06 “王都の休日”
──十月七日、朝。王都、宿屋“鴻鵠亭”。
ふと窓の外を見る。向かいの組合に出入りする人がここ数日は明確に増えてきた。
「ひまー」
ハナが空になったカップを逆さにして、底に残った茶をすする。はしたない。
「なんか面白いこと言いなさいよ」
フウがベッドに顎を乗せながら言う。無茶いうな。僕は無視して座り直し、所持金のチェックを続けた。
「・・・約、千百。よし、今日は買い物でも行くか」
──“買い物”。その単語をきっかけにフウとハナはガタッと立ち上がる。
「ぃよぉぉく言ったわ、すぐ行くわよ!」
「いきなり元気だな」
「ユリちゃん!はやく!おみせ!しまっちゃう!」
「閉まるか!落ち着け!まだあいてねえよ!ちょっと!ベルタもこいつらを・・・」
あ、ダメだ。今までずっと刀の手入れをしていたのに、その手を止めてすごく輝いた目で鼻息荒くこっちを見ている。・・・この子は、こういう表情もするのか。
僕が立てた方針“千ミナ以上貯まるまでは農作業”のせいで、ここ数日は鴻鵠亭、組合、依頼主の農場以外へ行っていなかった。気分転換にも丁度いいだろう。それに、対人戦闘の依頼を受ける“その時”が来るまでには、まともな装備を整えておかねばなるまい。
──────────
──二十分後。王都、目抜き通り。
「実は僕、王都の店はあんま詳しくないんだよな・・・」
この班には王都に明るいやつが誰もいない。かくいう僕も、ここの魔導学院に通ってはいたが、立地は西の城壁近くだ。ここからはだいぶ離れている。街の中心近いこのへんまで足を伸ばした記憶は殆どない。
ここまでの食事とか生活必需品の調達も、全部組合や鴻鵠亭の周辺で済ませていたのが裏目に出たか。この広大な王都にあって、僕らにとっての世界はあの周辺だけだ。組合で誰か他のヴィジルに聞いてから来たほうがよかったかも・・・
とりあえず無目的に一番広い通りへ出るが、馬車だらけだ。建物もだいたいでかく、なんとか銀行とかなんとか商会本部とかそういうのが多い。小売はやってなさそうだ。ここが金融街ってやつか?王都とその周辺の大まかな地図を鞄から出し、だいたいの現在地を特定する。
「時間はある。目につく商店をゆっくり見て回ればいいじゃないか。楽しいと思うぞ」
思いがけぬベルタの言葉。そういうもんかね。
「ねえ、ふーちゃん、あれなあに?」
「・・・・・・大砲?」
僕もふと彼女らの視線を追う。あっあああ!なんと、なんとそこにあったものは、中央通りに馬車の交通規制をかけ、都合十二頭の馬にゆっくりと引かれ王城の方へ向かう世界最大級の“レクス超重砲”!王国の最先端をひた走る、冶金研究所と魔導院の技術の結晶!黒色火薬に魔素調整をかけ点火することにより、通常の数倍の大きさの砲弾を飛ばし、城壁を、尖塔を、敵兵を、すべてを破壊する、攻城戦における最終兵器だ!その全高は建物の二階を上回るほどにも達する、堂々たる威容!これを見ただけで王国の敵は恐れ慄き、その威光に世界はひれ伏すだろうッ!
──もっとも、南方エラニアとの内戦に投入される予定だったところ、重すぎて開戦四ヶ月後の講和時に至っても、戦場までの道のりの半分も南下出来ておらず、その戦果はこれを牽いた自軍の輓馬計三十頭を使い潰しただけというオチがあるのだが。しかし、これが来るまでの間にエラニアが決着をつけきった、とも考えられる。レクス砲は悪くないのだ!
周囲からもざわめきが起こる。何人かがレクス砲を見に歩み寄っていく。
「しゅごい、ちょう、かっこいい・・・」
僕もすっかり目と心を奪われ、ふらふらと近づいていく。その襟をあの悪魔が掴んだ。ええい、離せ、僕はレクス砲をもっと近くで見るんだ!
