第40話

 母さんのアドバイス通り、俺は果物を買い楓のいる病院へと向かっていく。

 初めて楓の親に会うので、緊張のあまり体が固まっていた。


 それでも行くと言ったからにはいかないといけない。

 ゆっくり病院に向かって歩いて行く。

 そして、昼過ぎに病院にたどり着く。



「美澄に教えて貰った部屋は……」



 メールに書かれた部屋の番号へと向かっていく。

 そして、ようやく目的の場所へとたどり着く。



『美澄武』



 どうやらこの人が楓の父親らしい。

 大きく息を吸って深呼吸をする。そして、覚悟を決めると中へ入っていこうとする。

 その瞬間に突然肩を叩かれる。



「うわっ!?」

「きゃっ、ど、どうかされましたか?」

「えっ、その声は……」



 思わず驚きの声をあげてしまったが、振り返ってみるとそこにいたのは楓だった。

 彼女の姿を見ると俺はホッとため息を吐く。



「な、なんだ、美澄だったか……」

「それはコッチの台詞ですよ。なんか部屋の中を覗いている怪しい人がいるなと思ったら岸野さんでしたので」



 楓が頬を膨らませて注意をしてくる。

 しかし、すぐに笑みを見せてくれる。



「それにしても本当に来てくれたのですね……」

「あぁ、美澄の親が入院したとあってはお見舞いに行かないとダメだろう? あっ、これはお見舞いの品だ」



 買ってきた果物を楓に渡す。



「すごい果物ですね。高かったんじゃないですか?」

「あぁ、結構な値段がしたな……」

「そんなに無理をしなくて良かったんですよ?」

「いや、このくらいさせてくれ」

「わかりました。では、こちらに来てください」



 楓に案内されて部屋の中に入る。

 なぜだろうか。楓と一緒にいると先ほどまで感じていた緊張が解けていく気がした。





 楓に案内された先のベッドには俺の父親と同じくらいの歳の男性が寝ていた。



「楓、戻ってきたのか?」

「はい、お父さん。それとお見舞いの方がいらっしゃいましたよ」



 楓が紹介してくれてから俺は姿を現す。



「おや、そちらは?」

「初めまして。私は岸野俊と申します。楓さんの隣に住んでいるもので日頃から彼女にお世話になっております」



 軽く会釈をすると楓の父親も同じように頭を下げてくる。



「これはご丁寧に。私は美澄武と申します。こちらこそいつも岸野さんにはご迷惑をおかけしておりまして――」

「いえ、むしろこちらがいつも楓さんにご迷惑をおかけしてしまって……」



 何度もペコペコと頭を下げ合っていると楓が苦笑を浮かべる。



「いつまで頭を下げ合っているのですか? 岸野さんもこちらの椅子を使ってください」



 どこからともなく楓が椅子を持ってきてくれる。



「ありがとう、それじゃあありがたく使わせて貰うよ」



 椅子に座ると楓も同じように隣に座ってくる。



「あっ、これ岸野さんから貰いましたよ。あとで剥きますね」

「わざわざありがとうございます」



 再び楓の父親が頭を下げてくる。



「い、いえ、気にしないでください。それよりも今日はどうされましたか? ただのお隣さんがわざわざお見舞いに来ないですよね?」

「えぇ、それと急に楓さんが帰ってこなくなったので心配になって様子を見に来ました」

「き、岸野さん!?」



 楓が真っ赤になりながら俺の顔を見てくる。


 ただ、楓の父親は何か納得したように頷いてくる。



「やはり楓の恋人だったか。もう楓も高校生だ。いつかはこんな日が来ると思っていたが……。まぁ思っていたより年上なくらいだな」

「いえ、お付き合いはまだしていません。ただ楓さんの部屋が水漏れで住めなくなってしまい、それで一緒に住まわせて貰ってます」



 さすがに付き合っていないのに一緒に住んでいる……というのは体裁が悪い。でも、素直に伝えた方が良いような気がした。



「そうか……」

「お、お父さん、けっしてやましい気持ちで一緒に住んでいるわけじゃないからね」

「あぁ、それは楓の態度を見ていたらわかる。これでも楓の親だぞ?」



 険しい顔を見せながらジッと楓の顔を見る。



「それで岸野さんはどうですか? 貴方から見て楓は魅力のない女性ですか?」

「そんなことないですよ! もちろんすごく魅力のある女性です!」



 はっきりと言い切ると楓は顔を真っ赤にしながら口元を震わせていた。



「そうですか。それなら私からはなにもいうことはありません。これからも楓をよろしくお願いします。今まで碌に良い思い出をつくってあげられなかったので、心苦しかったのですが、貴方と一緒にいたら楓は大丈夫ですね」



 それだけ言うと安心したように眠りにつく楓の父親。



「あ、あの……」

「大丈夫ですよ。命の別状はありませんから。ただ、少し緊張の糸がほぐれただけだと思います。今まで私のために必死で働いてくれていましたから」



 恥ずかしそうにしながらも楓ははにかんで見せてくれる。

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