第39話

 俺は小走りで山北のところへと戻る。

 すると山北は概ね事情を察してくれたようで、「僕が慰めてきます」と言って入れ替わるように渡井のところへと向かってくれた。


 もうバーベキューの片付けも終わっているようで俺はただぼんやりと待つしか出来なかった。


 渡井を断った以上、俺も覚悟を決めるしかないと思わされた。

 問題は……やっぱりタイミングか。



 しばらく待っていると渡井と山北が戻ってくる。

 普段通りの顔を見せてくれているが、渡井の目は少し赤くなっているのに気づく。

 ただ、それに何か言う資格は俺にはなかった。



「それじゃあ、戻りましょうか」

「そうだな」



 荷物を持つと俺たちは家へと戻っていく。

 さっきまで楓が隠れていた場所をちらっと見るが彼女の姿はなかった。


 もう家に帰っているんだろうな。


 それならと俺も自分の家へと帰っていく。



「では俊先輩、また明日です」

「お疲れ様でした」



 渡井と山北が見送ってくれる。



「あ、あぁ、また明日頑張ろうな」



 思わず言葉に詰まりそうになりながらもなんとか声にする。

 そして、軽く手を振って二人を見送る。

 その後に部屋の扉に手を掛ける。


 ガチャガチャ……。



「あれっ、鍵が閉まっているのか?」



 普段の楓なら俺が帰ってきそうなタイミングに合わせて鍵を開けておいてくれる。

 それがしていないということは、楓はまだ帰ってきていないのか?


 少し首をかしげながら部屋の中に入ると部屋の中も真っ暗だった。

 どうやら本当に楓は帰ってきていない様子だった。


 どこか別の所に用があったのだろうか?


 不思議に思いながらも俺は風呂の準備など、自分で出来ることをやり始める。


 時間もまだ夕方なので楓くらいの歳の子なら外で遊んでいてもおかしくないよな。


 ただ、なんだろうか。妙な胸騒ぎがする。


 落ち着かない気持ちになりながらもとりあえず床に座り、何か見たいわけでもないがテレビを付ける。


 しかし、ついているだけで番組に集中することが出来ず、結局見ることを止めてしまう。


 こんなことをしていると楓に「電気代がもったいないですよ!」と注意されるんだろうな……。

 苦笑をしながらテレビを消すとどこかから音楽が流れてくる。


 ~~♪


 ……スマホか!


 一瞬何の音だったか、と焦ったがスマホの音とわかり鞄の中から取り出す。

 名前の所に表示されていたのは『美澄楓』の名前だった。


 それを見た瞬間に俺は慌てて電話を取る。



「み、美澄か!?」

「き、岸野さん……、びっくりしました。どうかしたのですか?」

「い、いや、なんでもない……」



 いきなり大声を上げてしまい、楓に驚かれてしまった。

 改めて深呼吸をして気持ちを落ち着ける。



「それよりも美澄こそどうしたんだ? どこか遊びに行っているのか?」

「いえ、ちょっとお父さんが入院したって聞いて慌てて実家に帰ったんですよ。だから、岸野さんに連絡だけさせてもらおうと思いまして……」



 楓のお父さん……、直接会ったことはないし、楓自信もあまり仲が良さそうではなかったが、それでも入院したとなっては気になってしまう。



「大丈夫なのか?」

「はい、数日もしたら退院できると思います。ただ、それまで心配なので私がついていようと思いまして……。岸野さんにもご迷惑をおかけしますけど――」

「迷惑なんかじゃないぞ。それよりも俺もお見舞いに行こうか?」

「い、いえ、大丈夫ですよ……。でも、そうですね……。もし来て下さるのなら、病院の場所をメールで送っておきますね……」



 少しだけ期待しているようにも聞こえた。

 これは行くしかないだろう。

 ……よし。



「わかったよ、早速明日に向かわせてもらうな」

「そ、そんな無理しないで下さいね」

「大丈夫だ、なんとかしていくよ」



 それだけ伝えると楓の電話を切る。

 そして、今度は会社の上司に電話を掛けていた。





 さすがに普段ならこんな急に休みを取りたいと言ってもなかなか取れないのだが、事情を説明したら「行ってくるといい。しっかり決めてこいよ」となぜか応援されてしまった。


 まぁ、一緒に住んでいるわけだからいつかは挨拶もしないといけないだろうが……、こんな急にくるとは思っていなかった。


 ただ、楓も寂しそうな声を聞いたら行かざるを得ないからな。


 そう思っていると楓から病院の位置のメールが届く。

 やはりそれなりに距離がある病院だ。電車で三時間くらいかかるだろうか?

 とりあえず明日の朝一番に行ってみよう。


 ただ、手ぶらで行くのも問題があるか……。

 よし――。


 俺は今度は母さんに電話を掛けてみる。



「もしもし、俊かい?」

「母さん、今大丈夫?」

「もちろんだよ。どうかしたのかい?」

「実は病院にお見舞いを持って行くことになったんだけど、どんなものがいいと思う?」

「持って行く相手にもよると思うけど……」

「美澄の父親が入院したらしいんだ……」

「うん、婚姻届とあとはウエディングドレス……、とりあえずすぐに晴れ姿を見せられるように準備しないとね! なんとか見られるうちに……」



 母さんは盛大に勘違いをしているようだった。

 まるでもう危篤状態なんだと思っているようだ。



「いや、すぐに退院は出来るみたいだ。ただ、楓の親だからな。お見舞いだけは行こうと思って……」

「そうだね、それなら食べきれる程度の果物でいいんじゃないかな? それよりもちゃんと小綺麗な格好をして、しっかり挨拶をしてくるんだよ!」

「わかったよ、ありがとう」



 やっぱり何か勘違いしているようにも思えたが、とりあえずアドバイスはもらった訳だし、明日の朝に果物を買ってから病院に行ってみよう。

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