第47話 マッサージ師ニャゴロ―


 「あら、気が利くわねニャゴロ―ちゃん。出来れば胸ではなく、そのつけ根にある肩をお願いね」


 我輩は今、ゴミ虫の塒で労働の最中である。

 この家に住むチチママへ日頃の感謝を込め、肉球によるモミモミマッサージで御奉仕しているのだ。


 「胸はもういいから、肩の辺りをお願いね」


 どうして彼女に感謝しているのかだって?

 そんなもん決まっておろう。にっくき我が敵ゴミ虫へ毎日の様に愛の鞭を振るっているからである!


 「だから胸はもういいのよニャゴロ―ちゃんってば」


 勿論ラブラブチュッチュの比喩である愛の鞭とは違い、文字通り鞭打ちの刑、即ちビシバシッと殴りまくりの叩きまくりでゴミ虫の教育的指導を行っているのである!


 「おい、胸じゃなく肩だって言ってんだろニャゴロ―よ」


 あの反吐が出るような醜悪ゴミ虫がアンアンと悲鳴を上げ、のた打ち回っている姿のなんと気持ちのいい事よ。


 「……チチじゃねぇっつってんだろクソ猫が」


 人目が悪いせいか、刑の執行は決まって外が真っ暗闇となってから。どういった理由があるのか知らないが、その時彼女が着ているコスチュームはいつも同じで、黒光りするテラッテラな水着に高く細長い踵でつま先がトキトキに尖っている長靴。


 「……おい」


 ゴミ虫は裸にひん剥かれ、ロープでぐるぐる巻きのまま、激しく鞭で打たれるその様は、我輩の胸の奥にあるモヤモヤをスーッと晴らしてくれる。だから鞭の音が聞こえるとゴミ虫の家へすっ飛んで行き、自らの頭の中にあるモモの種によく似たブヨブヨの塊へと終始を記録するのがここ最近我輩のトレンドなのである。


 「いい加減にしろオラアァァッ! ぶっ殺すぞワリャアァァァッ!」


 「ニギャアァァァァァッ!」


 ―― しばらくお待ちください ――


 

 大変お見苦しいところをお見せいたしました。

 我輩干潟の干潮時より深く反省。


 調子に乗り過ぎて両前足を折られてしまったな。

 ふむ、これぐらいならば数週間で回復するであろう。

 きっと今日は虫の居所が悪かったんだなチチママは。

 いつもなら鼻の穴から耳かきを突っ込んでの貫通耳掃除の刑か、或はゴミ虫の仕事場にある空気の出るピストルで肛門から2.5気圧強制注入人為的内臓破裂の刑といった軽い罰で済むのに。


 「お、ニャゴロ―じゃないか」


 命からがらチチママの手から逃れてゴミ虫の仕事場へ。痛めつけられてヘロヘロとなっている我輩を見つけるや否や、すぐに構い始めるゴミ虫。そりゃ確かに我輩は可愛らしいけどこんな時ぐらいそっとしておいてほしいのである。


 「そうだ、お前に忠告しておいてやる。いいか……」


 ズタボロの雑巾宛らにへばった肉体へ輪をかけるようなキモイゴミ虫の声が、空っぽの我が頭蓋骨内へと響き渡る。


 「今日はママに近づくなよ。なんてったって機嫌が悪いからな」


 今更何を言っておるのだゴミ虫は?

 既に折檻を受け、腫れてポンポンとなった我輩の両前足が目に入らないのか?


 「俺なんか近くにあったゴルフクラブで殴られてコレもんよ」


 ゴミ虫は履いているズボンの裾をめくりあげ、真っ赤に腫れあがった両脛をさらけ出す。

 この時少しだけ胸がスッとした。


 「いやな、ママと言えば如何せんあのダイナマイトボディだろ? ムラムラしちゃってさ、今朝肩を揉んでやると言ってオッパイ触ったらブチ切れられてな、んでこのザマよ」


 なんだと!

 チチママの機嫌が悪いのはキサマのせいではないかバカモノめが!

 そのせいで何の罪もない我輩までもが巻き添えを食ったというのかオロカモノめが!

 なめるなよゴミ虫めが!


 

 この後作業場でドタバタと騒ぐニャゴロ―とゴミ虫に対し、それを収めるべく理不尽な暴力を振るいまくるチチママの御尊顔は、暗闇で不意に鉢合わせした般若の面より恐ろしかったそうな。

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