第17話 少女の唄

 リーパーはウクライナ軍兵士が列を成し、銃を構えて向こう側を睨んでいるいわば『最前線』に到着した。

「ソコロフ!!ソコロフは居るか!?」

「こっちだ!!リーパー!!」

 ソコロフが手を振ってリーパーを呼ぶ。

「状況は?」

「敵部隊の数は不明。基地とここで挟み撃ちにしているが、敵の応戦が激しく突撃出来ない。」

「要するに缶詰作戦か。早くしないと敵の増援が来る。さっさと片付けろ。」

「近づいたらどうなると思う?ペチェネグで肉塊にされる。それに、さっき毒ガスを撒いたかもしれない。危険だ。」 

 ソコロフは攻撃的なリーパーを抑える。すると、ソコロフの背負っていた大きなバッグからサーシャが顔を出す。

「あっ、変なへーたいさん!おじさんは?」

 サーシャはマレンコフの所在をリーパー問う。サーシャは純粋な眼差しでリーパーを見つめる。彼が死んだ事を知らずに――――。

「マレンコフは――――、死んだ。」

「ウソ、、、。そんなぁ、、、。ウソだよね、、、?ねっ、、?」

 サーシャは瞳に涙を浮かべていたが、その知らせを信じようとはしなかった。しかし、リーパーはもう一度ハッキリと言う。

「あいつは死んだ。ウソじゃない。」

「ウソだ、、、。ウソだウソだウソだウソだぁぁああ!!ウワァァァ!!」

 サーシャは大声を出して泣いてしまった。

「マレンコフの物だ。お前が持っておけ。」

 リーパーはマレンコフのドックタグを取り出してサーシャに渡そうとする。血がべったりと着いたロシア軍のドッグタグを。

「おじさんは死んでない!!」

「あいつは死んだ!!もうこの世には居ない!!良いか!!逃げるな!!あいつも逃げずに戦ったんだ!!」

 リーパーはサーシャの首にそのドックタグを着けた。

「あと、あいつの最後の遺言だ。」

「おじさん、、、、。何て言ってた、、、?」

「お前の親父を守れなくてすまない―――。そう言ってた。」

「それって、、。どういう事?」

「お前の親父は死んだ。遥か昔にな。」

「ウソだ!!おじさんは必ず帰ってくるって言ってたから!!そんなのは、、、グズッ、、、。ヒック、、、。ウソだよ、、、。」

「死んだ。兵士としてな。」

「ウワァァァァァァァ―――――――――!!!」

 サーシャは再び大声で泣き出した。彼女は幼くして両親と親しかった人間を失ったのだ。それはあまりにも残酷な現実だ。

「お前の親父は自身の死を持ってマレンコフに教えたそうだ。『逃げてはならない』と。マレンコフはそれをしっかり守ったぞ。自分の命と引き換えに。」

―――お前なら出来るはずだ。

 再びサーシャには死んだ父親が見えた。

「私には、、、。出来ないよ、、、。」

―――大丈夫。サーシャ。あなたなら出来るわ。

 死んだ母親が父親の隣に見えた。2人はサーシャを優しい眼差しで見つめる。

―――だって、お前は

―――私達の娘だもの。

「私、、、。何をすれば良いの?」

 サーシャは自分だけに見える両親に聞く。

 すると、両親は指をさす。ウクライナ軍と親ロシア派兵士が睨み合っている真ん中―――焼け焦げた中間地帯を指した。

―――あそこで平和を唄うんだ。

―――人間は己の身体でお互いを傷つけ合ってしまうわ。でも、再び手を取り合う事は出来るはずよ。

「そんなの、、、。出来ないよ、、、。」

―――やってみないと分からないじゃないか。お前なら出来るはずだ。

「私なら、、、きっと出来る。」

 そう言うとサーシャはソコロフのバッグから飛び出した。

「おい!!どこに行く!!」

「そっちに行ってはダメだ!!」

 ウクライナ軍の兵士達が止めてもサーシャは走るのを止めなかった。


 サーシャは中間地帯のど真ん中目指して走った。

「撃てぇ!!」

 親ロシア派のペチェネグの銃弾がサーシャを襲う。しかし、サーシャには1発も当たらなかった。

「バカ野郎!!発砲を中止しろ!!子供を殺す気か!!」

 親ロシア派の兵士が声を上げて発砲を中止させた。

 サーシャは中間地帯で足を止める。その足は大きく震えていた。

「もう止めて!!」

 サーシャは叫ぶ。

「私はこの戦争で家族とおじさんが死んだ!!こんなのはもう止めようよ!!」

 戦場が静まり返る。しかし、どちらの兵士も銃口を敵に向けたままだ。



