第9話
「待たせたか?」
「いいえ、大丈夫です。それよりも先ほどの方は?」
楓が不思議そうに聞いてくる。
「あぁ、会社の後輩だ。ただ、美澄のことは妹だと思ったみたいだから大丈夫だ」
「妹……? 妹さんがいるのですか?」
「たまに来てるだろう? 知らなかったか?」
「はい、初めて知りました」
「そうか、それじゃあそのうち見かけるかもしれないが、まぁお前みたいなやつだ」
「……?」
楓は首をかしげていた。
さすがにこれだけの説明じゃわかりにくかったか……。
「実はな、昔から何かにつけて俺の世話を焼いてくるやつだったんだ。意外と美澄をすんなり受け入れられたのもそれが影響してるかもしれないな」
「もしかして、歳も私の近く……とかですか?」
「そうだな。ちょうど今中学三年……になるのか? 美澄よりは一歳か二歳下だな」
「それならすぐ近くですね」
買い物かごに手際よく食材を入れていく楓。
話しながらそこまで出来るなんて器用だな。
思わず感心しながらその後をついて行く。
「これは……岸野さん、お願いできますか?」
五キロの米を指さしながら楓が言ってくる。
電車で帰られないといけないここから米を運んでいくのか……。
確かにセールで割引されているので、お買い得ではあったのだがさすがに運び続けるにはつらいものがあった。
ただ、楓の表情を見る限り断れそうにはなかった。
「仕方ないな……」
米を担ぐとずっしり重たい感覚に見舞われる。
ただ、それを気にする様子も無く楓は更にいろんなものを買っていった。
◇
「少し買いすぎました……」
俺の両手には抱えきれないほどの買い物袋が……。
楓もいくつか持っているほど大量に買い込む。
「いや、これでまた料理を作ってくれるんだからな。気にするな……」
なるべく表情に出さないようにする。その上で笑顔を見せようとするが、引きつった表情にしかならなかった。
「そんなに無理をしなくて大丈夫ですよ。重たいことはわかっていますから。本当に助かりました」
楓がお礼を言ってくる。
「それならおいしい料理を作ってくれたら良いよ。それで俺は満足だから……」
「わかりました。なんとかしてみせますね」
◇
家に帰ってくると楓は荷物を置いてきた後に料理を作り始める。
その後ろ背中を見ていると楓が話しかけてくる。
「それで、先ほどの話なのですけど――」
突然話し始めたので一瞬困惑するが、ショッピングモールで話していたことだと理解する。
「実は私は片親で……しかも家は貧乏でした。料理も家ではずっと私がしていましたので、気がついたら家事全般は大体できるようになっていました。そして、私の父親ですが、酒に飲まれるようなことが多くて……、その……あまり口に出せないのですが、良い親ではなかったのです」
楓が乾いた笑みを浮かべていた。
ただ、俺は真面目に黙って話を聞いていた。
「だからなるべく早く親元を離れたくて高校になったのと同時に一人暮らしを始めたんですよ。もちろん援助もないのでバイトでなんとか稼いで生活していますけど」
だからやたらお金にシビアだったりしたのか。
今日も米を遠くから運んだりしたわけだし。
「でも、学業との両立なんて出来るのか?」
「私もはじめは不安だったのですよ。しかも、すぐに鍵を落としてしまったりとかしてしまいましたし……」
楓はますます落ち込んでいく。
道理であのときあんなに夜遅くに外にいたんだな。
「でも、今日とかバイトに行かなくてよかったのか? それに俺が帰ってくるときにはいつも家にいるみたいだが……」
「それは大丈夫です。バイトと言っても新聞配達なので朝早くと夕方なんです。でも生活はギリギリでした」
「もしかして、俺の飯を作ってくれるようになったのも――」
「はい、食事代……浮くのはすごく助かってますから」
まぁ、困っていたのなら問題ないか。
「それなら俺の提案はちょうどよかったんだな」
「本当は食費抜きでお礼として作ろうとしてたんですけど、ついついお言葉に甘えちゃいました」
「いや、俺も助かっていたからな。一方的にさせていたんじゃないとわかってよかったよ」
お互いの目的のために共存していただけなんだな……。
◇
「どうぞ、今日は少し良いものを作ってみました」
にっこりと微笑む楓。
テーブルにはハンバーグやコーンスープ、サラダといったものが置かれていた。
「このハンバーグって美澄が作ったんだよな?」
「えぇ、そうですけど?」
「本当に何でも作れるんだな……」
「いえ、これはあまり作ったことないので味はちょっと自信がないんですよ……」
少し顔を伏せる楓。
「いや、全然大丈夫だ。十分うまい」
早速食べてみると下手な料理屋に行くよりうまかった。
それを聞いて楓はホッとしていた。
「それならよかったです。今日は色々していただきましたからそのお礼を……と思いまして」
「別に一緒に買い物に行ったくらいだろう?」
「でも、あの大きなぬいぐるみももらいましたし……」
「さすがに俺の部屋に飾っておく訳には行かないからな。美澄がもらってくれないと捨てることになってしまう」
「だ、駄目です。それなら私がもらいます」
少し口を尖らせる楓。
それを見た俺は苦笑を浮かべる。
そして、二人で料理を食べ終えると楓が後片付けをしてくれる。
その間にテーブルを拭いておく。
するとテーブルに置いていたスマホが震え出す。
誰かから連絡が来たのだろうか?
早速スマホの画面を見るとそこには『ハル』と書かれていた。
これは妹の春香の愛称だった。
ハルからのメールか? 一体どうしたんだろう?
首をかしげながらメールを開いてみるとそこにはこう書かれていた。
『俊兄へ。明日、遊びに行くよ。楽しみにしててね』
それを見て俺は固まってしまう。
ここにハルが来る!?
さすがに楓のことを見られたら大変なことになるよな?
一瞬で顔が青ざめていく。
「どうかしましたか?」
洗い物が終わった楓が聞いてくる。
「いや、明日に妹が来るらしいんだ」
それを聞いた楓が色々と察してくれる。
「わかりました。明日は自分の部屋で食事を取りますね」
「すまんな。食材は持って行ってくれ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
楓がいくつかの食材を抱えて部屋に戻っていった。
あとは何をしたら良いだろうか?
ハルを出迎えるために俺は大慌てで準備していく。
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