第13話 衛生管理者ニャゴロー③
「へいお待ちっ!」
威勢のいい掛け声が目の前にある店の奥から聞こえてくる。
そう、ここは寿司屋。
寿司とは、衛生概念の欠片も持たぬ汚らしい親父がイモ虫よりも醜いその指でこねくり回して作る生魚オンライスボゥル。
本来ならばその時点で警告を通り越し、イキナリ天誅を下すレベルである。
しかし侮るなかれ、ここの親父はチョー手ごわい。
なぜならその手には常に人斬り刀が握られているからだ。
客のいる手前、それは主に生魚を切り刻むのに用いるが、一度裏にいけば……ヒェッ!
あくまでも噂レベルだが、最近商店街の野良猫が少なくなったのは刀の餌食によるものだとか。
そしてその身を肉屋へ横流しているとのこと。
※あくまでもニャゴローの推測
よって迂闊に親父の射程内へ近づくことは出来ない。
間合いを間違えれば即この首が胴体から打ち上げ花火宛ら飛んでいくであろう。
なにかいい方法はないだろうか?
その時であった。
店内から聞こえる親父の声。
「すいやせん、ちょっと一服してきまさぁ」
一服だと?
この忙しいのに!?
なめるなよ愚か者めが!
キサマなど職人の風上にもおけんわ!
我輩自ら雷を落としてくれるっ!
店の裏手へ移動するとすぐタバコを取り出し火をつける親父を、近くにとめてあったママチャリホイールスポーク越しに確認。
チャ~ンス!
肉球ステップを駆使して音を立てることなく店内へ侵入。
裏口からなので当然客側ではなくカウンターを挟んでの親父作業場側へ。
よって表側からは一切こちら側が確認できないはず。
トントントーンと軽やかにジャンプ!
あっと言う間にカウンター上部へ。
「あっ! 猫がまな板の上に!」
{ザワザワザワ}
うん?
なんだか騒がしいな?
今日の客は元気だな。
※まな板はカウンターより低い場所に位置する為、その上にいるニャゴロ―からは店内が見えない
とりあえずだ!
この板に爪を立ててっと……
{ガリガリガリリ……}
ほほう、いい感じだな。
これならばもっと力を入れても……あっ!
{ぶぅーっ! ぷりりりりっ}
力み過ぎたのか、つい脱糞してしまった!
しかもお腹の調子が悪いせいもあるのか、ブツは付近一帯へと飛び散ってしまった!
「キャアァァァァァァッ!」
なんだっ!
何が起きた!?
突然の大騒ぎに我輩ドビックリ!
事態が呑み込めぬまま、まずは身を隠さねばと思い、つい目の前にある小窓へ飛び込んだ!
「ね、猫がネタの入っているケースの中にっ!」
大ピンチ!
ここはガラスで出来た箱!
しかしこの魚の身で我が身を隠せば……或は!
「どうしやしたお客さん? あっ!」
親父だ!
野郎、もう来やがった!
まさかバレては……?
「テメーこの野郎! こっから出やがれ! でないと尻の穴からこの包丁で……」
片手に人斬り刀、もう片方の手は……なんとこのケースの中へ突っ込んできた!
バレてんじゃん!
しかしそこは我輩とて幾千の修羅場を潜り抜けてきた兵。
こんな時の対処法は既にニャゴロー営業マニュアルへと記載済み。
早速それを実行へと移る!
周りにある様々な魚の身を体に巻き付け爪を立てながら激しい回転運動で親父の手へと絡みつく!
特に青い筋奥深くへ爪先をぶっ刺す!
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
プシュ―っと勢いよく吹き出す血しぶき!
それを回転しながら全身へと浴びつつ、同時に魚の切り身を排除!
「あっ! ヤロウ逃げた!」
一瞬のスキを突いてケースからダイブ!
右へ左へ蛇行を繰り返しながらも全速力でダッシュ!
そのまま裏手出口へ!
脱出成功ナイッス!
「イタタ……それにしても素早い猫だったな? オレの血でどんな種類の猫か全然わかんねーや!」
この後、客は逃げるように店を出て行った。
そのせいで多数の目撃者がいたにもかかわらず、犯猫の特徴が親父の耳へと入ることも無かった。
そしてその者達は二度とこの寿司屋の暖簾をくぐることも無かった。
しかも寿司屋は親父が指を怪我したせいで暫らく寿司も握れなくなってしまい休業する羽目に。
その上親父が全快し、そろそろ再始動と言った時にどういった経緯なのか分からないが、この情報を手にした保健所から長期営業停止命令を言い渡されたのは言うまでもない。
※近隣にある回転寿司屋店長のタレコミ
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