第12話 相変わらず、鈍いな。

「は?」

 突然の美月の叫びに、ルーカスは戸惑った。


「無理です!私は籠の鳥にはなれません」

「はあ?」

 今度は一体何なんだ。真剣に見つめてくる美月とその言葉を照らし合わせるが、全くもって意味がわからなかった。

 ルーカスが眉根を寄せる。


 その表情に私はは一瞬怯んだ。


「ルーク、…ごめん。私が動くたびに迷惑かけているのは分かってる。いや、分かってなかったけど、さっき分かった。だから大人しくしなきゃと思ったけど、無理」

 そう、無理なものは無理。出来ない事は出来ない。

 私は、動かないときっと死んでしまう。いや、本当に。


「大人しくするつもりだったのか?」

 なんだか呆れ顔のルークに、怒りの色はなく、私はちょっとホッとした。


「…一応は。こっちの世界に合わせなきゃって思って。でも…」


 そこまで言うと、ルーカスが美月の言葉を遮る。

「ミツキ、さっきから言っている“こっちの世界”とは何だ?」


 ―――あっ。

 やってしまった?

 ええっと……。

 ――うん、しらばっくれよう。


「えっ、そんな事言った?」


 不自然な間を気にすることもなく、私はすっとぼける。


 ルーカスの眼は私を捉えて離さない。

 全身から汗が吹き出そうだ。

 おう、これが王太子殿下の眼力なのか?


「何度か」


 ――げっ、何度も言ったの?

 馬鹿じゃない?私。


「あー、それは国の事だよ」


 ルーカスの眼力は私の心の奥まで覗きそうな、そんな錯覚さえ起こしそうになる。

 つ、強い。

 ま、負けちゃダメだ。


「………そうか?」

「そうだよ」


 負けない!

 ここは「無」だ。そう、無我の境地。

 修行したこともないけど。

 互の目を見つめ、しばしの沈黙が流れる。


 ………。

 無理。


「そういえば、伝えたいことって?」


 探られているような、しかしそれだけではない憂いを含んだルーカスの瞳に耐えられなくなり、私は話の矛先を変えた。


 ああ、と思い出したようにルーカスが口を開く。


「ミツキはエアージョン帝国を知っているか?」


 ナニソレ。

 知っているわけないでしょう。


「エアージョン?知らないけど」

「そうか…」

 ルーカスが顎に手を置き考え込んでいる。

 じっと…。


 いや、続き…、待っているんだけど。

「それが何?」

 ああ、待てない私。


「エアージョン帝国と我がハーヴェロード王国とは、4年前は戦闘状態にあった。だが、互いの国のためにはならぬと和平条約を結んだのだ」

「それは、賢明だと思う。」


 戦闘状態――。聞きなれない言葉は私の心拍数を上げた。


「そうだな…。それで、昨日ミツキの件があってから、国内外の状況について近況と変化がないか、報告と調査をさせている。その中で少し気になる情報があってな…」

 じっと見つめられる。探られている?


「それで?」

 変な間はやめて。

 

「エアージョン帝国のサミュエル第一王子が、最近、強力な魔導師を雇い入れたという事だ」


「…うん?それって私に関係あるの?」

 だから?

 話の繋がりが見えない。

 そもそも魔導師って何する人だっけ?

 美月は記憶の糸を手繰り寄せようと顎に手を添える。


「ミツキの突然の現れ方から考えると、魔導師により呼び寄せられた可能性が高い。――それで、ここからが本題なのだが、…そのサミュエル王子が訪ねてくると、先ほど先触れがあった」

「は?どこに?」

「ここに」

「なんで?」

「判らない。そもそも和平を結んだからといって、王子が気軽に行き来する間柄ではない。記念式典などの公式行事のみだ。今後の為に、我が国の第二王子を期限付きで留学させて交友をはかろうかと検討していたが、それも事前協議を重ね、段階を踏み実行するものだ。このように突然の訪問は考えられない。よほどのことがあるかと…」

「なんか、大変そうだけど、私が絡む要素はないよね?」


 国同士のことを話されても、私には判らないけど?

