第8話

「すごく騒がしいですね」



 ゲームセンターに入って第一声がそれだった。



「まぁ、ゲームをするところだからな」

「こんなところにいつまでもいたら頭がおかしくなりそうですね」



 眉をひそめる楓。

 ただ、口には笑顔が浮かび嫌がっている風には見えない。



「それよりもどんなゲームをするんだ?」

「特に好きなゲームというのはないですね。友達と来た時はあれをしました」



 楓が指差したのは俗に言う写真シール作製機と呼ばれるものだった。



「まぁ女友達ならそうだろうな」



 むしろ俺はそっちには行ったことがなく、ほとんどアーケードゲームをしていた。



「……記念に撮りますか?」

「俺の写真が欲しいのか?」



 質問に質問で返す。

 すると楓は真面目に考えていた。



「そこまで欲しくないですね」

「だろう? それよりもこっちのやつとかはどうだ?」



 新しく指差したのはクレーンゲーム。

 中にはお菓子やフィギュア、ぬいぐるみと言ったさまざまなものが入れられていた。



「これはあまり上手く取れないですから」



 しかめっ面を向ける楓。

 もしかすると昔に挑戦したことがあるのかもしれない。



「もしかして欲しいものでもあるのか?」

「欲しいもの……」



 楓の視線が大きなぬいぐるみの入ったクレーンへと向く。



「なるほどな。それじゃああれを挑戦してみるか」

「べ、別に無理にやらなくても……」



 楓は口を尖らせていた。



「まぁ一度くらいならいいだろう」



 俺は近くにあるクレーンゲームに百円玉を入れる。



 音楽が鳴り始め、ボタンを押すとアームがゆっくりと動き出す。

 その様子を楓は食い入るように見つめていた。



 そして、アームがぬいぐるみの上にくる。



 そのままぬいぐるみをつかみ取るアーム。

 ゆっくり持ち上がっていくがすぐに落ちてしまう。



「あっ……」



 楓から悲しそうな声が聞こえてくる。



「一回じゃなかなか取れないな。でも、何回か挑戦すれば……」



 悔しくなって俺は再び百円玉を入れる。





 しばらく挑戦し続け、小銭をほぼ使い切ってしまった。



「これでダメなら両替をしないといけないか……」

「もう諦めた方が良いですよ」



 少し残念そうに顔を伏せながら言ってくる。


 でも、ここまで金をつぎ込んだのに一つも取れない……と言う状態だけはなんとか避けたい。

 せめてこれで……。


 大きく深呼吸をすると俺は再び百円玉をクレーンゲームに投入する。


 これで何度目になるかわからないが、クレーンのアームがゆっくりぬいぐるみへと向かっていく。

 そして、それはしっかりぬいぐるみを掴んでいた。



「あっ……」



 声を漏らす楓。

 ぬいぐるみはそのままアームから落ちずに取り出し口の穴まで運ばれていく。

 そして……。



 ぽとっ。



 ぬいぐるみがそのまま取り出し口に落ちてくる。



「えっ!?」



 ぐっと体を乗り出して眺めていた楓はそれが落ちたことを信じられずに声を漏らす。



「取れたな……」

「……」



 取り出し口からそのぬいぐるみを取り出す。

 ただ、楓はまだ現実に帰ってこない。


 仕方ないなと俺はそのぬいぐるみを楓に押しつける。

 すると、驚きの表情に変わりようやく我に戻っていた。



「えっ、これは?」

「あぁ、やるよ。欲しかったんだろう?」

「いえ、別に欲しかったわけではないです。それにこれは岸野さんが自分のお金で――」

「まぁ、クレーンゲームは取るのを楽しむものだからな。いらないならいいが……」

「いえ、せっかく貰ったものですから、その、大切にさせていただきます。ありがとうございます」



 楓はギュッとぬいぐるみを抱きしめる。

 そして、ぬいぐるみで顔を隠しながら嬉しそうにお礼を言ってくる。





 俺が取ったぬいぐるみを大事そうに抱えながら楓と二人、ショッピングモールを見て回った。

 さすがに先ほどのゲーセンで金を使いすぎたのであとは見て回るくらいしかできなかったが、それでも楓は満足そうな表情を見せていた。



「でも、美澄ならこのくらいのプレゼント、いくらでも貰ってるんじゃないのか?」

「いえ、私、ほとんどプレゼントを貰ったことがありませんので……」



 なんだかこれ以上踏み込んではいけない気配がする。



「その、聞いたらダメなことだったか?」

「いえ、岸野さんには色々お世話になっていますから、一度聞いて貰った方が良いかもしれませんね。今日の夜、時間ありますか?」

「あぁ、俺は大丈夫だぞ」

「わかりました。では、料理を作りに行ったときに少しだけお話をさせて貰いますね」



 それを伝えてきた楓はどこか怯えたような表情を見せていたが、手に持っているぬいぐるみをギュッと握りしめることで堪えているようだった。





 そして、気がつくと夕方になっていた。



「そろそろ帰る時間か?」

「……そうですね」



 どこか寂しそうにしているように見える。

 ちょっとでも楽しく思ってくれたのならそれはよかったな。



「そうだ、付きまとってるという子は見かけなかったな……」

「えぇ、でも連絡は来ました。『今まですみませんでした』って。どうやら本当に私と岸野さんが付き合ってるように見えたみたいです」



 楓がスマホに映し出されたメールを見せてくれる。

 まぁ、相手が年上だとわかったらさすがに怖くなったのかもしれないな。



「これで当面は問題なさそうか?」

「えぇ、本当にありがとうございました」



 楓が頭を下げてくる。



「それじゃあ帰るか……。いや、何か食材も買って帰った方が良いのか?」

「そうですね、少し買い足しておきたいものがあります。私はそれを買って帰りますので岸野さんは先に――」

「いや、もう誤魔化す必要もないんだから荷物運び程度には使ってくれ」

「――そうですね。では、重たいものをたくさん買っていきますので頑張ってください」



 楓が嬉しそうに笑みをこぼしていた。


 そして、先に食材売り場の方へ進んでいくので、ゆっくりそのあとを追いかけていく。

 すると後ろから声をかけられる。



「あれっ、今日も来られていたのですか?」



 その声は山北だった。

 どうやら先ほどフードコートで見かけた気がしたのは本人で間違いなかったようだ。



「あぁ、ちょっと買い出しにな。山北は――まぁ聞くまでもなかったな」

「えぇ、新作が出たときいたので買いに来ました」



 山北の手には服屋の袋が山のように下げられていた。



「さすがに重たいのでこれで失礼しますね。岸野先輩も妹さんと楽しんできてくださいね」



 妹? ……ってもしかして、楓のことを見られていたのか?


 そういえば山北には妹がいることを話していたな。

 どうやら楓のことを妹と勘違いしたようだ。


 少しホッとしながら去って行く山北を見送ったあと、俺は食材売り場にいる楓の方を向かっていく。

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