第25話 すれ違う想い 5
「相変わらず、よく食べるな、ミツキは」
食事を終え、ゆっくりとお茶を楽しみながら、ルーカスがミツキに顔を向けた。
「私から食欲取ったら何も残らないでしょう?いや、サッカーがあるかな。あー、でも食を失ったらサッカーも出来ないし。食べれることが一番の幸せ!」
「ははっ、なんとも色気のないことだ」
隣で声を上げて笑うルーカスを睨む。
「どーせ、私は色気もなにもないですよー。ルークと違ってお子様ですから。子どもをからかわないでくださいね」
「子どもって、ミツキは17になったと言っていただろう?」
「そお…、だけど?」
「17歳なら、もう社交デビューする年じゃないか。大人だろう」
「何言ってんの。私の国では成人、大人は20からだよ。ん?ああ、選挙は18歳からになったんだ。でもお酒も20歳からだし」
「センキョ?」
「うん。自分たちの代表の議員は誰がいいか、投票して選ぶのよ」
「国民が?」
「そうよ。この国は17歳からなんだね。そうか、ここでは大人になるんだ。なんか不思議…」
「そのセンキョの話はまた改めて聞きたいが…、ミツキの国ではミツキはまだ子どもなのか?社交デビューもまだと…」
「そもそも、社交デビューなんてものがないもの。あるのは成人式くらいかな。…何、どうしたの?ルーク?」
「え、いや…、その、なんだ…」
狼狽え固まるルーカスを見て、美月が笑った。
「やだなー、国の文化が違うだけで、そんなに狼狽える事じゃないでしょう?ルークっていちいち反応が面白すぎるんだけど。それって、王太子としてどうなの?大丈夫?」
「笑うな、普段は王太子然としておるわ」
少し顔を赤らめながら不機嫌になるルーカスは、少年のようで、ちょっとからかいたくなる。
「えー、本当に?だって…、今だって拗ねてるし…」
「拗ねてなどいない…」
「その顔で?拗ねてるでしょっ…」
ルーカスの顔を覗き込んだところで、引き寄せられる。
気づくとルーカスの唇が重なっていた。
「……っ!」
慌てて離れようとしても、上腕と後頭部を押さえられ身動きがとれない。
ルークの唇が、美月の唇を食むように重ねてくる。
「…やっ、…ルー…ク」
ぞわりと全身に走る疼きを堪えながら、やっとのことで抗議の声を絞り出す。
ルーカスがゆっくりと唇を離していく。
「この顔は、お前限定だ」
見つめられたエメラルドグリーンの瞳にも、掴まれた腕にも熱を感じ、たじろぐ。
「子どもを、からかわないでって…言った、よね…?」
ルーカスを見上げる美月の眦は滲み赤みを帯びている。フッと笑を漏らしたルーカスは、
「五月蝿い口を塞いだまでだ」
と、再び美月に口づけた。
初めて味わう深い口づけに、目を見開く。ルーカスの長い睫毛が至近距離にあることも、胸の奥のざわめきも、ルーカスの甘く深い口づけも刺激が強すぎる。
「ふっ…、はっ…ん」
眦に滲んだ涙が零れる。もう、何がどうなっているのか、判断する余裕が無くなっていた。ただ、零れる涙と甘い吐息に、自分の世界が変わっていく恐怖にも似た不安を覚える。
ルーカスの唇は美月の唇を離れ、喉元へと降りていく。
「…や、お願い。…もう、…やめて。お願いよ、ルーク…」
震える声で懇願すると、ルーカスが顔を上げた。
「ミツキ…」
溢れんばかりの思いに、ルーカスの瞳も潤んでいた。だが、美月の戸惑いを感じると、両手に込めていた力を解放する。美月の身体がするりと離れていく。えも言われぬ喪失感にルーカスは両手を握り締めた。
「ルーク…、こんな事、もうやめて。お願いよ」
背を向け震える美月に、伸ばしかけた手を引いた。
「わかった」
その低い声にミツキはビクッと緊張を強める。
ルーカスは短く息を吐いたあと、美月の髪を一筋すくい上げ、お休みと口づけ部屋を出ていった。
ルークのバカ。こんな事しないでよ。酷い、女子高生を弄ぶなんて。
ポロポロとこぼれる涙と、やり場のない思いをどうする事もできずにただ、時間が過ぎていった。
「もう…、帰りたい。こんなの嫌だ」
自室に戻ったルーカスの様子がおかしいと、侍従から呼ばれたレナードは、不穏なオーラを身に纏い、座ったまま微動だにしないルーカスを静かに見ていた。
どれくらいの時間が経ったことか。ルーカスがその重い口を開いた。
「…何も、聞かないのか」
「まあ、そうですね。…話したくなりましたか?」
「ならん」
「そうですか」
そしてまた無言の時間が流れていく。
やはり口を開いたのはルーカスだった。
「ミツキに拒絶された」
「そうですか」
「驚かないな」
「そんなことだろうと」
「分かっていたのか?」
「いいえ、殿下の態度からそうではないかと」
「…ルークでいい。頼む。今は友人としてここに居てくれ」
レナードは微かに目を細めた。
「もちろん、そのつもりですが」
「そう、か」
力なく笑うルーカスの前にグラスを置き、褐色の蒸留酒を注いだ。一気に煽るルーカスに、今夜は長い夜になりそうだ、と、レナードは覚悟を決めた。
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