「勝手に歩き回るな、小僧」
普段よりだいぶ細い目でフウが僕を威圧する。やばい、殺される。こいつは本気だ。一気に萎縮した僕は、涙目で頷くことしかできなかった。
「楽しんでるようじゃないか、なあ」
ベルタがいつになく楽しそうに僕らを見る。ああはい、こいつに止められるまでは超楽しかったです・・・
──────────
──その時だった。鐘の音。ふたつ・・・みっつ・・・いや、おかしい。
鐘の音は連鎖的に増えていき、僕らを包む空気を揺らす。最終的にはあたり全部の鐘が鳴り始めた。何事だ。
「ね、ねえ、なにこれ・・・」
ハナが怯え、僕に縋ってくる。暑い。
「何かあった、ってことでしょうね」
「しかも、おそらくはただならぬことが・・・」
「弔鐘あたりか」
「滅多なこと言うもんじゃない」
ベルタを諌めたが、僕もそんな気はする。当たり前だが周囲も騒然としている。状況がわかるまでは、あまり動かないほうが良さそうだ。
しばらくすると、だんだん鐘の音が減っていく。王城の方からは、馬に跨ったクーリエがハンドベルを鳴らしながら走ってきた。大声でお触れを叫んでいる。僕はこんな場にあって、へえ、こういう伝え方するんだ、などと考えてしまう。
「・・・まさかの、当たりか。国王陛下がお隠れに、だってさ。一応、周りに合わせてお前たちも黙祷しておいたほうがいい」
僕がみんなに伝える。お触れを聞いた辺りの人々も、次々と王城に向かい、胸に手を当て黙祷を始める。みんな、バーやレストランではあんなに王様のこと悪く言ってるのにな。
僕は違う。きわめて模範的な王国臣民だ。陛下におかれましては、どうか安らかに。おそらく後世の歴史家にはひどいこと言われちゃうと思いますが、どうかお気になさらず・・・
・・・あ、ということは、あのレクス砲、まさか国葬の号砲に使うつもりか?あの超重砲を?・・・国葬とか興味ないけど見に行かなきゃ。
──────────
──一時間後。王都、“蚤の市”通り。
王が亡くなったというのに、完全に街はその喧騒を取り戻していた。まあ、普通に暮らしていればそんなもんだ。天上で人が死のうが殺されようが、僕ら下々にとっては酒の肴程度の意味合いしかない。
僕は先程、所持金を概ね四等分し、各人に必要なものを買いに行かせた。噴水広場に腰掛ける僕はというと、歩き疲れた上に買うものも少なく、すぐ暇になってしまった。
武器も必要ない。服もまあ・・・センスは全否定されてしまったものの、気に入っている。まだきれいだし、しばらくこれで構わない。気になっていた本と、保存食を少々買い足したくらいだ。買いたい物があまりないってのも、結構寂しいもんだな。
革袋から少し水を飲み、立ち上がる。少しは疲れもとれたし、とりあえず、みんなの様子を見に行こう。
一番不安なのはハナだが、まああの二人がついている。あまり変なものは買っていないだろう。たぶん。
僕は適当に露天に立ち並ぶ人々の間を歩き、三人を探す。・・・いた。ハナのエキセントリックな動きはこういうときにわかりやすくて助かる。声をかけ、近づいていく。ハナの服装が明らかに違うな。
「服買ったのか」
「ユリちゃん!どう?かっこいい!?」
ハナは動きやすそうな服の上に、真新しい鋼を革で補強したチェストプレート、真新しい戦鎚?──
「ああ、だいぶ見違えた。馬子にも衣装だな」
「やったよふーちゃん!ほめられたよ!」
「・・・あなた、馬鹿にされてるのよ」
「ユリエルか。見ろ。いいだろ。ハナの膂力なら鎚頭はこのサイズでも問題ない。服装は動きやすさ重視だ。これがパフォーマンスを一番活かせる装備だと思うが・・・しめて五百六十ミナ。二人分も使ってしてしまったな!」
「そ、そうか、奮発したな」
ベルタが、すごくイキイキ喋ってる・・・しかしそういう本人は何も変わっていない。二人分の金額といったか。自分の分まで出してハナの装備を整えたのだろう。
「お前はいいのか?」
「こっちじゃ刀は見かけない。南東でしか作れないから、売っていたところで何倍もする値段だろう。刀の手入れに必要なクローブオイルだけで十分だ」
「いや服とかさ・・・まあ気にしないならいいけ・・・ど・・・?」
よく見ると、刀の緒に、見慣れない小さい猫の根付が揺れている。なんだ、しっかり楽しんでるじゃないか。僕は安心する。
最後にフウを見ると、彼女も服装が王国風のローブに変わっている。
「そのローブも丈夫そうでいいな」
「そういうことじゃなくて見た目の話をしなさいよ、このぼんくらが」
「・・・はい・・・か、かわいいね?」
「うるさい」
どうしてこいつはこう、僕にだけ辛く当たるんだろう。かと思えばノリが一番良かったりするし、正直じゃないというのはわかっているんだが、扱いに困るなあ。
「ユーリちゃんっ」
ハナが横から顔をだす。
「ユリちゃんって言うな・・・って」
その頭にはキャスケット帽。僕のアイデンティティが!頭に血が昇る。
「おまっ、お前ッ、ま、ま、まねするなよ!この!」
「いいじゃーん、おねえちゃんなんだし!やっぱりかわいいんだもん、これ」
ああもう、こんなお揃いの帽子なんて見られたら、誰になんて言われるかわからない!
