湾曲

きのみ

湾曲

 手先の器用な子だと言われて育った。自分でもそう思う。鉛筆を削るくらいのことは誰でもできると考えていたし、硬貨を立てるのもさして難しいことではなかった。工作の本を借りてきてそこに載っているものを端からつくって遊んだ。友達はいなかった。

 生き物の好きな子だと思われて暮らした。やむを得ないと思う。実際、工作の本以外に読んだのは各種の図鑑くらいのもので、それは生き物の姿を見たかったからだった。殊に魚の図鑑は何冊も手に取った。植物には大した興味はなかった。


 手先の器用な子供が生き物に興味を持つと罠をつくるようになる。簡単な罠のつくり方は図鑑に載っているうえに採集を推奨するかのような文章も見えた。最初につくったのは小魚を捕まえるためのごく単純な筌で、何の苦労もなく完成した。あとはそれを適当な川に沈めれば問題なく機能したはずであったが、そういうことはしなかった。その理由はもうわからない。子供なりにいろいろと遠慮したのかもしれない。

 罠をつくる味を覚えてから手と頭がよく動くようになった。工作の本と図鑑以外の書籍にも手を出しはじめて、つくる前に設計するという手順も理解した。つくって、考えて、つくって、考える。必要に応じて必要なことをする。罠はどんどんできた。特定の生き物だけを捕らえるための罠、一度にとにかくたくさんの生き物を捕らえるための罠、考えつく限り一番丈夫な罠。物理的に大掛かりな、とても一人の手に負えない罠の場合はその模型をつくって満足とした。

 つくって、しかし使わない。なにもとったことはない。たくさんつくった罠がどこへ行ったかわからない。いくつか特に気に入ったものはまだ手元にあって、気になったときは触る。そうでもないものがどうなったかずっとわからない。


 久しぶりに家族と会ったときに昔の話になり、何の見当もなしにつくったものの行方を知らないと言った。まだ全部とってあるという。全身が粟立って身動きができなくなった。自分が何をしてきたのかわからなくなった。とってあるというものをどうしても見ることができないでいる。

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湾曲 きのみ @kinomimi23

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