第9話 秋の夜長に恋しい人

 九月の中旬に入った。

 季節はすっかり秋になってきたはずだけど、まだ蒸し暑い日もある。

 でも、夜は虫の声が聞こえてきたりする。

「全然ダメだ……。ただいま、夏海~!」

 詩音ちゃんが近所の予備校から戻ってきた。寮生でも、予備校や塾に通っている子は多い。

 柔道部は夏の大会で引退してて、まだトレーニングは息抜きがてらやってるみたいだ。

「詩音ちゃん、つまらないこと聞いてもいい?」

「いいよ。どうして?」

「瑠果くんの中学時代のこと、聞かしてくれ。本人に聞いても全然答えてくれんから。詩音ちゃんに聞けば、ある程度は聞けるかなって?」

「あ~、瑠果ね。卒アル、見る? 結構かわいいよ。本人は嫌がってるけどね」

 詩音ちゃんも勉強を終えて、本棚にあった中学の卒アルを出してくれた。

 瑠果くんは三年A組に写真があった。

「あった。コイツ、大人っぽくなったよな~!」

「え? 瑠果くん、かわいいよ」

 瑠果くんの三年前はまだあどけなくて、子どもっぽい印象が強い。詩音ちゃんは相変わらず、ショートカットの髪はとても似合ってる。

 瑠果くんの笑顔はいまの面影が残っているんだ。

 三年前なんて全然知らなかったのに、なんか昔から知ってるような感じがする。

 ――会いたいな。

 そう思っていたとき、スマホの着信が来た。

「もしもし? 瑠果くん!? どうしたの」

「え? ちょうど寂しがってるかな? ってね。夏海、この前のこともあるから、大丈夫かなってね」

 少しだけ、低くなった声は別人のような気がする。

「イタリアに国籍も変えるの、大変じゃないの?」

「大変なのかな? 俺の場合は、父さんがイタリア、母さんが日本の国籍を持ってて。日本の法律で……二重国籍は認められてなくて、父さんか母さんの国籍に二十二歳までに決めなきゃにしないといけないらしくて」

「瑠果くんはお父さんの国籍に変えるの?」

「うん」

「久礼野姓は名乗れなくなるけど、母さんの名字もも誇りに思ってる」

 わたしは瑠果くんとの通話を切って、泣きそうになった。

「夏海……」

 涙が溢れていく。

 詩音ちゃんは行ったのか、もう部屋から出ていた。







 十月になってからは、瑠果くんからは近況のLINEで伝えあってる。

 国籍の選択届けも日本と向こうの手続きもあるらしくて、結構大変だったみたい。

 それと礼於レオくんのことも聞いた。

 瑠果くんの双子の弟で、母方の叔母さん夫婦の養子になってる。

『礼於は相変わらず、国籍のことで悩んでるらしくて、イタリアにすることを望んでるけどさ……完全に決めるとなると、難しいみたい』

 礼於くんのお母さん(ほんとは叔母さん)は瑠果くんと礼於くんのお母さんと姉妹同士で、二人ともイタリア人と結婚したから、日本の国籍を選択した場合は、久礼野姓を名乗ることになる。

 お父さんのイタリアの国籍を選択した瑠果くんの場合は、久礼野姓は名乗れなくなる。

 瑠果くんはもう将来のことも考えているのか。すごいな。

「がんばれ、瑠果くん」

 そっと、窓の外に月に話しかけた。

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