第15話 お久しぶりの全員集合①

 さくらによる献身的な看病(?)もあってか、ひと晩眠ったせいか、類はめきめきと回復した。熱もだいぶ下がり、少しずつ顔色も戻ってきた。


 類が目覚めたという報告を玲に入れると、今度はすぐに、母の聡子から電話がかかってきた。気をきかせたのか、玲が連絡してくれたものらしい。

 聡子は、明日までには京都の病院まで涼一と必ずお見舞いに行く、という話をさくらは聞かされた。


「てか、みんな大げさ。母さんもオトーサンも、忙しいはずなのに。お見舞いなんて、面倒なんだけど。息子が、点滴を打たれているところを見て、楽しいの?」

「それはないよ、類くん。みんな、類くんを心配しているわけで」

「いつも生意気なぼくを、弱っているときにからかってやろうって魂胆でしょ。傷口に塩を塗りたいのか。ぼくには、さくらがいればいいのに。早く部屋に帰って、思う存分さくらを抱きたいなー。ねえ、いいでしょ。なんなら今すぐに、こ☆こ☆で」

 

 定時の検温をしていた看護師は、過激な類の発言に驚き、顔を真っ赤にして逃げるように出て行った。


 ドアが完全に閉まるのを見届けたのち、さくらは類を注意した。


「あのさ。そういう軽い発言、人に聞かれたらまずいよやっぱり。北澤ルイは婚約したとはいえ、イメージは清純派なんだからさ、どこから噂が漏れるか分からないし」

「入院生活は、うんざりなの! いつまで、このぼくをベッドにはりつけておくつもり?」

「一週間。栄養管理するって言うし」

「えー、さくらのごはんがいい。病院食はやだ」

「だから、そんな子どもみたいなことは、言わないの。類くん、私の作ったごはん、体重を気にするあまり、食べてすぐ戻していたんでしょ。驚いたよ」


 類はいっそう口を曲げた。


「ちぇっ、気がついちゃったのか。騙せていると思ったのに」

「私、類くんに喜んでもらいたい一心で、食事をいろいろ作っていたけど、類くんは不安だったんだよね。食べたら、太るかもって。そんな気持ち、知らなくてごめん。もっと、気をつける」

「謝らないで。さくらは悪くない。自己管理がなっていない、ぼくが悪かったんだ。それに……吐いていることを、言い出せない自分もいやでさ。大学時代までは、モデルをきっちりやるって決めたのに、いきなりつまづくなんて。情けないよ」


 弱いところを他人に見せない類が、素直に告白してくれたのはうれしかった。

 さくらは類の手をとった。


「ふたりで、がんばろう。私、類くんを応援する」

「はいはい。さくらはぼくの言う通り、身体を開いてくれればいいんだよ。さくらの肌って、ほんとに安心できるからね」

「う、うん」


 笑顔を浮かべながら、類はさくらの服の中へ右手を差し入れようとする。

 けれど、点滴をしているので、片手しか使えない。ゆえに、さくらがあっさりと類の攻撃を華麗によけた。


「けち!」

「だから、ここは病院だって何度言えばいいの」


「……で、どんなことになったのか、ぼくの記憶がない部分を説明してくれる? タクシーで京都駅に着いたあたりから、よく覚えていないんだけど、どうして入院したの?」


 さくらは、片倉から類が東京の仕事場にあらわれない、という連絡を受け、玲と捜しに行ったことや、駅の待合室の隅で倒れていたこと、救急車で搬送されたこと、自宅マンションからは歩いて行ける病院だということ、今、東京からは片倉と事務所の社長が来ていることなどを説明した。

「あー……、なんとなく覚えているかも。駅に着いたら携帯の充電が少なくて、バッテリーを買おうって思って売店を目指したんだけど、新幹線の座席にはプラグがついていること思い出して、まあそんなに急がなくてもいいかなって思ったんだ。でも、そのうち、頭がふらついてきて、歩くのもしんどくて、待合室で座ったらもう立てなくて」

「それで、待合室に」


 電話をしてもつながらなかったのは、電池切れだったのだ。


「社長も、来たんだね」

「とてもきれいな人だよね。すごく怒られたけど、私」

「きれいな人? さくらも、社長に会ったんだ?」

「うん、病室で。類くんは熟睡中だった。婚約も結婚も妊娠も絶対に許さないって、断言されちゃった。片倉さんが取りなしてくれたけど、社長さんは激怒だった。当分、鎮まりそうにない」


