第27話 天下分け目のファンファーレ!④

「冷酷……ですね」

「俺の商売道具に傷をつけるやつは、許さない」


 背筋が凍りつく。ホットコーヒーにしたほうが、よかったかもしれない。

『許さない』中に、自分も含まれているのだろうか。


「類くんは教えてくれなかったんですけれど、結局その雑誌に情報を提供した人って誰ですか?」

「お前のところにも行っただろう、三流モデルの松原かれんだ」


 相当綺麗で存在感のある女性だったが、社長にしてみると三流のようだ。


「子どもの写真は、作り物。記事は嘘八百。松原が所属している事務所に直談判して、松原を解雇させた。最近、ルイからまったく相手にされない上に、婚約したことに憤ったんだろうが、まったく冗談じゃない」


 怒りを思い出したようで、社長はテーブルをどんっとたたいた。アイスコーヒーの氷が、からんと揺れた。


「ま、雑誌の差し止め料もあっちに出せさせた。おまけに、向こうの事務所も最近は落ち目の松原を持て余していたようで、解雇話はうまく進んだ。手間はかかったが、こっちの被害は最小限だ。さくら、お前が勝手に動かないで、すぐに片倉に報告したから、適切な手段が早めに取れたことも大きい」

「私はただ、類くんの負担にならないように、行動しただけです」


「けど、そのせいで、片倉との仲を疑われたんだってな、あっはっは。あのルイを嫉妬させるなんて、なかなかやるな」

「そこまで、ご存じなんですか」


「俺の耳には、なんでも入ってくる。例えば、お前たちのきょうだいの関係も。兄貴にはほんと、悪いことをしたよなあ、お前。初恋ごっこのおいしいところだけをつまみ喰いして、最後はあっさりルイに乗り替えるあたり、図太いものだ。どうだ、俺の事務所で働くか」

「お断りします」


 これは、さくらを動揺させる作戦だ。弱いところを突かれても、過敏に反応してはならない。


「私、一生懸命考えて類くんを選びました」

「お前が一生懸命だったどうかは、関係ない。がんばったかどうかを判断するのも、お前自身ではない。最終的には、周囲の評価だ」


 睨み合う。


「ふん、ならば次の話に移ろう。今回の入院、雑誌騒動、それに婚約騒動。お前は、ルイのためにならない。別れろ」


 こうも真正面切って言われると、すがすがしい。陰で悪口を言われたりするよりも、よっぽどいい。


「同じく、お断りします」

「一連の騒動で、従来のルイの商品価値はいちじるしく低下した。仕事はあるが、上半期だけでルイは億単位の負債をかかえた。仕事を無理したのも、復帰を急がせたのも、ルイに負い目があるからだ」

「億単位の負債、ですか? 類くん、仕事は順調だって、片倉さんも教えてくれたのに」

「婚約宣言を受けて、CM契約が十本中九本、打ち切られた。『結婚するタレントなんてイメージキャラクターにふさわしくない』と、違約金を請求されて支払った件もある。残っているスポンサー契約は、お前の父親が働いている、北野リゾートだけ。あの会社は今、独占的に北澤ルイを使えている幸運な会社だ。お前らが模擬結婚式を挙げた軽井沢の教会は、三年先まで予約が入っているらしいぞ。よかったな」


 それほど人気になったのか、あの教会。その後、父はなにも言ってこないけれど。


「もはや、十代のさわやかモデルとしては通用しない。ルイも、そろそろ十九。新しい売り方を模索する時期ではあったが、ネタ扱いされては瑕がつく。今後も、華々しい道を歩き続けるために、結婚はさせない。ルイにはルイのふさわしい世界がある。お前が住んでいる場所とは、けっして交わらない世界だ。ルイにとって、お前はいっときの気の迷い。毛並みの変わった猫。ルイは、家族的なあたたかさと、愛を勘違いしている」


 社長のことばは、さくらの弱点をピンポイントで傷つけてくる。針のようだ。


 しっかりしろ、さくら。しっかりしろ! 負けるな。さくらは、ワンピースの裾をぎゅっとつかんだ。


「る……類くんが有望なモデルだから、結婚してはいけないんですか」

「ルイは、誰かひとりのものになってはならない。小さく終わる男ではない。お前たちふたりが感じているものは、愛ではない。あたため合う相手が、ほしかっただけだ。姉と弟、身近だっただけ。偶然、相性がよかっただけ。ルイに女にしてもらえたんだろ、庶民のくせにラッキーだったな。それを自慢して生きていけよ」


「勘違いだけでは、こんなにがんばれません。私は、自分の学業と類くんのサポートをしますし、類くんとだって勉強と仕事、両方を真面目にこなすつもりです。それに、類くんは大学卒業と同時に、モデルも辞めるつもりでいます」

「ルイがモデルを辞める? そんなの、あいつの一存でできるわけがない。ルイの稼ぎでどれだけの人間を養っているか、考えたことはあるのか」

「約束してくれました。私と一緒に、母の会社に入って、私の夢を支えてくれる、と」


 おもしろいことを言ったつもりはなかったが、社長はげらげらと笑い出した。


「若くして成功した人間が、今さら家具屋の会社員なんてできるものか。北澤ルイと付き合えたのをいいことに、とことんしがみつくつもりか。これだから庶民は困る」

「……『北澤ルイ』は類くんの一部ですけれど、私が好きなのは柴崎類です。北澤ルイだけではありません」

「生意気を言ってくれるな。聡子も頑固な『娘』を、持ったものだ」


 社長は、母・聡子の名前を口にした。友人だと聞いている。社長はコーヒーをひとくち飲むと、さくらに告げた。


「いいか、よく聞け。言わないつもりだったが、こっちも切り札を出そう。ルイは、俺の子だ」

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