「Расцветали яблони и груши《林檎と梨の木が咲き誇っていた》」

 サーシャは唄を歌い始める。

「Поплыли туманы над рекой《霧が川面に漂っていた》」

 戦場に行った青年を想う少女の唄を

「Выходила на берег Катюша《カチューシャは川岸に歩み出た》」

 戦争が終わる事を祈って

「На высокий берег на крутой《高く険しい川岸に》」

 彼女は唄を唄った。



 その唄を聞いた兵士達は自然に銃口を下に向けていた。

『総員、銃を投げ捨てろ。』

 親ロシア派兵士の無線に声が聞こえた。

 親ロシア派兵士は全員AK74を中間地帯に投げつけた。

『このまま出ていくぞ。両手を挙げてな。』

 その声で一斉に親ロシア派の兵士達は両手を挙げて中間地帯へ出て行った。

「これは降伏じゃ無い。武装放棄だ。俺達は戦いを捨てる。」

 ウクライナ軍の前に出た親ロシア派兵士の隊長と思われる兵士がそう言った。

「もう、止めよう。傷つけ合うのは。」

 そう言って無線機を取り出す。

「HQ、聞こえるか。」

『こちらHQ。』

「俺達は武装放棄をする。もう戦わない。以上だ。」

 そう言って無線機の電源を切った。

「俺も家族を失った。この戦争で。」

「俺は兄弟を、」

「愛人を」

「親戚を」

「友達を」

「子供を」

「妻を」

 兵士達は戦争で失った人を言い、互いに励まし合った。

「リーパー。お前は戦争で何を失った?」

 ソコロフがリーパーに聞く。

「俺は、多すぎて思い出せそうも無い。」

「これで良かったんだよな。」

 ケレンスキーがリーパーに言う。

「俺の予想してた結果とは全然違うが、これはこれで良いんじゃないか。」

 リーパーはそう答える。笑顔になったサーシャを見つめながら。

―――サーシャはやったぞ。さすが、あんたの娘だ。

 こうして、親ロシア派の奇襲攻撃は多くの犠牲を出しながらも失敗に終わった。

 1人の少女の唄によって戦いは意外な形で幕を閉じたのだ。しかし、世界はこの事を知らない。歴史の陰に埋もれるのだ。それでも、事実は変わらないのだ。



 数日後。リーパーはいつも通り基地で生活を送っていた。サーシャはソコロフの部隊が引き取って育てるそうだ。サーシャは炊事係になった。毎日基地の皆に美味い飯を振舞っているそうだ。そんなある日――――、


 リーパーはいつものベンチで昼寝をしていた。すると、

「リーパー!!何か来たわよ!!」

 バラライカがリーパーを叩き起こす。

「もうちょっと優しく起こせないのか、、、。」

「そんな事よりアレ、、、。」

 バラライカが雲1つない晴天の青空を指さす。その先になV-22オスプレイの大群が大きな音を立ててやって来た。

「あれは大変だ!!早く行くぞ!!」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 リーパーは基地の航空機発着場に急いで向かった。


 リーパーはオスプレイが着陸する前に発着場に到着した。

「おぉ、、、。いっぱいいる、、、。」

「わぁー!!いっぱいだね!!」

 そこにはすでにソコロフの部隊がいた。もちろんサーシャも。サーシャはオスプレイの大群に大はしゃぎだ。

 そして、1機のオスプレイがリーパー達の前に着陸する。そして、ハッチが開く。

「イェェェェェエイ!!久しぶりだな!!ロシア語でこんにちはって何て言うんだ?」

 オスプレイの中からは日本語を話し、リーパーとは少し違う中央が赤く発光するVRのようなインターフェースを着けた男が降りてくる。彼は背中に長い刀を装備していた。

「久しぶりだな。『シャドウブラッド』」

 リーパーは右手を上げる。

『変なへーたいさん。この人お友達?』

 サーシャがリーパーに問う。

『まぁ、そんなモンだ。』

「おい、止めてくれ。俺はロシア語が出来ねぇんだ。」

 どうやらシャドウブラッドはロシア語が分からないらしい。日本語で話し続ける。

「それで。要件は。」

 リーパーはシャドウブラッドに日本語で聞く。すると、彼は両手を合わせてから答える。

「おめでとうリーパー。あんたは任務終了だ。」

 




 

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