の傭兵団に対する抑止効果は期待できるだろうが・・・。


「人数や規模はわかりますか?」

「確実な情報よォ、十五人」

「十五・・・」


 彼我兵力差にして四倍近く。正面から当たるのは無謀だ。


「ああでも安心して、もっと・・・イイ・・・情報が、あるの。とっておきよォ」

「もっと・・・イイ・・・」

「そう・・・そいつらにね、ある隊商の情報を流して襲わせるの。時間は明後日夕方。積み荷は多少の金銭と、“とびっきり強力な蒸留酒アクアヴィタ”。隊商の方の心配はしなくていいわ。全員逃げるでしょうし」


 賊に襲われた際は逃げるよう、隊商に指示してあるということだろうか。


「・・・なるほ、ど?」

「連中、夜中には戦利品で乾杯。大部分がグッスリよ、ウフフフフフフ」


 ・・・納得がいくようないかないような。確かに酒以外に碌な楽しみもなさそうな森の中の傭兵団だ、半分も酔いつぶれてくれれば勝算は立つが・・・僕が彼らなら、隊商を襲った夜なんてのは、むしろ通報で飛んできた衛兵隊による襲撃を想定して警備を強化するだろう。今の話以外にも、何かあるということだろうか。

 それだけじゃない。なぜこの立場にあって衛兵司令部を動かさず、ヴィジルに依頼を?しかもろくな実績を持たない僕らに?それ以前に、隊商を襲うとはいえ、そもそもなんで野盗ごときに商務の長が動くんだ?可能な限り質問をしたいが、この人の機嫌を損ねるのもあまり得策ではなさそうだ。


「ユリエルちゃんに、大きな戦果をプレゼントしてあげたくってね、あたし、奮発しちゃった!」


 そう言い顔の横で手を合わせるタイレル卿。キツい絵面だ。だが、この人の僕に対する善意は本物だろう。陥れて殺そうとするとは考えにくい。なにせ彼に一切の得がない。ここは乗ってみるしかないか。


「・・・ありがとうございます。僕らにとっては渡りに船というやつです」

「ノンノン、お礼は、無事に帰ってから、ね!」


 ああ、その通りだ。油断している時こそ、一番危なかったりする。



──────────



──五分後。王都中央特別区、タイレル卿の屋敷前。



「・・・なんか、凄い人だったわね」


 さすがのフウも引いているようだ。


「あの人が八年前に王太子殿下とエルシダの産業を視察に来たときから、僕はずっと気に入られているんだ・・・」

「それはご愁傷様」

「なんで男の人なのにお化粧してたの?」


 ハナがきわめてもっともな質問をする。


「・・・そう、だな。結構お歳を召した男性ではあるが、心だけは可憐な乙女なんだ」

「ふうん・・・むずかしいね」

「そうだな、難しいな」


 まったく、度し難い。


 ふと屋敷を振り返ると、窓際から僕らを見下ろす卿の姿があった。にこやかに手を振るので、僕はお辞儀で返す。

 ・・・遠目にではあったが、僕には彼の目だけが笑っていないように見えた。考え過ぎだといいが。



──────────



──翌々日、十月十二日、正午。南方街道。



 僕らは前日のうちに、野営のための装備と、全員分の背嚢や鞄を購入しておいた。魔導院の依頼のおかげで、資金的にはまだだいぶ余裕がある。

 クレルの森は王都から南に徒歩で約半日。そこまで遠出ではないが、日帰りで行くのはやや厳しい距離だろう。午前中に王都を出て、夕方までに森に到着、湖畔で野営を開始、詳細な作戦を立て深夜に決行するという大まかな流れを考えていた。


 まだ暖かい陽光にゆるやかな乾いた風、雲がわずかにかかる青い空。丘を越えまっすぐと南に続く街道では、たまに馬車とすれ違う。なんとのどかな光景か。うっかりしていると、貴族の依頼で傭兵団を皆殺しに行く途中だということを忘れかけてしまう。・・・子供三人に、女一人。すれ違う馬車の連中から見ても、そうは見えないに違いないか。戦う相手に、見た目で侮らせる策とか使えないかな。


「──でもね、わたし思うのよ。“大平原ティエラマグナの冒険者”っていったら、一つ目の巨人と戦ったり、北の山に悪い竜を退治に行ったりとか、そういう華々しい活躍をするものじゃないのかしら」

「そういうの、ワクワクするよね!」


 歩きながらフウが熱弁する。王国に広く伝わる“冒険者の物語”。松明と剣を手に、洞窟へ入り怪物モンスターを倒す。大物をやったりしたら、国へ帰って英雄として祭り上げられる。南東にも伝わっているのか。

 冒険者・・・僕も、かつてはそういうのに憧れていたはずだった。


「残念ながら、僕らはしがない自警団員ヴィジルだ。あまり華々しい活躍とは縁がないだろうな。竜だったらこの前見たが、怪物に至ってはお目にかかったことがないし・・・」

「えっユリちゃん竜見たの!?」


 ハナが“発作”を起こしたあの夜のことだ。あまり詳しくは話せないな。


「一週間ほど前、あまり眠れなかった夜があったんだ。ふと空を見上げたら竜がいたよ。淡く光を曳いて、とても空高くを飛んでいた」

「いいなあ!ぼくも見てみたい!」

「“災厄を呼ぶもの”でしょ?王都になんか出てきて大丈夫なの?」

「ただの言い伝えさ。王都では、結構前からちょいちょい目撃されている」


 話をしながらふと、思いを巡らせる。僕らが“自警団員”ではなく、“冒険者”であったのなら。


「・・・悪い竜に怪物か。そういうのがいたらもっと物騒になって、戦争なんかやってる場合じゃなかったのかもしれないな」


 たった四年前には五万を数える、内戦としては破格の規模といえる軍隊がこの場所を行進していったわけだが、今の光景からではとても想像がつかない。僕もその時の一員だったはずなんだが、実際あの頃の風景は、今のものと随分違って見えたと思う。

