第39話 覚悟と決意と将来と②
さくらには、いくつかの検査が待っていた。診察を受けた。採血もあった。
普通の妊婦さんならば、とっくに調べているようなことも、さくらには全部はじめてだった。
午後。片倉文子女医の丁寧な診断を、さくらは受けている。
「よし。妊娠四ヶ月後半。十五週ってとこ。北澤くんの話を信用して、来年の四月八日が出産予定日」
「四月……」
前置胎盤の話も聞いた。
「安静にね。信号が変わりそうとか言って、走ったりしちゃだめよ。重いものも持たないように。お米とか買ったら、北澤くんに運ばせて」
片倉の母である文子医師はざっくばらんで、とても楽しい。北澤ルイのファンだという。
「本物の北澤くん、初めて見た。すてきね。あれだったら、女の子は誰でも騙されるわ。さくらさんも、うっかり騙されたクチ?」
さくらは類とのはじまりを、かいつまんで話した。
「義理のきょうだい! 兄と弟で争って。うわあ、テレビのドラマみたい」
「いえ、私がはっきりしなかったからです」
「でもねえ、あの北澤くんとくっついたんだし、あなたが最強。で、今後はどうしたいの?」
「生んで、育てます」
「ふたりとも大学生。北澤くんは有名モデル。それでも、がんばるのね」
「はい!」
「よし、いい決心。北澤くんも同じだった。迷いなく、生んで育てるって返事。私、援護するわ。親御さんは理解あるようだって聞いたし、やっぱり大変なのは大学と事務所か。ねえ、味方になってあげてよ、あほ息子?」
カーテンの向こうから現れたのは、スーツの上に白衣を着た片倉だった。
長身をかがめ、恥ずかしそうに照れている。目が真っ赤だった。寝ていないのか、それとも泣いていたのか。
「こんにちは、さくらさん。失礼ながらお話、途中から聞かせていただきました。まずは、妊娠おめでとうございます、と言うべきなのでしょうが……私は複雑で……すみません」
「いいえ、祝福されない覚悟はできていました。だって、ただの婚約中。結婚前の発覚。それに、片倉さんには妊娠しないよう、あれほど警告されていましたし。ごめんなさい」
「類のしつこさには負けました。いつか、さくらさんが傷つくのではないかと危惧していましたが、さくらさんも、類との道を選んだのですね。いいと思います。あとは……」
「社長さんの、説得ですね。私の存在、世間には隠してくださっても構いません。片倉さん、どうか類くんの力になってください。お願いします、私なんでもします。必ず、がんばりますので」
片倉は、顔に困惑を浮かべていた。それでも、さくらは引かなかった。ここでおびえてどうする。
「お願いします。私、類くんのためになりたいんです。彼に家族ができることは、とてもためになると思います。類くんの、新しい魅力が見つかるはずです。モデルさんとしても、人間としても、これから絶対に成長します!」
「ちょっと、ばか息子。女の子に、ここまで言わせておいて、だんまりなの? ほらほら、なんか言ったらどうなの」
「べ、別に、そういうわけでは」
「そういうわけも、どういうわけもないでしょ。これだけさくらさんが覚悟を決めているんだから、あなたも覚悟を決めなさい。社長に反旗を翻す勇気、持ちなさい」
「は、はい」
冷静沈着なあの片倉が、母の前ではたじたじである。失礼ながら少し、笑ってしまう。
「ごめんなさい。でもちょっと、おもしろいです」
「素直だねえ、さくらさんは。あの北澤くんに愛される理由がよく分かるよ。こんなかわいい子が、うちの息子のところに来てくれればよかったのに、まったく。はあ、不甲斐ない。そんなんだから、若い北澤くんに先を越されるのよ」
「は、はあ……」
「学歴があるのに、医師免許も持っているのに、余るなんてありえないわよ!」
恐縮しきってしまった片倉は、肩をさらに縮め込ませてしまった。なんだか、悪いことをしたような気もする。
罪悪感を覚えたさくらは、懸命にフォローを考えた。
「片倉さんの存在は、ほんとうに助かっています。片倉さんがいなかったら私たち、とっくにうまくいっていなかったと思います。ありがたいです」
「ふーん。うちの息子も、役に立っているってわけね」
「もちろんです。私は、片倉さんを信頼しています」
「あらら、この信用度。無茶なことはできないわね」
片倉は顔を真っ赤に染めていた。なんだか、かわいい。年上なのに、こんな反応は新鮮だ。
「ルイのためです。社長には、私からまず話を入れましょう。いずれ、大口論になると思いますが」
「覚悟の上です。類くんの赤ちゃんは絶対に生みますので、それをはっきりと伝えてください。私も、社長さんとは直接話がしたいので、いずれ近いうちに会えるよう、段取りをつけていただけますか」
「北澤くんとさくらさん、らぶらぶだね。この勢いで、ふたり目三人目と、ばんばん行っちゃいそう」
「ふ、ふたり! さんにん」
あっけにとられた片倉は、放心していた。さくらも全力で否定した。
「ありません。ありませんから! 今はまだ、そんなずっと先のことなんて、考えられません」
ふたり、さんにん。気が遠くなりそうだ。
「ま、若いっていいわね。楽しそう。波に乗り切れない息子は不憫だけど自業自得よね、うん。色恋に奥手な」
「母さん、それ以上は」
「北澤くんを見習いなさいって。若くて忙しいのに、こんなにかわいくてまっすぐなお嫁さんをゲットして。偉いわ、うらやましいわ、ほんとに」
「でも、まだ結婚していませんので。今はただ、ふしだらな妊娠というか、だらしない状況で恥ずかしい限りです」
「愛し合っているふたりが早く円満入籍できるよう、段取りしてあげなさい。史人」
片倉の下の名前は、史人(ふみひと)というらしい、初めて知った。
「迷惑ばかりかけてすみません、片倉さん」
「あなたが進もうとしている道は、険しい茨の道ですよ。正直申し上げて、類は過去に女性問題でいろいろとやらかしましたし、実際ここの医院でも……」
「史人!」
「……先日のような、嫌がらせもまたあるかもしれません。それでもいいと、おっしゃるのならば」
「はい。負けません」
類のため。おなかの赤ちゃんのため。さくらは決めていた。
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