第32話 ライフセーバーのニャゴロー


 全身を焼き焦がすようなオーブントースターをも上回る熱風に嫌気がさし、気怠い午後が過ぎ去るのを水辺の木陰にてジッと耐え忍ぶ。


 常に毛皮のコートを羽織る動物にとって、夏とはなんと過酷な季節か。

 我輩は非常に苦手である。

 

 ……いや冬は冬でさっむいから大嫌いなのだが。

 こんな毛皮などTシャツ短パンにも劣るわ!


 結局のところ、寒いのも暑いのも苦手なのである。

 どちらもジッとしているのが正解。


 とはいえ、一日中動かぬわけにもいかぬ故、木陰で一休みし体力温存を図る。

 炎天下の中で動き回り、熱中症とやらで倒れる人間を見る度思う。

 愚か者ここに極めりと。


 我輩が今いる場所は公園内にあるとても浅い池の脇にある木陰。

 風が水面で多少なりとも冷やされ、心地よく我輩を包んでゆく。


 そしてやはり愚か者は此処にもいるのだ。

 小さな人間の子供達が池の中へ入り、キャッキャワハハと騒いでおる。


 時々飛沫が飛んできて迷惑だが、この暑さに免じて許してやろう。

 尤も、さっむい時期ならブッ殺しているぞ。


 それにしても人間は水を恐れないんだな。

 あれは生物を簡単に窒息死できる痛恨の一撃を喰らわせてくるのに。

 我輩など家の風呂場でどれ程美也殿に臨死体験をさせられたか数えきれんぞ?


 全身シャンプーとかいいつつ、熱湯の入った桶に押さえつけられそのまま失神なんて至極日常の出来事。

 普通顔は外に出すであろう?

 鼻と口まで湯の中に入れられたら我輩どうせいっちゅーねん?

 よくもまぁ死なないものだと我ながら感心するわ!


 だからあの子供達を見ているとドキドキするのだ。

 我輩心の底からこう言いたい。

 

 〝水をなめるな〟と!


 ともあれ流石にこの暑さ。

 喉が渇いて違う意味で水を舐めたい気分だな。

 

 仕方がない、あの人間達のエキスが含まれた池の水を拝借するか。

 ちょっとばっちぃけど



 ―ニャゴローは体を起こし、木陰から這い出てきた。暑さの為か、彼に似合わず普段よりも鈍い動きでのっそのっそと。そして池に顔を近づけ小さな舌でピチャピチャと水を舐め始めたその時事件は起きたのであった―


 「あっ! ××ちゃん危ないっ!」


 空を裂くような突然の金切り声!

 あまりの大きさに我輩は両鼓膜が破れるといった些細なダメージを負った!


 同時に顔を上げて前方を確認!

 そこではなんと人間の子供がすってんコロリン水浸しに!


 しかもうつ伏せとなり、このままでは溺れて窒息の大ピンチ!

 我輩の正義メーターがレッドゾーンを振り切った!

 

 〝今すぐ助けてやるからな!〟


 そして意識はここで途絶えた……。



 ―うつ伏せだった子供は自力で起き上がり事なきを得た。なにせ水深は15㎝程。それを近くで見ていた母親が大慌てで助けようとダイナミックラン! だがしかし! むくりと体を起こしたニャゴローに躓き足首をやらかす結果に! 鼓膜をやられたニャゴローは人間が近づいたのを感知できなかったのだ! 我が子の安全を確認後、ジンジン痛む足首の原因となった踏まれて気絶中の池にぷかぷか浮かぶニャゴローを掴み上げると、今度はどこかへ向かってメジャー顔負けのワイルドスローイング! 皮肉にも近くを流れる川がナイスキャッチして無事溺れることとなったのであった―

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