第4話 緊急クエスト②

警備隊「イナビカリ山にいる全ての方々に連絡します!現在この山は多数のモンスターが出現しており大変危険となっています!慌てずに、今すぐイナビカリ山から下山してください!繰り返します...」

 イナビカリ山に警備隊の拡声器越しの声が響き渡る。山から下山する者の多くの表情は安堵と不安に満ちていた。

警備隊の男「隊長、今回の事態本当にエルダーオオカミの群れがこの山に出現したからなんですか?」

警備隊の隊長「それがだな、私もあまり詳しくは聞かされてないのだが、本部からの指令では一般の山での特定危険生物の出現。地域住民の避難誘導って話だ」

 警備隊の男は納得のいかない表情で質問を重ねる。

警備隊の男「気になったのですが、特定危険生物ってこんな田舎の山に出てくるものなんですか?」

警備隊の隊長「うむ、この仕事をしてきた中でこのような経験は初めてだ。気を引き締めるんだぞ。この任務、何故か嫌な予感がする...」


キース(む、この先の気配は...)

キース「やはり警備隊か、本部要請があったんだな?」

警備隊の隊長「これは、冒険者殿。我々はクロムンド第3管区警備隊のものです。御察しの通り本部要請により参りました。あなた方は依頼を受けてここにいるということでよろしいですね?」

キース「ああ、そうだ。この様子じゃろくに指令内容も聞かされてねえな?」

警備隊の隊長「...何やら雲行きが怪しいですな」


警備隊の男「何だって!?エヴォルドオオトカゲだって!?樹海の奥にいるような奴が何でここに...っていうか準災害級クラスのバケモノだぞそれ!」

警備隊の隊長「...その話が確かなら、応援を呼ばねばなるまいか...いや、本部がこのような片田舎に応援を寄越すとは到底思えん」

キース(エヴォルドオオトカゲ、好んで肉食獣を襲う偏食家の異名を持つオオトカゲ、捕食した生物の習性を引き継ぐという厄介な能力を持ち、100年近く生きる個体も確認されている。長く生きれば生きるほど厄介になっていくが...まだ幼体なら手の付けようはある)

警備隊の隊長「なるほど、エルダーオオカミは奴から逃げるために偶然このような場所まで来たわけか、それならこの事態も説明がつく」

キース「まだ確証があるってわけじゃねえが、あんたらはその可能性も視野に入れて活動してくれ。本部に連絡もしないでいい、話がややこしくなる」

警備隊の隊長「その通りにいたしましょう、あなたはどうするのですか?」

キース「相方を探しに行く、まだそれほど遠くにはいねえはずだ」

 キースは警備隊達と別れると山頂へ足を急がせた。


ザック「おい、今どこら辺だ!?」

ザックの一味「わ、わかんねえよ〜、こんなとこ来たことねえよ」

ザック「ち、どいつもこいつも使えねえ」

ザックの一味「ざ、ザック...ま、前」

ザック「ああ!?」

 ザックが振り向くとそこには体長がゆうに10メートルはあるかという巨大なトカゲがこちらをじっと見つめていた。

ザック「う、うわあああ」

 巨大なトカゲはその場から離れようとしなかった。

ザック「な、何でえ!俺にビビって固まっちまったんじゃねえか!?」

ザックの一味「さ、さすがザック!脅かしやがって、図体だけのトカゲ野郎め!」

タクヤ「やめとけ」

 背後から現れた声にザック達よりも早くトカゲが反応する。

トカゲ「グオオオオオオオオッ!」

ザック達「ひえええええええ!」

 気絶するザック達を横にタクヤが足を進める。

タクヤ「そいつはお前ら程度じゃ食った気にならねえから動かねえだけだ。歯ごたえのある奴をご所望か?俺を食ったらお前の歯が砕けちまうぞ?」

 遠くの影から覗いていた少女がその様子を一部始終見ていた。

謎の少女(な!?死ぬつもりか?あの男!)

トカゲ「オオオオオオオオ!」

 とてつもなく大きなうなり声がイナビカリ山に響き渡る。その個体はまさに準災害級にふさわしいものだった。


キース「嫌な予感が的中しやがった!この威圧感、間違いなくエヴォルドオオトカゲだ!それも相当年食ってやがんな!」

 キースは最大限の速度で頂上へ向かう


タクヤ「キースの野郎、厄介なもん押し付けやがって、後で酒樽ごと奢らす!」

 その言葉とともに無数の牙がタクヤを襲うが剣先で紙一重軌道をずらし交わすタクヤ。巨体からは想像もつかない速度で追随し前足の鋭利な爪をタクヤの頭上から振り下ろすが、タクヤは体を捻らせそれも去なす。空中で身動きが取れないタクヤを見計らい長い尻尾を打ち付ける。これも逆に足場として利用し躱すどころかトカゲの背部に一太刀の一撃を入れた。だがタクヤの一撃も硬い皮膚に通らずに刀は刃こぼれを起こす。