 そんなことを考えていると、ルークがはぁっと短く息を吐く。


「相変わらず鈍いな」


「は?相変わらず?」

 ナニソレ。聞き捨てならないんだけど。


「そうだ。そうだが、とりあえずその話は、今は、いい。…サミュエル王子が急ぎ訪ねてくるのはお前だ、ミツキ」

「はぁ?…そのサミュエル王子って人、全く知らないんですけど」


 間抜けな声が出たのも、この際見逃して欲しい。お前だって言われても、この世界に知り合いなんか居る訳がないのだから。


「お前が知らなくても、お前を呼び寄せたのがサミュエル王子の可能性がある。人ひとり呼び寄せるなどという術は、よほどの魔力のある術者でないと無理だ。そして、このタイミングで訪ねてくるということは…」


「………!」


「なんだ、少しは勘が働くか」

 ふふっと笑うルーカス。

 それ、馬鹿にしてるでしょう?


「なんだ、じゃないわよ!何それ、冗談じゃない!“目的は、わ・た・し”みたいな?いやいやいや、無いでしょ、普通に。人を呼び寄せて、何をしようとしているの?てか、何に使う、…の」


 嫌な予感しかいない。運がよければ聖女?悪ければ生贄か。

 冗談じゃない!


「帰る!」

「どこへだ?」

「どこって…」

 そうだった。


「じゃあ、ここを出てどこかへ行く!」

「…駄目だ。ここに居たほうが安全だ」

「どこが?これからその張本人の王子が来るのに?」

「王子だからだ。いくらなんでもハーヴェロード王国相手に、強硬策には出られないだろう」

 甘いよ。

 そんな保証どこにある?


「…相手の都合も考えず、人さらいのようなことをする王子相手に、何を信用しろと?権力を笠に何を要求されるか判らないじゃない」

 怒り、なのか。こんなことに巻き込んだかも知れない王子の事を考えると、思いがけず低い声が出た。

 ルーカスの眉根が寄せられる。


「ミツキは俺が守る」

「…ルーク、貴方も王子よ。いえ、王太子殿下よ。国同士の話以上に個人が優先されるとは思えない。私は取引の道具にはなりたくないわ!」

「そんな事はさせない!」

 硬い表情の王太子は静かに、だが強く言った。


 互いに見つめ合う。

 その瞳は真剣だった。でも、彼は王太子だ。

 どこの誰かもわからない小娘一人くらい、どうとでもできる。向こうが本当に私を要求してきたら?

 ぞわっと寒気がする。


「無理よ!信用できない!」

「俺を信じろっ!ミツキ!」


 美月は唇を噛み締めたまま、ルーカスを見つめる。

 ルーカスも美月を見つめたまま目を逸らさなかった。互いに譲らない想いが伝わる。


「…サミュエル王子が来るのは二日後だ。それまでに対策を立てる。ミツキ、これはお前のことだ、協力しろ。―――このあと陛下に謁見して許可を得る。準備をして待て!…アイラ、身体の方は大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫でございます。申し訳ございませんでした、殿下」

「うむ、ならばミツキの支度を手伝ってやってくれ」

「かしこまりました」

「では、後で使いをよこす。それまで部屋で待つように。いいな、部屋で待つんだ」

 ルーカスは大仰に美月を指さし、念を押して退室した。

 美月は唇を噛み締めたまま、立ち尽くしていた。


 自分のことなのに、自分で決められない。

 悔しい。

 でも、本当のところ、どうすればいいのかわからない。


 不意に、アイラが声をかけてきた。


「ミツキ様、それではお召換えをさせていただきます」

「へ?えっ、何?」

 ルーカスとレナードが退室すると、アイラの指示のもと、文字通り侍女数名が雪崩込んでくる。そうして、着ているものを剥ぎ取られドロワーズを履かされ、コルセットを装着される。これまで異世界本で見た,王宮侍女の優秀さとはこういうことかと他人事のように実感する。コルセットをさらに締め直され、パニエを身に着ける。その後頭から被せられたのは、深い深紅のドレスだ。黒のレースとリボンが大人びた印象だ。

「ミツキ様、申し訳ございません。本来でしたら国王陛下の御前にお出でになるのですから、体を清め、磨き上げてからでございましょうけど、本日は何分時間がございません。どうか、ご容赦願います」

 アイラが恭しく頭を下げる。


 磨き上げるって、何?


