第34話 必ず守るから①
九月も後半になってから、類はようやくさくらの待つ京都へと帰京した。
もっとも心配なことは体調だったが、本人も自覚したので悪くなるということはなかったらしい。急いで、類の夏休みの課題に取り組む。さくらも手伝った。
***
十月。
後期の授業が本格的にはじまった。
冒頭こそはガイダンスだの受講申請だのと忙しかったが、中旬ともなればすっかり落ち着いた。
類も、生活に慣れてきたようで、毎日元気。上京仕事は隔週に減らされ、そのぶん関西での仕事が増えた。大阪や神戸での撮影ならば、夜には必ず帰って来きてくれることがうれしい。
平日の、とある夕方。
祥子の誕生日祝いをしようという話になり、さくらは西陣の町家へ向かった。
類はあいにく、急な撮影の仕事が入ってしまったので参加できなかったが、夜遅くはならないよう、しつこく何度も釘を差された。
「こんにちは」
久々の町家は、懐かしくさえある。準備を手伝う気でいたのに、ほとんどの料理は並べられていた。持参したエプロンの意味がない。
「祥子さんの誕生日祝いなのに、祥子さんが準備するなんて妙ですよ」
祥子は勢いよく首を振った。
「ちゃう。作ったんは玲。いつもはせえへんのに、本気出すとこれや」
「すごい、全部」
ちゃぶ台の上には、超本格的なパーティー料理。和洋中絡めたバラエティ豊かな各種料理。
ただし、ほとんどがお酒のつまみ。本日の主役でお酒好きの、祥子への配慮だろう。
「もちろんケーキも焼いたで、玲が」
「食べたこと、あります。玲が作ったケーキ、くらっと眩暈がするほど美味でした」
「玲は器用やさかい」
「うんうん、分かります」
「そこの女子ふたり。さっそくはじめよう。さくらは、門限があるんだろ」
おくどさん(キッチン)から、玲が顔を出した。
「八時までには帰って来いって。仕事の自分より遅かったら、おしおきだって」
「十九歳に午後の八時指定か。相変わらずの束縛、いや拘束だな」
半眼になった玲は、缶ビールのプルトップをぷしゅっと開けて祥子に手渡した。
「乾杯しよう。祥子、誕生日おめでとう。えーと、次は何歳だったっけ?」
「あほか。女の歳は、訊ねるもんやない」
「そうでした。では、かんぱーい。おめでとう、祥子」
「おめでとうございます。祥子さん」
とぼける玲に、突っ込む祥子。この町家の空間は、相変わらずだった。
さくらもお祝いのことばを唱和した。ただし、ジンジャエールで。
パーティーは、わいわいと和やかに進む。途中、祥子の父・高幡春宵も参加して賑やかな会になった。にぎやかなのは、楽しい。さくらはしみじみと雰囲気をかみしめた。
しかし。
「ん? さくら、飲んではる? なんか、食も進んどらんように見えるで」
「飲めませんよ。早生まれの私は、まだ未成年です。祥子さんこそ、ちょっと飲みのペースが早過ぎません?」
「うちはええねん。家はすぐやし、今夜はなあ、特別に泊まってもええって、玲が」
「そんなことはひとことも言ってない」
「つれへんなあ。あれ、さくら。顔色も?」
実は今日、町家へ来る前から、なんとなく体調がおかしいなと感じていた。
そこに、食べ物やアルコールの匂いで、頭がふらふらしてきたところだ。せっかくの祥子のためのパーティーなので我慢していたが、限界になってきた。
「すみません。少しだけ、休みたいです」
「だいじょうぶか、横になれ。布団、敷こうか」
「ごめん、玲。迷惑かけて」
「無理するな。お前はいつもがんばり過ぎだ。今日だって、体調が悪いなら来なくてよかったんだ」
「数時間だから、だいじょうぶだと思ったんだけど。にぎやかなの、すきだし。ごめんなさい……」
さくらは玲の布団で横になった。頭が痛い。吐き気が止まらない。体温計を使ったら、微熱があった。夏の疲れ、だろうか。
「救急、連れてこ。玲、うち病院へ電話するさかい」
「ああ。頼んだ。俺はさくらを担いで行く」
「さくら、歩いて行けるとこに救急病院があるんや。念のため、診てもらうで」
ぼんやりとしているさくらの前で、すべての事象がてきぱきとこなされてゆく。
「せっかくのお誕生日に、ごめんなさい祥子さん。玲も、お料理を作ってくれたのに」
「そんなん気にせんといて。女の身体は繊細や。誕生日パーティーは、改めてもう一回すればええで」
「祥子は、なにか理由をつけて飲みたいだけだろうが。さくら、今晩はひとりじゃなくてよかったな」
「うん。ありがとう、ふたりとも」
心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいだ。やさしさが心にじんわりとしみてきて、痛いぐらい。祥子の誕生日イベントを潰した挙句、病院へ連れていってもらうなんて。ばかなさくら。なにをしているんだろう。
「類に、連絡するか」
「だめ、それだけはだめ。仕事中だもん。ふたりがいてくれているし、私はなんとかなる。私のことで、類くんを惑わせないで。どうしても連絡するならせめて、診察が終わってからにして。なんでもないかもしれないし、単なるカゼかもしれないし」
「分かった。だが、もしものときは連絡する」
さくらは、玲におんぶされて最寄りの救急病院へ運ばれたらしい。途中から意識がなかったので、覚えていない。ぐったりしていて、とても重かったはずだ。
***
さくらは、うとうと、していた。
類が、さくらの身を心配そうに、覗き込んでいる姿を見た。手を握ってくれて、ずっとついてくれている。類は仕事だったはずなのに。
それを、自分が傍観しているなんて、おかしな構図だ。まさか、自分は死んだのかとさくらは驚き、震えた。
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