第5話 ルナ

 モフモフに魅せられてしばらく、ようやく賢治が理性を取り戻した。


「俺は忍野賢治。賢治が名前で忍野が名字…姓とか家名だな。君は?」

「名前はないよ?ひょっとしたら有ったのかもしれないけど、生まれて直ぐにこの森に捨てられたから」

 かなり重い話を黒狼幼女は賢治に笑顔を向けたまま話している。


「よく、生きてこれたな」

 これまでの賢治なら黒狼幼女の境遇に思うところが有ったはずだが、ダンジョンコアを融合吸収した事で肉体だけでなく精神にも少々影響が出ている様だ。

 かなり平気な顔をして話を聞いている。


「フェンリルの姿になれば、勝てない相手はいなかったから大丈夫!」

「そっか。それじゃー、俺が名前をつけてやろう。その代わり俺の事は賢治って呼べよな」

「わーい!ありがとう、賢治様」

「いや、様は要らないから。賢治だから」

「ヤダー!でも名前は下さい!!」


 賢治と黒狼幼女の、賢治の呼び方戦争は長く続かなかった。

「ダーリン、ハニーって呼び合ってくれるなら、賢治様って呼ばない!!」

「賢治様と、おぉぉ呼び!!」

 ダーリンハニー呼びよりは、様付けの方が対外的に名誉へのダメージは少ないと考えた。

 どちらにせよ幼女趣味を疑われるのは確定なのだが、人間誰にも諦められない事はある。



(フェンリルだからって、フェンとかリルとかルリとか。安直すぎるから却下だな、狼系の名前なんかもパスすると…月か?)

 木の根本に座りもたれかかり、黒狼幼女を抱えて頭を撫でながら名前を考えている賢治。

 狼の次に月が出てくる辺り、安直からは抜け出せていない事に気付いていない。


「よし、決めた。お前の名前はルナだ、どうだ?」

「うん、ルナ。気に入ったよ。ルナ、ルナ」

 黒狼幼女…ルナは名付けに満足し大興奮している。


 ゴンッ!


 喜びの余り立ち上がり、賢治の顎に多大なるダメージを与えたのにも気付いていない。

 そして賢治のネーミングセンスよ。

 ルリを却下して月を連想してルナ。

 ネーミングセンスの向上は、来世にしか期待出来ないレベルだろう。


 ルナルナと自分の名前を連呼して走り回る幼女を、痛む顎を擦りながら見つめる賢治。

 その瞳は慈愛に溢れ、事案など起こりそうもなかった。


 グギューーーー。


 ルナの舞は賢治の盛大な腹の虫でおさまった。

「賢治様はお腹が空いたんだね、だったらルナのおうちに帰ろう?今朝獲ったお肉が置いてあるの!」

「おお、そうか。それじゃ、ご馳走になろうかな」

「うん!」


 ルナはこれまで1人で生きてきたので、誰かと一緒にいるのが凄く楽しいようで終始笑顔を振りまいている。

「賢治さまー!早く、速くー!!」

(服を買ってやりたいし、その時は肩車をしてやるか)

 楽しそうに先を行き案内するルナを見ながら、賢治はそう思ったのだった。


「ここがルナのおうちだよー」

 ルナが案内したのは、大地が隆起して出来た崖にある洞窟だった。

 ルナが魔法で光を出して、辺りを明るく照らす。

 入口こそ隠してあり狭かったが、中は驚くほどに広い。

 通路ですら幅も高さも2メートルは掘ってあり、いくつかある部屋も最低4メートル四方と。洞窟にしてはかなり広い。

 その部屋の数も大小合わせると20を超えるとルナは説明していく。


 食料保管室では肉が氷漬けにされていて、ルナは素手で綺麗に切り取っている。

「それじゃあ台所に行こう」


 台所には大きな竈の様な物に石の網が乗せられている。

 天井には排気口なのか大穴が空いていて、煙をどこかに流すのだろう。

 他にはシンクに相当する設備はなく、椅子1とテーブル1があるだけ。

 テーブルにポツンの乗った1枚の石皿が、ルナが孤独に生活していた事を悲しく物語っている。


 ルナは伸ばした爪で肉を薄く切ると網に乗せ、竈に魔法で火を着けた。

 薪もないのに火は一定に燃え続け、火で炙られ溶けた肉が焼かれ。久しぶりの焼肉の薫りに、賢治の胃はますます鳴っていく。

「賢治様は育ち盛りなんだね、先に食べててもいいよ」


 大人として子供に働かせて自分だけが先に食べるのはどうかと思ったが、ルナの楽しそうな笑顔を見て賢治は考えを改める。

「ありがと、先にいただくよ」

 箸もフォークもないので手掴みだが、脂の殆どない赤身肉だったのにトロトロで。薄切りじゃない肉自体の柔らかさと、少ない脂身から出る十分な旨味が、塩なしでも延々と食べ続けられる味にさせている。

「美味え!!」


 肉を摘んだ指や舌や口内が火傷するのも気にせずに、賢治は肉を食べ続けた。

 肉を焼きながらルナもつまみ食いしているので、2人は同時に食事を終えた。

「ふー、食った食ったー。ルナご馳走さん。美味かったよ」

「えへへー、お粗末様でした!誰かと一緒に食べるなんて初めてだから、ルナとっても嬉しかった」


 そうかそうかと頭を撫でようとしたが、垂れた脂で手はベトベトだった。

 賢治がどうしようかと考えていると、ルナの魔法で網や皿と一緒に魔法で綺麗に洗浄された。

「ルナ綺麗にしてくれたのか、ありがとな」


 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で。

「キャー!」

 賢治は知らない。

 自分が幼女に、奉仕の喜びを教えている事に。

 誰かに仕える事が喜びだと調教している事に。

 自分がダンジョンコアを融合吸収して起こった変化の意味を。

 後に賢治はこう語る。

「あの瞬間だけ見たらアウトで事案で逮捕なんだが。長い目で見たらグッジョブだ俺!」

 と。

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