第38話
楓に肉を渡し終えた後、俺は山北たちの下へと戻ってくる。
すると肉を焼く渡井とそれを受け取る山北が楽しそうに話していた。
「へーっ、やっぱり山北君はモテてるんだね」
「そんなことないぞ。本当に振り向いて欲しい人に振り向いてもらえないからな」
「大丈夫だよ、山北君なら」
「……全くその気がないのも辛いよな。まぁ行動していくしかないんだけどな」
「そうだよね。壁をぶち壊す勢いで突っ込むしかないよね」
どうやら山北の恋愛相談に乗っているようだった。
「それに意中の人に相手にされないのなら私も……。鈍感だから……」
「それを言うなら渡井も……だな」
山北がボソッと告げる。
ただ、渡井はぼんやりと俺の方を眺めていた。
「あっ、俊先輩だ! お帰りなさい」
俺の姿を見つけたようで大きく手を振ってくる。
それを見て山北は大きく溜息を吐いていた。
「あぁ、すまんな。もう運んできたから……」
「大丈夫ですよ。それよりも……お一人、ですか?」
ゆっくり近づいていく俺を見て渡井が不思議そうにしていた。
「一人で帰っていくみたいだからな」
「そうなんですね……。せっかくなら一緒に食べていけばよかったのに……」
渡井が少し残念そうにする。
まぁ、渡井は隠れているのがハルだと思ってるから仕方ないな。
実際は楓だったわけだし、彼女を渡井に誤魔化すのは難しそうだから……。
◇
それから一通り肉を焼き終えたあと、後片付けをしていると渡井が近づいてくる。
「俊先輩、ちょっとだけお時間いいですか?」
「あぁ、どうしたんだ?」
「その……、ちょっとここでは……。少しだけ歩きませんか?」
まだ後片付けの途中だからなと山北の方を向くと彼は頷いてくる。
「あとは僕がしておきますから、大丈夫ですよ」
「わかったよ、それじゃあ少し歩いてみるか」
「じゃあ失礼しますね」
なぜか渡井が腕を掴んでくる。
「えっ、渡井?」
「このくらいいいですよね?」
少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「まぁいいけど……。それでどっちの方に行くんだ?」
「適当で……どこでもいいですよ」
歩くことが目的ではないようだ。
「わかったよ……」
適当に河川敷を歩いていく。
ただ何か用があったにしては渡井は無言でただギュッと手を握りしめているだけだった。
なにか言いずらそうにしているのがわかるので、彼女の口から言葉が発せられるのを待つ。
するとようやく覚悟が決まった渡井は大きく深呼吸して言ってくる。
「俊先輩って好きな人はいるのですか?」
突然の質問に俺は一瞬固まってしまう。
「えっと、それはどう言う……?」
すると渡井は再び口を閉ざしてしまう。
ただ覚悟を決めたようで、一度頷くとしっかり俺の目を見つめてくる。
「もちろん付き合いたいと思う人がいるのですか?」
あまりに真剣な表情にこれが真面目な質問なんだと理解する。
それと今の状況、その二つを合わせ見て、渡井が何を言いたいのかわかってしまう。
「えっと、でも、渡井は山北のことが……」
事実、初めて渡井と話したことが山北の話題で、彼女は山北のことを「カッコいいひとですね」と言っていた。
だから俺は渡井は山北のことが好きなんだと思っていたが、ただ、渡井はゆっくり首を横に振っていた。
「それで俊先輩はどうですか? もし好きな人がいないのなら……」
たしかにそれもいいかもしれない……。
ずっと彼女を作れと言われ続けたわけだもんな。
渡井なら楽しく過ごせそうな気はする。
そう考えた瞬間に俺の脳裏には楓の顔が浮かんだ。
今まではそこまで深く考えたことはなかったが、今脳裏に浮かぶと言うことはもしかすると俺は楓に惹かれているのかもしれない。
そう考えるとこの渡井の気持ちに応えることは……。
眉を潜める俺の姿を見て渡井は概ね察してくれたようで、少し悲しそうにしながら頷いてくれた。
「もう別の好きな人がいるのですね……」
「すまん……」
ただ、謝るしかできなかった。
「い、いえ、私が無理に聞いてしまってすみませんでした」
「でも、俺は渡井の気持ちにも気づいてなくて……」
「大丈夫ですよ。それにまだ諦めたわけじゃないですからね!」
手を離したあと、俺をじっと見つめてくる。
「もっと魅力的な女になって、今度は俊先輩から告白してもらえるようになってみせますからね!」
笑みを見せながら言ってくる。
こう言うところが渡井の良いところだよな。と思いながらも、その目は少し潤んでいた。
やはり強がっているようだ。
俺がここにきたら余計に無理をさせてしまうかもしれない。
俺はハンカチを渡井に渡す。
「それじゃあ俺は少し山北のところに戻ってるな」
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