「さくらは、さ。最近、片倉さんに心を許し過ぎだよ。まじ浮気? ぼくを差し置いて、すぐ相談するし」

「心変わりなんて、あるわけないでしょ。だって類くんは忙しいから。負担、かけたくないの。できることなら私が処理したいの」

「そうやってひとりで背負い込もうとするから、放っておけないんだよ。ほら、ちょっと抱かせて。ぼくが、どれだけさくらのことをすきか、教えてあげる」


 そのときノック音がした。噂をすれば、片倉だった。


「おはようございます、ルイ。さくらさん」

「おはようございます」

「もう来たの」


「先ほど、さくらさんから電話をいただきましたので。ああ、すっきりした顔になりましたね」


 類が、さくらを冷たく見やった。不信感を募らせている。


「玲のところにかけたあと、連絡したんだ。片倉さんも、昨日は遅くまで、類くんについていてくれたんだよ」

「知っているし。で、社長は?」

「ルイが目覚めたことを知り、東京へ戻られました。スケジュールの穴埋め対応で」


 さくらは少しほっとした。あの美人社長に厭味をねちねち言われ続けたら、胃に穴が開きそうだ。


「あー、そう。迷惑かけたね・今回は・申し訳・ありませんでした!」


 謝罪を口にするが、類のことばには少しも心がこもっていない。


「いえ。ルイの快復が叶えば、疲れも吹っ飛びます」

「どうだか。狙いは、ほかにあるんじゃない」


 つくづく棘のある発言で、ちくちくと片倉を責める。いくら病の身の上とはいえ、ひどい。さくらは類に反論したくなったけれど、片倉の肩を持つと浮気だのなんだの、うるさく言い立てるだろう。ここはぐっとこらえて、類を黙認した。

 身体が弱っている類を、片倉がおとなの対応で大目に見てくれることを、期待しつつ。


「……今後のスケジュールですが」

「お、そう来たか」


「この土日は、完全オフ。来週の土曜まで入院、日曜午後には大阪で撮影の予定を組みました。翌週は木曜夕方から東京入りするように」

「ふうん」

「待ってください。私が聞いたのは、日曜まで入院、です」


 類は理解したようだが、さくらには納得がいかない。


「日曜ならば、撮影スタッフが揃えられます。しかし、それ以降に延ばしてしまうと、雑誌の入稿が間に合わなくなってしまいます。デッドラインです。雑誌の編集部にお願いをして、なんとか承諾を得られました。こちらの都合で、大阪にスタッフを派遣させるだけでも、事務所としては大赤字ですが」

「撮影資材とスタッフごと、大阪に集結かあ」

「京都でできればよかったのですが、西日本では大阪ですね」

「日曜ね。さくらの同行を許可するなら、ぼくはがんばるよ。万が一退院できなくても、ここから抜け出してでも仕事する」

「いい心がけです、さすが北澤ルイです」


「無茶です! 退院したての、いえ、まだ退院できるかどうも分からないのに、退院翌日から仕事だなんて」

「だから、そのためにさくらがついて行くんだよ。さくらはぼくの癒しだから」


「でも、今回倒れたのは、私のせい」

「ばーか。さくらのせいじゃないって、何回説明すればいいの? ぼくが甘かった、そのひとことに尽きる。恋も、仕事も、勉強も、家庭も全部、自分のものにするためには今、踏ん張りどころなんだ。失敗の穴埋めは自分でする。この雑誌の仕事、ぼくができなかったら、誰かに奪われるんだよ?」

「類くんってば」


「常に前向きな点は、北澤ルイの美点です。清純だけではなく、一途で熱心なところも売り出すよう、社長に進言します」

「頼むよ。今回のことで、社長の評価が相当下がっちゃったと思うし。挽回だよ、挽回」

「はい」


 どうして、そこまで頑張るのか。答えは分かりきっている。

『さくらとの仲を認めさせたい』からだ。

 胸が詰まってしまい、さくらはことばを失った。


「さくらは、不審に思うでしょ。どうしてぼくが、社長を怖れるのかって。社長は、母さんの古い知り合いで、若いときは社長自身もモデルをしていたんだけど。母さんに息子……ぼくを紹介されて、ぼくの中に輝くものを発見したんだって。十二のとき、だったかな」


 社長の家に住み込んでモデルの修業、下積み。

 翌年に、ローティーン誌のモデルでデビューし、以降若手男性モデル人気不動のナンバーワン。現在に至る。


「ルイの担当は、私がほぼずっと、務めてきました」

「片倉さんとは、長い付き合いだね。もしかしたら、家族よりも」

「ですが、さくらさんと出逢ってから、ルイは変わりましたよ。もちろん、いい意味で」


「当たり前でしょ。さくらをしあわせにしたいんだ。ぼくががんばらないと。社長に認めさせないと。さくら、きみも落ち着いたら、エステとかジムとか通って、ぼくにふさわしい花嫁の身体づくりをしてもらうからね」

「え、ええっ。私も?」

「なにを驚いているの。今のままでも、じゅうぶんかわいいけど、ぼくと、裸で街を歩けるぐらいの肉体美を形成してよ」


 現状でさえ厳しい生活なのに、これ以上努力しろと?

『類は大変だ』。玲の言っていたことばが、徐々に理解できてきた。

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