電撃マシン

佑佳

1 マシン、邂逅

1-1 おめでとう

真志進ましんくん、誕生日おめでとう!」

 六月一二日。枝依えだより市は朝から雨。

 教室の自分の席に大人しく座っていた僕は、そんな花の咲くような色の声をかけられたことに驚いて肩をビクッと跳ねさせ、勢いよくガバッと顔を上げた。

「あっ、と、あの。えぇと。ありがとう」

 度のキツいメガネの位置を正して、目の前に立っている声の主――皆本みなもと柚姫ゆずきをドキドキと見上げる。

 あぁ、申し遅れました。僕は神田かんだ真志進です。今日で一八歳になった、高校三年生です。

「はいこれ」

 やっぱり花の咲くような笑顔で、皆本は後ろ手に持っていた小袋を僕の机にそっと置いた。

「え?」

「誕生日なので、プレゼント」

「え? 僕に?」

「ふふ。真志進くんの誕生日なのに、他の誰かにあげたら変じゃない」

 肩をクスクスと揺らし、皆本が笑う。肩よりも少し長い黒茶の髪が、彼女がクスクスとするごとにふやふやと動いて、それだけで僕のわき腹がソワソワする。

 なぜって、とても簡単な話。僕は皆本柚奈に片想い中だからです。とても本人には言えないけれど。

「なん、なんかごめん。僕、皆本には何も、お祝いあげてないのに」

「あー、また謝ってる。真志進くんは謝ることでもないのに謝りすぎだよ。この前も言ったじゃん」

「う、うん。ごめん」

 と、出てしまってから「しまった」と俯く。こんな相も変わらず格好悪い僕へ、しかし皆本は態度を変えずに優しく助言を追加してくれた。

「じゃあ今回みたいなときは、『ありがとうございます、柚姫ちゃん』でよろしく」

 そうしてふわっと微笑まれてしまったら、僕の恋心は爆発寸前に。ボン、と顔から火が出るほどに緊張、硬直、呼吸の停止。生唾ごくりでギリギリやり過ごす。

「ありっが、ありがと、ゴザマス。皆本」

「あはは! カタコトだ!」

 ううむ、不意打ちでとんでもなくかわいらしい笑顔まで戴いてしまったな。

「癖、治るといいね」

「うっ、うん……」

 照れている顔面なんか見せられるわけもなく、僕は視線を卓上に向けて、皆本が置いてくれた小袋を拾い上げた。裏返して接着面テープに手をかける。

「ああーっ、待って待って!」

「えぁっ?」

「開けるの、家に帰ってからにしてくれる?」

「あ、えぇと、ハイ」

「それでね、なるべく一人のときに開けてほしいの」

「一人の、ときに?」

 まぁ、皆本がそう言うなら仕方がない。そうしてなぞった後で「うん」と首肯を返した僕は、小袋を卓上へ置き戻そうとした。けど、戴いたものなら大事にしまっておいた方が賢明だよね。ということで一転、制服のブレザージャケットの左腰ポケットへ優しく滑り込ませる。

「まーあーしぃー!」

「ふぴゃっ」

 掛け声と共に背後から伸びた大きな手は、ピタリと僕の頬を覆い挟んだ。唇がむぎゅと縦に伸びて、不格好を皆本に晒してしまう。

 こんな子どもじみたことをやってくるのは、僕の知人にたった一人しかいない。覆う手のマメの凹凸にとても親近感があるのがなによりの証拠。

ひゃめひぇおやめてよひゅるひ

「プフッ、ゴメンゴメン」

 挟んでいた手はパッと離されて、僕にはもったいないくらいの気のいい友達・成村なりむらつるぎが右側からぐるりんと顔を覗かせた。端正で爽やかなその男前を、にんまりと笑みの形に曲げている。

「ハッピバースデー、マイディア、まーしー! いよいよ一八歳! くぅー、大人だねぇ」

「また大袈裟に言う。あの、でもありがと、わざわざ」

「俺の真心、この一年間でちゃあんと受け取ってくれた?」

「うぇ? あ、うん、まぁ。剣の、えっとその……真心? ハイハイ」

 正直、真心なんていう目の見えないものは僕にはわからない。けれど、剣が幼稚園時代からずっと僕と仲良くし続けてくれているという事実や情感だけは、確固たるものとして僕にもわかる。

 理数系がちょっと得意だというくらいしか僕には取り柄なんてないんだけれど、剣が僕にとって気の置けない友達で居続けてくれることは、一七年という人生のなかでも幸運であることに間違いない。……あ、今日で一八年になったんだった。