タクヤ「かってえ、これじゃ全く刃が通らねえ」

トカゲ「グオオオオオオオオ!」

 タクヤは自らの剣を投げ捨てると、肩を鳴らし始めた。

タクヤ「うるせえぞ、トカゲ風情が。なまくらになっちまったじゃねえか、どう責任取るつもりだ?」

トカゲ「グルルル」

タクヤ「...知ってっか?剣が通らねえなら打撃だ。ガサツなスタイルだが、勘弁な」

 タクヤから憤怒のオーラが漂い始める。

タクヤ「久方ぶりの喧嘩スタイルだ。楽しませてくれよトカゲ野郎」

 タクヤはトカゲの脇腹に瞬時に移動し一撃をかます。鈍い音とともにトカゲの図体が一瞬宙に浮かび上がる。トカゲは効いたのか、後方に飛び衝撃を減らした。そのまま、反動を利用した前足の重い一撃を真っ向から受け止めるタクヤ。

タクヤ「その程度か?トカゲ野郎!」

 次は俺の番だと言うかのように攻撃体制に入るタクヤ。そしてその猛攻は長く繰り返された。


キース「タクヤ!無事か!?援護する...って」

キース(何なんだ、この戦いにどう入りゃいいってんだよ...)

 キースの目の前で繰り広げられていたのは、最早並の冒険者が参入できるような戦いの光景ではなかった。その様はまるで災害と災害のぶつかり合いだったと当事者は語る。

謎の少女(ゴクリっ)

 離れた場所で戦いを見つめる少女が唾を飲む。

キース(こんなふざけた話があるか?相手はB+級はくだらねえ準災害級のモンスターだぞ?こんなのは冒険者の戦い方じゃねえ...タクヤは何者だ?)

 ただ目の前に広がる光景の疑問だけがキースの思考を埋め尽くしていた。

タクヤ「次でラストだ、俺の一撃防ぎ切ってみろ」

 トカゲは全身から棘を生やし全身を硬質化させた。

タクヤ「まだそんな手を隠し持ってやがったか、面白えいくぞ!」

 タクヤは拳を固く握り締め、全身を硬質化させたトカゲに向かい一直線に走った。

タクヤ「おらああああああああ!!」

 その咆哮と共にタクヤの拳が硬質化させた外装を突き破った。

タクヤ(...あぁ、二週間は筋肉痛だなこりゃ)

 絶命するトカゲを横目にキースはただただ呆れたという顔で見届けた。



キース「なあ、タクヤお前一体何者だ?」

 巨大なモンスターの亡骸の横で座り込むタクヤにキースが尋ねる。

タクヤ「ん?何者ってどういう事だ?」

キース「馬鹿!俺は今何を見せられてたんだよ!どこに準災害級を素手で倒せる奴がいるんだって聞いてんだ!」

タクヤ「久々に滾ったいい戦いだったけどな、あいつそんなに強かったか?」

 キースは頭を抱える。

キース「あのなぁ、質問に質問を重ねんなよ、クエストカウンターになんて報告する?エルダーオオカミは噛ませでした。本命がいましたが準災害級のモンスターでした。あはは、でも問題ありません!素手で倒しました!ってアホか!!」

