第36話 編み物王子ニャゴロ―


 「はぁぁ、今日はこれぐらいで寝るとしよかな」


 居間の床へとぺったり座り、両腕を高く上げて伸びをする彼女。

 我輩と同じく三河家へ寄生する弟子と呼ばれる人間のメス。


 「ニャゴロー、お前はここで寝るのか?」


 気性が激しくなんとも口の悪いヤツではあるが、なぜか我輩と気が合う不思議。

 この家の御子息に好意を寄せているらしく、その辺りだけは超絶理解不能。

 というよりなぜだか腹立たしい。


 我輩とて彼は三河家における唯一のオアシス。

 なにせ精神的にも肉体的にも害を受けたことが皆無なオンリーワン。

 しかし御屋形様に接見禁止令を出されておる。

 ※長男の安成は猫アレルギー


 「お前、わかってるだろうな? 命が惜しければ大人しくしてるんだぞ」


 彼女は居候とのこともあってか、三河家のお手伝いさんを自発的に行っている。

 憎たらしいのはその仕事の素晴らしさ。

 主婦歴数十年の猛者でもこれ程スピィーディかつ正確に家事など熟せまい。

 

 しかも料理の腕はプロもちびると家族及びその仲間達がいつも褒め称える。

 実際、時々出される彼女自作の我輩用ご飯も〝ニャオちゅーる〟を遥かにしのぐ旨さ。

 おかしな薬物でも混入されているのではないかと思う程に中毒性がある。

 

 性格には難ありだが、仕事師としては超一級品で尊敬せざるをえまい。

 ある意味バイク屋のゴミ虫と似ている。


 「殿へ渡す今年のクリスマスプレゼントは手編みのセーターと決めてるんだ。分かるなニャゴローよ、忙しさの合間を縫って作るには今からでないと間に合わないんだからな」


 彼女が我輩へと語り掛ける言葉に多少アレンジを加え直訳してみた。

 なになに?

 

 〝グサリブスリゼーハーと手籠めの雪駄でキルする〟

 

 なんだと?

 何を作っていたのかと思えば武器かあれは?


 なめるなよ人間のメスめ!

 いくら気が合うからといって我輩のオアシスを奪うのは許さんぞ愚か者目が!


 「じゃあ私は自分の部屋に戻って寝るからな。お休みニャゴロー」


 {バッタン}


 彼女は作りかけの武器を放置したまま居間から出て行った。

 なんたる無防備で無策な抜け策よ!

 パーな頭のせいで事件を未然に防ぐことが出来そうだわ!


 それにしてもどんな武器なのだこれは?

 このまあるい玉から伸びた導火線の行きつく先はなにやら小さな絨毯みたいだな。

 前足でこう……!


 転がった!

 それにしてもなんと心をくすぐる動きをするのだこの玉は!?

 今度は反対の前足で……



 ― ニャゴローは夢中で毛糸ダマとじゃれ合った。全身に巻き付くと同時に約半分まで編み上がっていたセーターは見る見るほどけていく。そして遂には無くなってしまった ―


 

 「あ、小張のおじ様おはようございます」


 「おーおはよう! 相変わらず朝が早いねぇ東海さんや。それと祭日に国旗掲揚とは風流だねぇ。ウチも久しぶりに揚げてみるみるかなー?」


 「やだなぁー、そんな良いもんじゃないですよー? それにコレ国旗じゃないですしねー!」


 「うん? ありゃりゃ、ホントだ。そりゃいったい何だい? 黒と血に染まったような白い二色で構成されたその布っキレはなんだか見覚えがあるようなないような……」

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