 僕がおずおずとしていると、剣は「プフーッ」と漫画みたいに噴き出して笑う。

「真心はまぁ冗談っ。まっさかそんな目に見えないようなモンだけじゃないってぇ。俺の大事なまーしーの誕生日なのに」

 差し出されたのは、枝依えだより中央ターミナル駅の傍の本屋の袋。剣はそれをゴトリと僕の机に置く。

「昨日欲しいって言ってたやつ」

「昨日?」

 確かに昨日の昼休みに、僕は剣と弁当を食べながら欲しい本があるむねの話をした。でも剣が興味をそそられるような話題でもないと先読みして、諸々をぼかして伝えたはずだ。剣だって仔細細かいことはわざわざ訊いてこなかったし、あんなに少なすぎる情報から『僕が欲しがっている本』をぴったり当てられるとも考え難い。

 いぶかしんで眉を寄せていたら、満面の笑顔の剣に「まぁまぁ開けてみって」と促された。言われるままに、卓上の袋を手に取ってそろりそろりと中身を改める。

「わ、すご」

「だっろォー? さすが俺」

 袋の中身はまさかのドンピシャ。僕が昨日ぼかしながらも欲しいと告げたその本だった。

「なんでわかったの? 昨日、だって僕、タイトルとかハッキリ言わなかったのに」

「タイトルなんかフルで聞いとかなくたって、まーしーの好きそうなものは大体わかるってぇの。キーワードひとつふたつくらいで推測楽勝ッスよ」

 向けられる、爽やかさ満天ピースサイン。片や、眉をハの字に声を裏返す僕。

「ええ? 特殊能力だよ、僕には出来ない」

「頭いいのにバカだなぁ、まーしーは。俺だってムダに一五年間、まーしーの友達やってねーっての」

 ドッキン、なぁんて心臓が跳ねた。

 剣はこんな風に、普段から平気でこっちが恥ずかしくなってしまうようなことをサラリと言ってくる。そしてキラリーン爽やかぁーなイケメンスマイルが、追加で『僕に』炸裂するんだ。

「ありっら、その、ありがとう、剣」

「なんのなんの。『大事なまーしーのために』だし」

 ハァ、これだもの。どうりで僕なんかと全然違って、どこへいっても大層モテるわけですよ。納得納得。

「なんの本なの? 随分大きいけど」

 皆本がきょとんと訊ねながら、僕の手元を覗く。ワタワタと突然忙しなくなる僕よりも先に、剣が返答を向ける。

「深海生物図鑑、改訂版」

「深海生物?」

「なんだっけ、スモウトリイワシだったっけ? なんかそういう新しく発見された魚が加えられた改訂版の図鑑が出た、って昨日興奮してたからさぁ、まーしー」

「『スモウトリ』じゃなくて『ヨコヅナ』。ヨコヅナイワシ」

「そーそー、ヨコヅナイワシ」

「へ、へぇ?」

 うぇ、やっちゃった。

 この皆本の反応は心底妥当だと思う。高校三年の女の子が、深海生物の最新情報なんて興味津々で知りたがるわけもないもの。しかもそれを嬉々として上書き説明しちゃう僕! うう、ドン引きマニアック発言炸裂だよォ……終わった。誕生日早々終わった。皆本に引かれてる、絶対に。

「ま、真志進くんにあげるの、わたしも図鑑のがよかったかな」

「そっ! そそそそういう、わけじゃっ」

「皆本もまーしーに何かあげたの?」

「えっ?! あっええと、たったた、大したものじゃないんだけど、まあ、うん」

「へぇ?」

「でも成村くんと違って、わたしの趣味全開のものにしちゃったから、その……真志進くんの好みじゃあないかも、あは」

 この皆本の慌てようから察するに、僕は新学期になってからひとつのことに気が付いている。それは、皆本は剣のことが気になってるんじゃあないかってこと。というか、十中八九そうでしょって思ってる。

 はぁ、これがあるからどのみち僕が皆本へ告白するだなんて出来るわけもないんだよねぇ。

「そっかー。じゃあ俺の誕生日は一二月だから、俺も皆本から貰えるの待ってよー」

「成村くん、半年後なんだ?」

「そ。一二月八日だから覚えといて。皆本は一〇月七日だっけ?」

「スゴい、覚えててくれたの? ありがとう」

「特技特技、俺の特技は日付を覚えること」

「へぇ。そうなんだ! 成村くんすごい!」

 うう。なんだかこの二人、やっぱりはちゃめちゃにいい雰囲気。シュンシュンと背中が小さく縮んでいくような想いが。

 剣からも皆本からもお祝いを貰えて嬉しかったけれど、なんだか純粋に喜べない今の僕は、やっぱりパッとしない系の男子高校生なんだろうなぁ。


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