タクヤ「キース...大丈夫か?」

キース「うるせー!ほっとけ!これがまともでいられるか!」

 そうこうしている間に警備隊がやって来た。

警備隊の隊長「冒険者殿...これは一体」

 キースは頭を抱えたまま、警備隊に全てを打ち明けた。


警備隊の男「準災害級を素手で!?幾ら何でも作り話がすぎるだろ...それは」

キース「俺も信じたくねえよ、でも間違いねえこの目で見たからな」

 警備隊はまだ信じられないようにざわざわとしていた。

警備隊の隊長「その話が本当ならば...あなたは何者なのです?」

 タクヤがそう言われてもという顔をする。

キース「本人が自分のヤバさを分かってねえからどうしようもねえな」

タクヤ「あ!そういえば、あんたら道中こんなおっぱいのお姉ちゃん見なかった?」

 タクヤは巨乳をアピールする。

警備隊の隊長「ああ、その子なら我々が保護して今頃無事に下山していると思うよ」

 隊長は平然と答える。

警備隊の男「隊長!」

 隊長は我に帰り

警備隊の隊長「あ!すまん!今の忘れてくれ!」

 タクヤはニヤニヤ笑いながら

タクヤ「これはこれは、隊長さんのムッツリさが判明してしまいましたなぁ」

警備隊の隊長「お、お戯れを!私には妻子が居ります故!」

 隊長は真っ赤になった顔を見られまいと必死になっていた。

タクヤ「はっはっは、んじゃ一緒にあの気絶してる連中を連れて帰ってくれるか?」

 タクヤは気絶したザックたちを指差した。

警備隊の隊長「ええ、承知しました」

タクヤ「ああ、それと...」

 タクヤが誰もいない場所を見る。

タクヤ「俺たちが酒場から出た時からずっと後を追って来てるお嬢ちゃんも一緒に連れ帰ってくれ」

 その言葉とともに、茂みの中から黄色の長髪の少女が現れた。

謎の少女「い、いつから気づいてたの?」

 少女は警戒した様子で尋ねる。

タクヤ「言ってんだろ、酒場にいた時からだよ。言っとくけどキースも気づいてるぞ、お前隠れるの下手すぎ」

謎の少女「うっ」

 少女はがっくしとした様子で言葉を詰まらせた。

警備隊の男「お嬢ちゃん、この山は危ないから僕たちと下りよう」

謎の少女「触るな!」

 少女の強い拒絶に警備隊の男が怯む。

キース「おいおい、何もそこまで嫌がることないだろ?」

謎の少女「私に触れていいのはライオットさんだけだ!」

キース「あん?誰だよそれ」

謎の少女「ライオットさんは...私たちスネークヘッドのリーダーだ!お前らなんかよりずっとずっと強くてかっこいいんだからな!」

 キースの眉間にシワが入る。

キース「おいガキ、何のことだか分かんねえけど腹立つから一発なぐ...」

 タクヤがキースの前に手をやる。

タクヤ「スネークヘッド...お前は裏切られたって聞いたが?」

 少女の顔が強張る。

謎の少女「わ、私は裏切られてなんてない!ライオットさんは私を信用して...」

 少女はそれ以降黙り込んでしまった。

タクヤ「めんどくせえ、まあどうでもいいけど」

警備隊の隊長「何か事情がおありの様子ですね」

タクヤ「ああ、ガキの考えてることなんか訳分かんねえ...それに分かりたくもねえ」

 話の中、警備隊の男が勢いよく走って来た。

警備隊の男「報告します!残りのエルダーオオカミの群れが一斉に山頂へ向かってます!その数約30頭はいるかと思われます!」

警備隊の隊長「な!30頭だと!?」

タクヤ「ここに向かって来てるってのか?」

謎の少女「っ!」

 警備隊がざわつき始める。そんな中一人の男が冷静に言葉を発した。

キース「タクヤだな、あれだけ強い電磁波を出し続ければそうなるわな」

タクヤ「はあ、連戦はおじさんにはこたえ...」

キース「俺が行こう」

 キースがタクヤの言葉を遮り歩みを進めた。

タクヤ「何でえ、やる気じゃねえか」

キース「ガストレアでいい格好して出て言った矢先、何もせず帰るのはな...。それに、タクヤにばかり良い格好させる訳にはいかん」

 キースはニヤリと笑うと背中の長刀を振り下ろした。長刀は唸り空を切る。

タクヤ「んじゃ、任せるわ。今夜は予定があるからなるべく早くで頼む」

 キースはタクヤの言葉を聞いた後、何も言わず走り去った。

警備隊の隊長「馬鹿な!無謀です!30頭のエルダーオオカミなどB級の冒険者一人でどうにかなる相手ではありません!」

タクヤ「え?そうなの?キースってB級冒険者なの?」

警備隊の隊長「何ですって!?、今まで知らずにいたのですか?彼は我々の間でもかなり有名な冒険者です。しかし無謀です!あなたが助けに行かねば彼は!」

タクヤ「ふ〜ん、ならA級って奴だったら?もしキースがA級に匹敵するぐれえの実力があればどうだ?」

警備隊の隊長「うっ...A級クラスならば何とかなるでしょうが、彼は紛れもなくB級クラスの冒険者です!冒険者名鑑にもそう載っています!」

タクヤ「その名鑑が出来たのは何年前だ?AとかBとか俺はよく分かんねえし、興味もねえけど、あいつの纏ってるオーラならあの数を相手出来るだろうって俺は感じたぞ」

 警備隊の隊長は唖然とした様子でそれ以上話さなかった。

警備隊の隊長(何なんだ?本当に何者なんだ?この二人は?)

謎の少女「...。」


キース「悪いな、ちょいと時間かかっちまった」

 オオカミの返り血を浴び血だらけになったキースが帰って来た。

 警備隊はただただ唖然としていた。

警備隊(ほ...本当に帰ってきた)

タクヤ「遅えぞ!もうちょっとで寝ちまうとこだったわ!」

 キースは疲労困憊の様子でハイハイと流した。帰って来た警備隊の男が興奮した様子で叫ぶ。

警備隊の男「エルダーオオカミ!一匹残らず全滅してます!凄い、凄すぎます!」

警備隊「うおおおおお!」

 警備隊の歓喜の声が山中にこだまする。キースはだから言ったじゃねえかと溜め息をつく。

タクヤ「あ〜疲れた、早く帰ってレインちゃんに報告してやろうか!酒も飲みてえしな!」

キース「違いねえ」

 二人は騒ぐ警備隊の間を通り、その場を後にした。謎の少女はその後を必死に追いかける。離れてゆく者達を見届けながら隊長は

警備隊の隊長「...素性は分からないが、彼らはこの国で何かすごいことを成す気がする」

 そう呟くと、ハッと我に帰ったように叫ぶ。

警備隊の隊長「コラー!君達!この死体の山を何とかしなさーい!」

 そうしてイナビカリ山に隊長の声が鳴り響いた。


                         第4話 緊急クエスト②


















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