「いえ、もう十分です」

 髪を梳きハーフアップに結い上げられ、バラの花を髪に挿し「身支度」を整えられた美月がアイラに断りを入れた。


「まあ、とんでもございません、ミツキ様。ミツキ様は磨き上げればもっとお美しくなられますわ。想像するだけでドキドキします。きっとルーカス王太子殿下もお悦びになられますわ」


 うっとりと話すアイラに、なぜそこでルークが出てくるのかと突っ込みたかったが、慣れないコルセットの絞め上げのために、余分な力を使うことを控えた。


「まあ、そうでしたミツキ様、こちらを。ルーカス王太子殿下からですわ」

 そう言いアイラが差し出してきたのは、澄んだエメラルドグリーンの石のついたネックレスだった。

「こちらは特別な術が施されているそうでございます。常に身につけておくようにとの殿下からの指示でございます」

 ネックレスをつけてくれながらアイラが説明する。

「うん、わかったわ。ありがとうアイラ」

「まあ、お礼は殿下に直接おっしゃってくださいませ」

「そうね」

 返事をしたものの、先ほどのルーカスとのやり取りで、胸中穏やかではなかった。思い出しただけで、頭から湯気が出るのではないかと心配になる。苛立ちを逃がすように大きなため息をついたとき、ドアがノックされ、使者の訪れを告げた。


 護衛の騎士を引き連れて、アイラとともに謁見室へと向かう。長いドレスの裾さばきと陛下への口上、さらに膝の折り方お辞儀の角度等々アイラの指導を、頭の中で繰り返しシュミレーションする。3巡目で謁見室へとたどり着いた。


 謁見室には、美月だけが入室を許可されたが、室内には既にルーカスが居て、話を進めていたようだった。美月はルーカスの傍に歩み寄り、その少し後ろの位置で止まった。国王陛下にお辞儀をし、口上を述べる。

 斜め前で、ルーカスがこっちを凝視していたのが少し気になったけど、覚えた口上を述べるのに必死になっていた。

 美月の口上が終わると、国王陛下が鷹揚に告げる。


「ミツキ殿、今、王太子から事情は聞いた。遠い異国から知らないところへ来てさぞ心細かったであろう。そなたの事はこのハーヴェロード王国が責任を持つゆえ、安心するがいい」

「もったいないお言葉、ありがとうございます。国王陛下」

「して、今後のことは、王太子から聞いたところだが、美月殿はそれで良いのだな?」


 え、なんだろう…?

 まだ聞いていませんが?


 ちらりと目の前のルーカスに目をやると、わずかに赤みがかった頬をゆるめ、軽く頷いた。


 話を合わせろと?


「は、はい。よろしくお願いいたします」

 国王陛下に礼をする。


「うむ、よかろう。では、後のことは王太子と相談して決めるが良いぞ」

 国王陛下は満足げに頷いた。


「はい。ありがとうございます」


「まあ、ルーカスも気に入っているようだし、このまま本当になっても構わんがな」

「?」

「ゴホッ、ち、父上」

 ウインクをする気さくな国王陛下から視線を移し、咳払いをしつつ頬を染めるルーカスを訝しげに見ると、ハッとしたように姿勢を正した。


「それでは陛下、失礼いたします」

 踵を返すと、「いくぞ」と美月の腰を抱き、そのまま退室した。



 そうして、今、ルーカスの執務室に美月、アイラ、レナード、オリヴァー、そして、ルーカスの5人が揃っていた。


「な、なんですって――――っ!」


 そこに美月の雄叫びが轟いた。


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