──────────
・・・僕とハナの様子を見守るベルタがふふっと笑う。少し間を置き、フウが心底呆れたといった顔で口を開く。
「まったく・・・お気楽な連中ね」
「まあいいだろう。こういうことは、できる時にやっておかないと」
「おばあちゃんみたいなこと言わないでよ・・・」
「老人の言うことは聞いておくものだぞ、フウ」
「はいはい、ベルタおばあちゃん」
──────────
──昼過ぎ。王都、“蚤の市”通り。
やたら辛い謎の“極西風シチュー”とやらを出す屋台で昼食を済ませ、人混みの中をゆっくりと鴻鵠亭へ向け歩く僕ら。
かつての僕は、こういう風に友達と街を歩くことなんかしたことがなかった。・・・“友達”。彼女らを言い表すのに、この言い方で合っているのかどうかもわからない。そんなことをぼうっと考えてたら、向かいから小走りで走ってきた男が僕にぶつかる。
「悪いね」
何を急いでいるのか。と思ったら、突然ベルタが刀を一本鞘のまま腰から引き抜きふりかぶる。
「ちょっ、ベル・・・」
「伏せろォッ!!」
初めて聞くベルタの咆哮。周囲の人たちが一斉に頭を庇ってしゃがむ。そのまま刀を投げ、それは走って逃げる先の男の頭へと命中した。柄が後頭部に・・・うわあ、痛いぞアレ。
「あっ・・・スリかあいつ!」
今更気付く僕。ベルタはもう倒れた男の背を踏み、ポケットをまさぐっている。すぐに僕の財布が出てきた。なんという手際だ。僕は彼女に駆け寄る。
「不注意だぞ」
「あ、ああ、うん、すまない。ありがとう」
僕に財布を手渡すベルタ。やはりこの子は違う。本当に頼りになる。
「・・・あっ」
僕はあることに気付く。
「どうした?中の金は・・・」
「“目前で発生する、明確な犯罪行為”」
「ああ!」
ベルタも気付く。フウもぴんときたようだ。というか、実際目の前で発生してみると、ここまで誰も気付かないものなのか。ちょっと笑えてしまった。
・・・一方、ハナだけは相変わらず。
「えっ、なになに?」
「犯罪者の捕縛、自警団の仕事だ。・・・だが、残念なことに僕らはまだ“腰紐”じゃないから逮捕権を持たない。だけど、こいつを衛兵所に突き出すくらいはしてもいいか。普通の市民でもそれくらいのことはする」
王国内において、犯罪者を捕縛し連行する権利──逮捕権。実際、ただのスリくらいなら捕縛するまでもないだろうが、相手がそれなりの戦闘経験を積んだ人間とかになってくると、必要になるか・・・
「そうだな、私が連れて行く。近場の衛兵所は?」
「僕が地図で案内する」
周囲の人がざわつきながらこっちを遠巻きに見ている。騒ぎにされると面倒だし、大きな声でアピールしておく。
「安心してくれ、我々はヴィジルだ!この窃盗犯を衛兵所まで連行する!どうか落ち着いて欲しい!」
すごい、僕、今、自警団してる!なんか楽しいぞ!
──────────
──数時間後、夕方。王都、自警団組合本部。
「あなたたち、お手柄じゃない」
衛兵所で発行してもらった調書の写しを提出すると、メラニーは大喜びだ。そのついでに・・・
「それでね、メラニーさん。これって・・・その・・・対人の“実戦経験”には・・・」
「ならないわよ、ごめんね。でも“遂行手当”──お金は出るわ。ちょっと待ってて」
笑顔での即答。まあ、そうですよね。スリだし。はあ。しかし犯罪者の捕縛は僕らの義務ではないが、一応手当は出るらしい。よかった。
渡された封筒に入っていた手形は、二百ミナ分。今日使った金額、総計八百の四分の一か。まあ、スリだししょうがない。
現在の総資金は約五百。鴻鵠亭のヴィジル部屋は一泊三十だし、まあ、まだしばらく問題はないだろう。
明日こそ、いい依頼が入ってきますように。
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