第24話 天下分け目のファンファーレ!①
食はだいぶ細いけれど、類は復調している。
日曜日、ふたりは類の仕事で大阪へ向かうべく、新幹線に乗った。
「おはようございます!」
「おはよーございーまーす」
緊張気味のさくらと、投げやりな挨拶の類。
顔バレ防止のために、帽子を深く被り直したが、さっそく車内では『あれ、北澤ルイ?』『うわあ、本物だ!』『かっこいい』『顔、小っさ!』などの声が、ささやかれている。
「退院、おめでとうございます。その様子だと、いつも通りですね」
東京から新幹線に乗っていた片倉は、立ち上がってあいさつしてくれた。
品のいい、黒のスーツに、夏の海を思わせる青系のネクタイ姿。革靴も、ぴかぴかに磨かれている。
「はい! おかげさまで」
一般人に見つかってしまい、不機嫌な類に代わって、さくらが答えた。
類は、ふたりがけの窓側に陣取ってさっさと座る。ジーンズを穿いた、長い脚を投げ出して。さくらが通路側の席。通路を挟んで向こう側に、片倉がいる。
片倉も座り直し、さくらに話しかける。
「今日は、なるべく早く終われるよう、努力します。さくらさんも、付添いは大変でしょうが、どうかしばらくの間、ご協力をよろしくお願いします」
「だいじょうぶです。私、京都より先ってほとんど行ったことがないので、ちょっと楽しみですし」
さくらは、類の、いちばんの精神安定剤。お守りである。
類も、さくらが近くにいれば、重ねての無茶はできないだろうと踏んだ片倉に、撮影同行を要請された。類の身が心配だったさくらは、快諾した。
大変な課題も終わり、今は少しだけ余裕がある。来月になったら、学期末のテストだのレポートだの、わんさか出るだろう。
「ばっかじゃないの。駅からスタジオまでは車移動だし、観光なんてしないし、させないよ」
「そ。それぐらい、分かっているよ」
「なら、適当なことは口にしないで。さくらは、ぼくのお守り役に徹して」
「せっかくついてきてくださったのに、そんな言い方ってないだろう?」
片倉は類を叱った。
「慣れていますから、気にしません。妙に媚びられるほうが、なにか企んでいる感じで苦手です」
「あのね、さくらもひとこと多い。ああもう、うるさい。さくら、代わって。ぼく、そっちに座る。片倉さんと打ち合わせするし」
「だって、類くんが先に窓側の席を取ったから」
騒がれるのを嫌って目立たないほうに座ったのに、今さら交代しようだなんて。さくらは、ちょっとむっとした。
「これは嫉妬しているんですよ、私たちが話しているので」
「片倉さんまで。いいかげんにしてよね? それから、さくらはぼくの名前を呼ばないように。いいかげん、覚えてよ」
「はいはい」
嫉妬と思えばかわいいものだ。
類は席移動するとき、どさくさにまぎれて、さくらの首筋に唇をつけて舌の先をざらつかせたけれど、これぐらいのいたずらならば、まあ……笑って……どうにか、許せる。我ながら成長した。身体の深奥が、じんわりと熱くなったけれど(これは内緒)。
「あ、濡れちゃった? いくらさくらでも、まさかね」
「そんなこと、教えない! いじわる」
「なんだ、図星かー。新幹線の中なのに、さくらってば淫乱」
通路を挟んで、類と片倉は仕事の話をはじめた。
今日の予定は雑誌の撮影が三つ。最後にインタビューが一本。終了時刻は五時半だという。
類は涼しい顔で聞いていた。体調が万全ならばこれぐらいの量、さらっとこなすのだろうが今日は仕事復帰初日。心配が募るけれど、不安を見せてはならない。さくらは努めて笑顔でいる。
通路越しに、話を続けているふたり。その、微妙な距離感が……ん? あれ?
そういう路線は興味ないのに、すごく雰囲気あるんですけど? やだ、どうしよう! タレント×マネージャー……うあああ! ないないない、ない!
類は女の子大好きだし、片倉だって結婚願望がありそうだったし、妄想止まれ!
けれど、このふたりの信頼と絆の深さには、遠く及ばないと感じた。
***
京都から新大阪駅までは、十五分もかからない。
妄想のせいで、お茶を飲んで息をつくひまもなかった。
ホームでは、人に囲まれたりもしたけれど、わりとスムーズにスタジオへ到着できた。今回は大阪になったが、京都で仕事ができたらもっと助かる。
類に疲労がないか、さくらは様子を窺った。
体調の悪さなど、冗談めかしてならば言うこともあるけれど、表情に出さないタイプなので読みづらい。顔色、目の動き、呼吸、声のトーン。機嫌はどうか。歩調。姿勢。さくらは、類の全身に注意を傾ける。
今さらだけど、外見は文句なしにかっこいい。
「なに、ぼくをそんなに見つめてきて。もしかしなくても今、見とれていた?」
「あ……うん。横顔も、いいなって」
妙な解釈をされてしまったけれど、あらためてすてきだなって思ったのも事実。
「当然でしょ。全方向全角度、二十四時間、どこをとっても、ぼくは超完璧なんだから」
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