 そういう僕に、ベルタが夢のない切り返しをする。


「・・・人間の敵はだいたいの場合、違う姿や考えを持つ別の人間か、自分自身だ。怪物というのはそういったものの比喩だろうな」

「バッサリ言うわね・・・」


 自分自身が敵、か。ベルタは、一体どんな人生を歩んできたのだろう。あまり自分の話をしたがるタイプではなさそうだが、いつか訊いてみたいものだ。



──────────



──数時間後、夕方。クレルの森、湖畔。



 僕が以前、主人と釣りに訪れた湖畔近くにて野営を開始する。街道に近く、件の廃坑からはそれなり以上に離れた場所だ。クレルの森は広い。よほど運が悪くなければいきなり発見されたり遭遇したりなどといったことはないと思う。

 まあ、発見されたらされたで、全員倒せば敵の頭数を減らせることになるだろう。・・・考えが甘すぎるかな?


「前回の報酬で道具は揃えられたけど、僕は本格的な野営ってしたことないんだよな・・・」


 今までは近場での依頼がメインだったから、ずっとラクな宿屋暮らしで済んだ。数千人に及ぶ軍の野営ともだいぶ違う。あの時僕がやっていた仕事は、精々が武器の手入れや、主人の茶を淹れることくらいだ。これから街の外での依頼が増えるとなると、そうもいかないだろう。今のうちに慣れておかねば。


「そうなんだ!じゃあ、おねえちゃんが教えてあげるね!」


 急に生き生きとするハナ。おおかたベルタに教わったのだろう。枯れ枝を集めて石を組み、焚き火の仕方を僕に説明し始める。さすがにそれくらいの知識はあるが、付き合ってやるか。


「空気が通るように枝を組んで、乾いた木の皮に火を・・・」


 ・・・点かない。火打ち石を何度も打ち鳴らすハナ。じれったいなもう。


「ほら」


 僕は魔法で直接薪に点火した。それを見たハナの目が潤む。


「・・・う」


 あっヤベっ・・・


「何泣かせてるのよ!」


 フウが僕の頭をはたく。めんどくせえ班だなもう!



──────────



「でも火なんて焚いて、光や煙でばれないものなの?」


 フウがハナの頭をなでながら訊いてくる。


「森の視界ってのは実際の見た目以上に悪い。それに上は林冠キャノピーだ、煙は葉で散らされるだろう。・・・湖の対岸からだけは、丸見えだけどね」

「“本”の知識でしょ?アテになるのかしら」

「ユリエルの言うことも大方間違ってはいない。獣避けにもなるし、意外と、近づかないとわからないものだぞ」


 経験者であるベルタが援護してくれる。ありがたい。


 僕らが焚き火を囲み干し肉とパン、道中もいできた多少の果実で腹拵えしていると、遠く街道の方から人の声とおぼしきものが聞こえてきた。それに混じる音は・・・剣戟か。


「聞こえたか?」


 僕は他の連中に確認をとる。ベルタが焚き火を足で消しながら、音で戦闘の内容を推察する。


「おそらく五から十人の交戦。一方的な戦いのものだな。どうする」

「・・・例の、アレか」


 この日の夕方、街道での戦闘、となると、タイレル卿の言っていた隊商を例の傭兵団がまさに襲っているところなのだろう。ただ、剣戟の音が聞こえる点だけが不可解だ。卿は確か「全員逃げる」と言った。それは襲われた際、全員に逃げるよう指示をしてあるものと考えていたが・・・


「・・・今出ると深夜の作戦に支障が出る。僕らはたった四人だ。一人でも欠けることがあってはならない。完全に静まったのを見計らって現場を確認に行こう」


 全員が頷く。



──────────



──二十分後。南方街道。



「・・・ひどい有様だな」


 皆殺しだ。この馬車二台の小規模な隊商は三名の護衛を伴っていたようだが、おそらくは倍以上の人数によって蹂躙されていた。彼らの剣には血がついている。傭兵団側にも多少の死傷者が出ているか。

 怯えるハナと、それを気遣うフウを少し離しておき、僕とベルタで隊商の残骸を調べる。


「何かわかったか?」


 ベルタが僕に訊く。破壊された木箱の焼印から辛うじて荷主がわかる程度だ。


「“サントゥール”・・・どっかで聞いたことがある気がする」

南方エラニア酒造業者ディスティラーだ。王都でもここの酒をよく見かける。タイレル卿と繋がりがあるとは聞いたことがないな」


 どういうことだ。


「商務卿という立場を使って、自分の懐を痛めずに生贄を用意した、ということか?」


 ベルタが珍しく表情に怒りを滲ませる。


「・・・わからない。相手方に意図を伝えていなかったゆえ起こった“事故”である可能性もある。・・・とりあえず、今は堪らえてくれ、依頼の遂行が最優先だ」


 ・・・もう、後戻りは出来ない。深夜を待ち、傭兵団を壊滅させるしかない。

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