第46話 仮面も告白①

 翌日の夕方遅く、類は帰宅した。疲労の色を浮かべている。


「類くん、おかえりなさ……片倉さんも、一緒だったんですね」

「うん。大阪で、いろいろあってね。あーあ、大変だった」

「こんばんは、さくらさん」


 玄関で類が靴を脱いでいると、聡子もやって来た。


「片倉さん、いつもお世話になっています。おかえり、類。大変って、まさか武蔵社長と衝突した?」

「衝突。そんな壮絶なものではなかったけど、まあ口論にはなったね。特に、片倉さん方面が」


 思わせぶりな発言をするので、さくらは焦った。


「片倉さんも、上がってください。時間があるようでしたら、ごはんにしませんか?」

「いえ、私はここで」

「ごはんは、人が多いほうが楽しいよ。さくら、にぎやかなのが好きだし。母さんも、食べてから東京へ帰るんでしょ」

「ええ。明日は朝早くから仕事だし、今夜中には東京へ。私は、せっかくだから食べさせてもらうわよ。涼一さんには悪いけど、さくらちゃんの手料理♪」

「三人分も四人分も変わりませんので、ぜひどうぞ」


「さくらの手料理は感動ものだよ。最近は健康志向になっちゃって、味付けがちょい薄だけど」

「類くんのためです。あと、素材のよさをいっそう味わうための、あえて薄味」

「あー、はいはい」


 四人はダイニングテーブルの席に着いて、乾杯した。おとな組は聡子が買ってきたビール、未成年はお茶で。


 今夜は和食。白菜と豚肉の煮物。豆や根菜いっぱいのひじき。ネギとおとうふのお味噌汁に白ごはん。おとな組のおつまみのために、ツナ缶を開けてマヨネーズで合え、冷凍庫の自家製ミートソースを少量チンして、二種類のディップを急いで作った。食パンをカリカリに焼いて添えれば、色どりもきれいな副菜の完成である。


「おつかれー」

「みなさん、おつかれさまでした」

「類くん、片倉さん。おかえりなさい」

「さくらちゃん、ほんとうにおめでとう」


「母さんがあまり時間ないだろうから、結論から言うよ。事務所側、というか社長に、入籍を認めさせた。柴崎類、用意が整い次第、さくらと結婚します」

「ほんとに、類くん?」


「痛み分けだった。片倉さんが全責任を負って、事務所を退職することになっちゃった」

「ええ? たいしょく?」


 さくらと聡子は同時に驚いた。


「次にルイのスキャンダルがあれば、責任を取る約束でした。さくらさんの妊娠を、止められませんでした。ですが、悔いはありません。おふたりには、しあわせになっていただきたいです」

「秘密にしておくつもりはないし、ぼくから世間に公表するよ。すぐにばれるだろうから、どうせなら早いほうがいいでしょ。ふふっ、大々的に醜聞扱いされるだろうなあ。『清純派モデル北澤ルイ、婚約発表直後にやっぱりでき婚!』『来春パパ』なんてね」

「『でき婚』。ああ、いやな響き。婚約じゃなくて、春のうちに入籍させておくべきだったかしらね」


「で。片倉さんは、このあとはどうするのさ」


 類の問いかけに、片倉は箸を置いた。


「京都の実家へ戻ります」


「実家って、東山の病院ですよね」


 さくらは尋ねた。


「はい。いずれは、医院を継がなければならないと考えていましたので、母のもとで助手を務めます。さくらさんの出産も手伝います」

「へえ。片倉さん、とうとう産婦人科医になるんだ、さくらのアレ見たさに」


「類くん、なんてはしたないことを」

「そういうことでしょ。出産ともなれば、下半身おっぴろげで隠すものもなし。堂々公開。このぼくが一年半もかかって、ようやく拝めたさくらの大切な場所を、片倉さんは手を突っ込んで観察するんだね、やだやだ」


 類は嫉妬で凝り固まっている。


「元気な子どもを生むための診察です。類が想像しているような、いやらしい筋のことではありません」

「本音はどうだか。片倉さんも、さくらに好意を持っていること、前からとっくに知っているんだよ」


 ずげずけと指摘された、片倉の顔は真っ赤だった。


「でも、さくらはぼくのもの。毎日毎日仕込んで、ようやく胤が根づいた。誰にも渡さない」

「はいはい、それぐらいにして。類の気持ちは、みんな理解しているんだから。武蔵くん……社長だって、片倉さんをさくらちゃんのそばにつけておけば安心だって思ったのよ、きっと。赤ちゃんごと、みんなをしあわせにしてよ?」


「もちろん。ぼくに関わる、すべての人をしあわせにしてあげる覚悟で、ぼくは生きているよ。もちろん、母さんのこともね」


 類のほほ笑みに、聡子は動揺を明らかにした。持っていた箸を床に落とした。

 いけない、聡子の暴走を止めなければと思ったが、少し遅かった。


「類……あのね。実は話が」

「お母さん、追加のビールを持ってきましょうか! それとも、ワインにしますか。片倉さんは、どうします?」


 唐突にさくらが叫んだので、類はあやしんだ。


「さくら。今、母さんがなにか言いかけた。ちょっと待ってて」

「や、でも。私、類くんが好きだから。どんな類くんでも、類くんだから。もう、絶対に離れないよ。母子でしがみつくから、全力で」

「当たり前だよ、今さらなにを。ぼくだって絶対に、さくらを離さないよ」


「……妊娠中は、情緒不安定になると言います。大目に見てください、類」

「あー、ぼくが悪者ってか。そうですか」


 つまらなさそうに、類は立ち上がった。イスを蹴る。


「類くん、どこへ行くの」

「ちょっとベランダへ出るだけ。暑くなっちゃった。風に当たってくる」

「待って、私も」


 さくらは立ち上がりかけたが、その動きを聡子が制した。


「言うわ、私。フェアじゃないもの。類なら、理解してくれる。武蔵くんが、どうして類に固執しているのか、教えたい。類に、武蔵くんのことを知ってほしいの。あのふたりの絆を、断ちたくない」

「さとこさ……」


 類を追いかけ、聡子は上階のベランダへと出てしまった。黙っていようと、決めたのに。

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